▼ いつかのドラマティック
部屋の中には、黙々と仕事をこなす男と、暇を持て余している少女がそれぞれ一人。
「あー、飽きた。日常に飽きた」
独り言にしては大きい。
自分に聞かせたいのだということは分かっていたが、つまらない話題に耳を貸す気もなかったので、スネイプはそのまま仕事を続けていた。
「なんかドラマみたいなこと起こらないですかね」
「………」
「あ、自分から起こせばいいのか」
「………」
「じゃ、手始めに」
「何をする気だ」
「何だと思います?」
そう言ってレイは我が意を得たりといった様子で微笑んだ。
不穏な成り行きに、思わず口を挟んでしまった。
大きくため息をつく。こうなっては仕方がない。
「…ドラマというのは?」
「大冒険じゃなくてもいいです、ドラマチックな展開なら、メロドラマでもドタバタでもなんでも」
「節操がないな」
「だってつまらないんですよう。日常って、なんでこんなに何も起こらないんでしょうね」
眉を寄せる少女をしばらく見つめてから、スネイプは口を開いた。
「そんなに『ドラマ』に身を置きたいか」
「はい」
返事を聞いてから、彼はゆっくり立ち上がった。
不思議そうにするレイの前に立ち、顎をすくい上げる。
驚いている。
当然だ。
こんなことをする間柄ではない。
「例えば、こういう風に?」
「…ええ」
一息遅れつつもはっきりと言った彼女の目は、術など使わずとも明らかに期待に満ちていることが分かった。
…馬鹿らしい。
「期待するだけ無駄だ」
「おぅっ」
スネイプは顎に添えていた手を勢いよく跳ね上げる。
レイの顔は後ろに反り返り、変な声を出した。
「いったー…先生、続きは?」
「あるわけがなかろう」
「せっかくロマンスが始まりそうだったのにー」
「お前と何が始まるだと?吐き気がするようなことを言うな」
「言いすぎ!それ言いすぎ!」
「ところで今日の課題は済んだのかね?」
「先生いつもそればっかりー!」
「日々をまともに過ごそうとしない者に、何か起きても対応できるはずがなかろう」
彼は山と積まれた羊皮紙の前に戻った。
まだ少女が文句を言っているのが背後から聞こえてくるが、今度こそ反応する気はない。
ただ頭はうまく切り替わってくれず、終わった話題で勝手に思考を展開してゆく。
レイの望む『ドラマ』を、彼は自分の『日常』の中に持っていた。
ただ、それを分け与えるには、彼女の瞳は明るすぎた。
――まだ、必要ない。
「向こうから勝手に来るものを、わざわざ訪ねていく必要はない」
脈絡なく聞こえることは承知で、彼は考えを口にしていた。
ドラマはある日突然、訪れる。
望む望まないに関わらず。
それがやがて訪れるものだとしても、それまでは。
「せいぜい日常を楽しむがいい」
それだけ言うと彼は羽根ペンを取り、羊皮紙の上に滑らせた。