▼ Homecoming
蒸気機関の騒がしい音。
動いている時には気にならなかったのに、定期的に響く振動は、まるで私を起こしたいかのように攻め立ててくる。
もう少し寝かせてくれたってよくはないか?
人の波がひくまで、まだしばらくかかりそうなんだからさ。
コンパートメントの中は睡眠に最適だ。
温度といい振動といい、長い道中ここで過ごしたのでなんだか名残惜しい。
毛布にくるまったまま薄暗い外を見る。
今日も雨が降るかもしれない。
「…傘、持ってくるの忘れた」
気付いてしまえば余計に出たくなくなるというもので。
うだうだしていると、車内に人の気配がしなくなってきてしまった。
そろそろ愛しの毛布ちゃんに別れを切り出すか、でもなあと優柔不断に悩んでいたら、突然上から低い声が降ってきた。
「遅い」
私を見下している目に既視感をおぼえる。
何のことはない、彼はいつもそういう不機嫌な顔なのだ。
あまり気にせず私は返事をした。
「そうですか?」
「ぐずぐずと何をしている」
「だって、まだ到着して10分と経ってないはず」
「まだではない。もう10分、だ」
毛布を引っぺがされた。
あーんと情けない声を上げつつ、仕方がないので起き上がった。
黒いローブの男はその間にもてきぱきと手荷物をまとめている。もちろん、私の。
「…先生って、そんなにせっかちでしたっけ」
「我輩がどれだけ待ったと思っている」
「10分でしょ」
「40分だ。列車の来る30分前に到着した」
「…それって私じゃなくて先生の方の都合じゃ」
「人を待たせる人間からの文句は受け付けん」
出るぞ、とそっけなく言って、彼はコンパートメントの扉を開けた。
反論したい気持ちはあったが、どっちにしろ降りければいけないのでおとなしく後につづく。
その代わりに軽口は叩きつつ。
「そっか先生、そんなに私に会いたかったのかー」
「…またお前は根拠もなく…」
「30分も早く着くなんて初々しいですね。どこの中学生だよって感じ?」
「いいから少し黙りたまえ」
「私は会いたかったですよ、先生」
…黒い背中はぴくりとも反応を見せなかった。
なんだ、つまらない。自分にしては結構頑張ったのに。
そんな内心の愚痴もつかの間。
「レイ」
先に出口のステップを降りたスネイプが手を差し出す。
その時私は確かに聞いた。
とても小さいけれど、穏やかな響きの呟きを。
「――Welcome back, our sweet home.」
彼の手をとるときに、口元がほころぶのを抑えきれなくたって仕方ない。
そう、仕方がないのだ。
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