小説 | ナノ


▼ ハッピーハロウィン!

 廊下で物音がしたので、スネイプは研究室の扉を開けた。

「はーい先生、ハッピーハロウィン」

 即閉めた。

「何閉めてんの!かわいい生徒が来たんだから開けてよ!」
「全身包帯人間のどこがかわいい生徒だ!」
「じゃあかわいくない恋人でもいいから!」
「お前は譲歩という言葉を勘違いしている!!」

 こういう押し問答の末、スネイプが折れた。
 いつものことである。
 入ってきた包帯人間は、頼むから神妙にしろと口すっぱく説教されて少々ご機嫌ななめでソファに座った。

「…綾波レイ制服バージョン(包帯プラス)のどこがかわいくないってのよ。失礼な」

 包帯の量を増やしすぎたからです。
 残念ながらスネイプに日本アニメの知識はなかったので、バッサリ一刀両断する機会を逃してしまった。

 
「お前がこの日に来るからには、例のアレをやるつもりなのだろうな」
「ええもちろん」
「予想はしていたが」
「なら話は早い。お菓子よこせ」
「あのセリフには選択肢があったはずだがどこに行った。それともお前は取り立て屋か」

 今度こそちゃんとツッコんだ後、スネイプは苦々しく言った。 

「菓子など用意しておらん」
「…ということは」
「そうだ、とっとと帰r「イタズラ!」

 女生徒の声に、頬がぴくりと引きつる。
 負けてはいけない。ここで負けたら部屋が惨状になる。

「例えハロウィンでも、イタズラは減点対象だが?」
「わかってますよ、ちゃんと別の方法考えました」

 いつの間にか包帯を解いていた彼女は楽しそうに笑う。
 傍から見れば天使のように可愛らしい。
 性格は悪魔なのだが。
 頬を赤らめて微笑む悪魔。
 

「わたし、先生にならイタズラされてもいいかなって…」


 恥らいつつ両手を翼のように広げる。

「さあイタズラしてください!」

 受け入れる体勢らしい。まさに悪夢だ。

「たわけたことを考えるでないわ!」
「なんか先生話し方ジジくさー」
「どさくさに紛れて何を言うか馬鹿者めが!」

 臨界点を超えたのか、スネイプは怒涛の説教を開始した。
(あ、読み飛ばしていいです)

「だいたいハロウィンというのは子供が仕掛ける側なのであって大人からの悪戯を想定するのは筋違いではないかいやむしろそうにそうに違いないであろうそんな話は一度も聞いたことがない。君は我輩が子供に見えるのか?ああそうかなるほど君は本当は若返り薬だかを使っていて我輩よりも実年齢が一世代上なのですなこれは失礼した、ただそれならば年齢相応の落ち着きというものを考えてもらいたいですなハロウィンなどというくだらんイベントにかまけるような精神年齢では到底大人とは呼べんしお前が本当は子供なのであればまあ実際に子供なのだが結局その論理は破綻するわけであるから」

 5分後、彼は以下のように結論付けた。

「英語を勉強し直せ。主語を取り違えるな」
「だって翻訳魔法に頼ってるし」
「うるさい皮肉だ。それぐらい理解しろ」
「で、お菓子、くれないんですね」

 さびしそうな呟きが聞こえて、そこでようやく男は我に返った。

「ずーっと遊びに来てるんですよ、ずーっと。それなのにお茶も出ないどころか話をまともに取り合ってもくれない」
「…お前が仕事の邪魔をするからだ」
「邪魔じゃない時でもおんなじじゃないですか。先生はいつも帰れしか言わないんだもん。
 わたし、先生のお邪魔虫にしかなれないのかな…」

 あーあ、とため息をついて、少女は立ち上がった。

「ほんとはね、お菓子でも何でもいいの。証拠がほしかったんです」

 いつも元気な声が泣いているように聞こえて、スネイプは思わずぎくりとした。

「好かれてなくたっていいから…少なくとも、嫌われてないって」
「…おい」
「でも仕方ないですよね。貰えないんだもん。だから」









「イタズラ実行します」






 …部屋の惨状を描写するのも酷なので、ここはやめておこう。

 スネイプだけに限って言えば、水浸し粉まみれ極彩色と罰ゲームのフルコースみたいな有様になっている。
 それも当然の話で、少女はスネイプにバレないよう一切魔法を使わずイタズラを仕掛けたのだった。

「ま、いつも先生がつれない分の仕返しってことで」

 いつものイイ笑顔で少女が笑う。
 天使なのだ。
 外見だけは。

 これだけマトモに喰らったのはあまりに久しぶりで、スネイプはどんな表情をしていいのか分からなかった。
 声すらも出なかった。

 出ない代わりに、半分棚がない書斎机に歩み寄り、
 今朝届いたばかりの袋を取り出し、
 中身をわしづかみにして彼女に見せた。

「…え」


 

 ジャックランタンの形のクッキー。

 


「……それ…」
「菓子だが」

 徐々に狼狽し始める少女を尻目に、スネイプは落ち着き払っている。

「っていうかそのクッキーって…」


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「どうやって買ったんですか」
「予約した」
「わざわざ!?あのセブルス・スネイプがお菓子屋さんに?」

 信じられないといった様子で彼女はスネイプの顔を見た。


 水がしたたっていて、
 半分粉まみれの、
 赤と紫と黄色がかった顔を。


「……あのー…」
「お前はつくづくこらえ性がない。あと5分も待てばよかったものを」
「い、いやこれが本当の狙いですよ?両方取り!お菓子をくれたからお礼にイタズラするよみたいなー」
「なるほど?」

 冷や汗流しながら弁解する少女を見て、スネイプはようやく口の端だけ持ち上げてみせた。

「本当に英語の勉強が足りないようだ。補習が必要ですな」


 罰則は本当に英語の補習になったらしい。
 もちろん、翻訳魔法禁止で。





End. 
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