▼ バレンタインの罠
本日、雪合戦日和なり。
中庭に陣地を張りて、東に臨むはレイブンクロー、我ら西軍グリフィンドール。
雪玉係のレイは、陣地の雪壁の陰で、やたらと職人の顔をしてもくもくと作業に没頭している。
「…意外と真面目にやってるわね。あなたのことだから、また何か変なことやってるんじゃないかと思った」
「私はただグリフィンドールに貢献したいだけですが何か」
様子を見に来たハーマイオニーは、彼女の横にあった大きな箱に目を留めた。
その中身を挙げよう。
古びた百味ビーンズ、羊皮紙の切れ端、ローブのフード部分のみ、カエルチョコのカード、つま先に穴が開いた靴下、インク壷、変顔の貯金箱
…要するに、ガラクタ。
「何に使うの、コレ」
「これ?ただ雪玉の中に入れるだけ」
「入れるですって?」
ハーマイオニーは目を丸くした。
レイは、別の意味で同じく目を丸くした。
「なんで?普通入れるでしょ?」
「普通入れないわよ!」
「石とか土団子とかさ。時々カブトムシの幼虫入れたりして」
「あなたどれだけ卑怯な幼少時代を送ってきたの!?」
そこに、双子が雪玉の補給にやってきた。
「お、もうこんなにできたのか」
「さすがだ。頼りになるなー」
「でっしょー?もっと褒めなさい崇め奉りなさい」
「貢献したいって言ってた人は誰…ってあなたたち、それ持ってっちゃだめ!」
ハーマイオニーの制止もむなしく、双子は中身入りの雪玉を小さなソリに山ほど載せて本陣に運んでいった。
待ってましたとばかりに、悪ガキ軍団は紺色のローブ目がけて投げつけ始める。
明らかにさっきと痛がり方が違う。
「なんだ、ハズレばっかりだなあ」
レイはそれを眺めてぼそりと呟いた。
「…当たりもあるわけ」
「ちなみに一等賞は文鎮です」
「死ぬわよ!いいわ、直接行って止めてくるから…」
「ウィーズリ――ッ!」
男の大きな叫びが中庭じゅうに響き渡った。
声の主は校舎の入り口のところに立っていた。
本来黒いはずのコウモリが灰色になって、ぶるぶると肩を震わせている。
「窓から馬鹿馬鹿しい真似が見えたからやめさせようとすればこのザマだ!貴様ら、覚悟はできているのだろうな!?」
白髪みたいになった頭を振り乱してスネイプは叫ぶ。
さすがに教師。なかなかの迫力があって、その場にいたスリザリン生でさえも静まりかえってしまった。
雪玉作りの少女以外は。
彼女はすっくと立ち上がり、
振りかぶって第一球を…
投げました!直球!見事なデッドボ――ル!!
時速120km/秒!なかなかの速球です!
「すいません、私が当てました」
「……見れば分かる…!」
スネイプは低くうめいた。
”第一球”の中身、クッキー缶の角がみぞおちに入り悶絶している。
「でなくて、最初から…先生に当たった分は全部」
何を言い出すんだこいつは、という目で彼女を見る一同。
最初に当たった玉を投げたのは明らかにフレッド(もしくはジョージ)だ。そんな嘘をついて何になるのか。
「馬鹿を言うな、我輩は見たのだぞ、双子のどちらかがこちらに向けて雪玉を…」
「私が頼んだんです。先生に当てるようにって」
すごいこと言ったー!!
全員がそう思ったらしい。
陰険教師にけんかを売ったのだからもっともだ。
実際スネイプの不機嫌顔は、今の一言でさらに凶悪さを増した。
しかしその様子をまったく意に介さず、レイはもうひとつ雪玉を投げた。
今度はあまり勢いがなく、スネイプの足元に落ちてしまう。
「拾ってください」
手刀のようにして割れ、と仕草で指示する。
怪訝そうな顔つきでその通りにしたスネイプだが、いざ割ってみると、みるみる驚きの表情に変わっていった。
彼の手の中には今、かわいらしいチョコレートがちょこんと載っている。
「もうすぐですからね。早めに渡そうと思って。今月14日の特殊性ぐらいご存知ですよね」
レイは朗らかに言った。
「…お返しなどやらんからな」
しばらくだんまりだった彼はようやく一言いい、まるで照れ隠しのように、早足で去っていった。
赤と緑のローブが一斉に、わあっと駆け寄る。
「すごいわねあなた!」
「奴に減点されずに追い払う人間を初めて見た!」
「僕感動したよ!」
「感謝するならヨン様にしてあげてください。ポラリスの応用だから」
「元ネタが分からないけど、まあいいわ」
「ていうか今ふと思ったんだけど」
レイがぽつりと素直な疑問を口にした。
「スネイプってバレンタインプレゼントもらったことあんの?」
…なかったらしい。
というのは、その後しばらくの彼女に対するスネイプの反応で判明した。
ねっとり猫なで声が優しい薬学教授は、なかなか評判の見世物だった。
End.
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