小説 | ナノ


▼ 勘違い甚だしき

 
「明後日は空けてありますね?」

 と、完璧な白い歯並びが言った。

「…え?」
「皆には内緒ですよ。いくら私がファンを大切にする有名人でも、騒ぎになるのは困りますからね」

 そんなに辺りを見渡したって、もう授業は10分前に終わってるのだから人はいない。
(ていうか、そろそろ移動したいんですけど私)

「あなたという特別な人と過ごすバレンタインを、私は静かに過ごしたいのでね」
「…いや、ですからその」
「おっと時間が。では、当日を楽しみに、レイ!」


 誰がいつ、お前と付き合った。

 という台詞を、あっけにとられていた私は言いそびれてしまった。
 それが昨日。

 つまり今日はバレンタイン前日なわけだが、私はまだ悩み続けていた。

 仮にも教師に悪いが、はっきり言って、ロックハートはどう考えても範疇外だ。
 ウザい濃ゆいうるさいの三重苦に、私が一日でも耐えられるとは思えない。

 となれば、どうすればいい何をすればいい。
 頼りの友達には相談できない。洗脳されているのに近いからだ。彼の悪口を言いかけただけで睨み殺されそうになる。
 かといってこのまま流されても同じ結果に終わりそうだ。
 一日でも流されてしまえば、ヤツのことだそのまま堂々交際宣言しそうじゃないか。
 付き合う?なにその悪夢…!


「コーリ、手を動かしたまえ」
「え?あ、はい!」

 内心が態度にも出ていたのか、魔法薬学で注意されてしまった。

「あのロングボトムでさえ、お前より何段階も進んでいるのだぞ」
「すいません…」
「まあ、時期が時期ですからな」

 スネイプは猫なで声で、慰めるような言葉を言った。

「君をはじめ、浮ついた女生徒諸君はいろいろとお忙しいようだが…」

 ねっとりとした口調を、教室中に聞こえるようにわざと張り上げる。

「その少ない集中力を、授業のときくらいは目の前の精製に払っていただきたいものですな」

 …こんにゃろう。

 思わず反論しそうになって踏み止まる。
 正直に理由を言っても、取り合ってはくれないだろう。
 減点だけは避けたいので、心の中で文句を言うだけにしておいた。
 なんだよインケン教師め。あんたなんてバレンタインにプレゼントのひとつも貰えないどころか、普段から誰も近づきたがらないだろうが…


(…あ)

 なるほど。
 その手があったか。


「コーリ、言いたいことがあるならさっさと言え。人の顔をじろじろ見おって」
「あ、すいません」

 にっこにこで残りの作業をこなす私を、スネイプは不審に思ったに違いない。居残りして鍋を洗うように言いつけた。
 そしてそれは私の思うツボなのだった。



「スネイプ先生、質問があるのですが。…明日、研究室にお伺いしても?」



 * * * 



 セブルス・スネイプ、THE・みんなの嫌われ者。
 ロックハートにとってもそれは例外ではない。お得意の見かけ倒しが通用しないからだ。

 さすがのヤツも、スネイプのテリトリーまでは入ってこないだろう。
 無神経に入ってきたらきたで、ネチネチくどくどと返り討ちにあうこと間違いなし。

 そんなところに入り浸るとなれば、私もその攻撃にさらされるわけだが、それでも構わないほどに私は追い詰められていた。
 女友達をなくしこれからの学生生活を一人ぼっちで送ることに比べたら、一日の我慢なんて何てことはない。




「しっつれいしまーす」
「………」

 何も言わず苦虫を噛み潰したような顔で、スネイプに出迎えていただいた。

「今日何度目だ」
「3回目です」
「朝も昼休みも来たというのに、放課後にまで来る必要はあるまい」
「えー、まだまだ質問は沢山ありますよー。とにかく失礼します」
「帰れ…おい、無断で入るな!」

 私は迷わずソファに近寄っていった。2回ともそこに案内されたからだ。

「いい部屋ですねー。先生のご趣味ですか」
「…3度も一字一句同じ台詞では、世辞にすら聞こえんな」
 スネイプはすかさず切り返す。

「一体どういう風の吹きまわしかね?今まで薬学にさして真面目に取り組んでいなかった君が、どうして今日に限って熱心に質問に来る」
「これから頑張ろうと思いまして」
「その返答も3度目だ。…どうせ、何か別に目的があるのだろうが」
「やだなー、そんなことありませんよ」

 鋭い疑惑の目をスマイルでシャットアウト。もう慣れたもんである。

「で、質問なんですけど…」

 うんざりしたようなため息が聞こえた。
 まあそう言わず、お付き合いくださいよ。
 もうすぐ終わりますから。

 …えーっと、あと4時間ぐらいで。



 * * *



「それで…、えーっと、えーっと…」
「質問が尽きたようだな。では帰りたまえ」
「いやまだ!先生の好きな色は!?」
「…お前は黒以外の我輩の服を見たことがあるかね?」


 魔法薬学の質問なんか、普段真面目にやってない私にはすぐにネタが尽きてしまった。
 あとはもう、根性。そう根性。
 なんとかなだめすかしたり褒め称えたり、しまいには別に必要ないスネイプのプライベート情報まで聞き出したり。
 …バレンタインに何やってんだ、私。

 質問攻めにしたにも関わらず、スネイプは無視することなく(薬学に関しては)すべての質問に答えてくれた。
 教師としての職務だからか、でも実はいい人なのかも。今日一日でちょっと見方が変わったよ。
 

 ロックハートは、研究室のドアをノックすらしなかった。私の読みは当たったわけだ。
 で、そんなこんなで。


「就寝時間まであと30分だ…!いい加減にしろ!」
「…そうですね。そろそろ帰ります」

 もうここまで来れば、逃げ切ったも同然だろう。
 すがすがしい気分で、私はお礼を言った。
 一方スネイプは気力が尽きそうなのが態度にも出ていた。一言で表すなら『よれよれ』だ。


「じゃあ、ありがとうございました」
「…二度と来るな」

 今日も一日平和に過ごせました。
 ありがとう神様。
 そしてありがとうスネイプ、いやスネイプ様。もう私しばらくは「様」付けするよ心の中で。
 
「あ、そうだ」

 私はポケットから小さな包み紙を取り出した。
 包んであるのはインク壷。お菓子は受け取ってくれないだろうし、実用重視の消耗品で。

 黒髪の間でひそめていた眉がぴくりと動く。

「…これが何か?」
「お受け取りください。一日、ありがとうございました」
「…まあ、受け取ってやろう」

 意外にも、まんざらでもない様子だった。
 もっと「いらない」とか言われるかと思ったんだけど。

「今日という日を考えると、ようやく、という気がしないでもないな」
「そうですよね。今日一日のことを考えると足りないぐらいですが」
「…は?」
「あれだけ質問しまくったのに、こんな粗品ですみません」
「…なんだと?」

 どうも妙な反応を返すスネイプ。
 もう気付かれていたのだろうか。
 あ、品物が不満?もっとよこせってこと?

「やっぱり足りないですかね?丸一日助けていただいたのに、お礼がこれだけって」


「…『お礼』?」


 口があんぐり開く、というのを初めて見ました。



 * * *



 この際だから全部話した。
 もちろん名指しじゃないよ。

 でも『察しがいい人にわかる程度』に暗示したら、この人全部分かっちゃうよね!


「…それが我輩の今日一日の平穏を奪った張本人、と」
「そうです」
「それでもお前のやったことは教職の妨害に他ならん。グリフィンドール5点減点」

 5点でおさまったのは、むしろラッキーじゃないだろうか。

「…『張本人』にはいつか、このお返しはさせてもらおう」

 と、寒気がするほど憎々しげに言われることに比べたら。
 まあ、私も充分怒られたのは怒られたのだが。

「お前もお前だ。なぜ我輩のところに来た」
「いや、…あの人が手出しできなさそうかなって」
「手出しできんだけなら、ダンブルドアかマクゴナガルのところにでも行けばよかろう」

 ち、と苦々しげに舌打ちした。

「…まったく、我輩を勘違いさせおって」
「勘違い?」
「単なる言葉のあやだ!勘違いではない…断じてな…そうだ…」

 スネイプは自分で自分に言い聞かせるように呟いている。
 明らかに変すぎて突っ込む気にもなれない。どうしたんだ。頭の回路ショートしたのか。
 触らぬ神にとかいうコトワザもあるし、さっさと退散しようと思った。

「じ、じゃあ、私はこれで」
「…待ちたまえ」

 立ち上がったところに、がっしと腕をつかまれた。
 妙に力がこもっていて逃げられない。

「もう一度座りなさい、コーリ」

 あきらめて座りなおすと、スネイプは杖を一振りした。
 憮然とした口調がおそろしい。
 やっぱり減点だけじゃ駄目だったのか?罰則か?罰則の相談なのか!?


 ところが出てきたのは、ティーポットにカップが1客、そして紫のきれいな小包。
 スネイプは丁寧にかけられている青色のリボンをほどく。
 中から現れたのは、クッキーだった。


「夕食を取っていないだろう。食べてから行け」
「…いいんですか」
「我輩の監督責任が問われる」
「でもこれ…」

 どう見ても学校の食事って感じじゃない。
 というところで思い出した。
 発端だったというのに、忘れていた。

 今日はバレンタインデー。


「これ、先生の私物…ですか?」

 途端、スネイプは弾かれたように勢いよく言った。


「もう必要なくなった!いいからさっさと口に入れろ!」




 * * *



 前日にじっと見つめられて、明日会いに行くと予告をされ。
 当日は朝から部屋に入り浸り、自分のことを根堀り葉堀り聞かれたのでは、勘違いもするだろう。
 だから急いで用意したのだ。
 それが無駄になったので、投げやりに茶菓子に転用した。自分で食べる気には到底ならなかったしな。


 …というのは、数年後の本人による種明かし。
 私が大笑いしたのは言うまでもない。



 まあでも、それが今こうして2人だけのお茶会につながっているのだから。
 勘違いも、たまには悪くない。




End. 

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