小説 | ナノ


▼ 24分の1

 

 空高くそびえ立つ城は、おかえりと歓迎してくれた。
 何も言わずとも、その確かな包容力で。

 辺りは既に暗いが、人込みのせいで寂しさとはまったく無縁だ。
 列車から降りた生徒が門に吸い込まれていくその速度はまさに亀の歩み。
 たぶん皆、ここ3ヶ月の出来事を教え合うのに忙しくて、歩くのなんて二の次なんだろう。
 そろそろ誘導する先生方の声も苛立ってくる頃だ。

 思うんだけど、2年生から7年生までいっぺんに来させるから無理があるんじゃないだろうか。
 しかも全員大広間に誘導。効率が悪すぎる。
 毎年やっていて誰か気づかないのかな。


 そんなどうでもいいこと考えていたら、

「…あれ?」

 友達が消えた。
 いや、よく見れば前方数メートルに頭だけ見えた。
 私と彼女の間には、ガタイがよくて意地悪そうなあんちゃんたち。あまり、進んでお近づきになりたくはない。

 …まあ、キングズクロス駅で迷うよりはマシか。

 あとで部屋なり大広間なりで会える、そう見切りをつけて、私はさっさと脇道にそれた。
 門にはもう入っていたから、大広間まで別ルートで行こう。
 人込みは好きじゃない。ダラダラした雰囲気は友達なしじゃつまらないし。




 石畳から芝生に出て、左の廊下を進む。
 私と同じことを考えたであろう要領のいい人をちらほら見かけた。

 あと、何か不穏なものを持ってニヤニヤしている赤毛の双子も見た。
 巻き込まれるのが怖いのであえて声はかけなかった。


 右に曲がって、階段を降りて。
 地理的には、大広間からはかなり遠ざかっている。
 けれどこっちが近道なのだ。
 ちゃあんと知っている。自分の足で調べたから。
 

 おっと、もうこんなところまで来てしまった。
 曲がり角で馴染みにあいさつするのが、私の習慣だ。


『おおレイではないか!久々だな』
「こんばんはグレイ伯爵。名前覚えてくれたんですか」
『もちろんだとも。毎日の付き合いだ』

 そう言って、額縁の中の彼はウインクした。

『また話し相手を頼むよ、物好きなお嬢さん』

 肖像画に色目使われる私って。まあ、若くてかっこいいからよしとしよう…。


 伯爵の言うとおり、去年は毎日、大広間までこのルートを使った。
 こんな湿っぽくて暗い道を使うのには、もちろん理由がある。


 わたしが“物好き”だったからだ…不本意ながら。

 
 会えればラッキー。
 会えなくても、駄目で元々。

 そう、運試しみたいな感じでとらえていたかもしれない。
 
 それぐらいが気楽だった。
 期待できないことが分かっている癖に、諦められない人間には。



 
 その時、少し向こうの曲がり角を、黒い影が横切った。




「…あ」

 思わず私は足を止めてしまった。



 まるでサブリミナル映像のよう。

 映画フィルムで言うなら、たった一コマの断片。
 24分の1秒。
 そんな体感。

 本当に一瞬だった。



 それなのに、無意識に刻みこまれるような、強い残像。





 胸の辺りがようやく埋まった気がして、

 そこでやっと、この3ヶ月妙に涼しかった心に、気づいた。

 


 私は心の中で呟いた。

 今年も毎日お目にかかることになりそうです。よろしく、グレイ伯爵。




 大広間の前で待っていた友人は、私を見るなり変な顔をした。

「…ニヤけてるわよ、あなた」
「いやぁ、久しぶりだからねぇ」

 のんきに返事した私は、ちゃんと愛校心あふれる生徒に見えただろうか。



End. 

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