▼ パーティの準備
ホグワーツ魔法学校の教授、セブルス・スネイプは、念の上にさらに念を入れてこの日を迎えた。
優秀な彼の計算によると、この勝負は、完全に彼の勝ちだった。
そう、今日は勝負の日だ。
男が好きな女をダンスのパートナーに誘うことが、勝負以外の何だというのだろうか。
彼がいかにしてその「好きな女」にレイ・コーリをあてはめることになったかは時間の都合上省く。
彼女はマグル学の教師でありながら、魔法薬学にも相当の知識があった。
どちらが先かは知らないが、臨時の薬学研究助手に採用されたこととの関連は必ずあるだろう。
スネイプは今回の勝負にあたり、様々な準備を怠らなかった。
何しろレイは人気がある。敵はとても多かった。
リサーチするだけでも数週間を費やし、それを(いろんな工作の末)半分の数に減らすまでにも結構な時間がかかる。
さらには残った半分に、レイに誘いの声をかけないよう(あまり人に言えない工作の末)歯止めをかけねばならない。
これには相当骨が折れた。
できることは全てやったつもりである。
その点において(こんなところで引き合いに出すのは馬鹿馬鹿しいと彼は言うだろうが)、彼が誇るスリザリン寮に胸を張れた。
それが、だ。
「ごめんなさい。私、もう受けてしまったの…」
予測は、外れてしまった。
「ごめんなさい」
レイは目を伏せてもう一度謝った。
綺麗な瞳が隠れてしまったが、かわりに長いまつげがあらわになり、それはそれで絵になった。
「誘っていただいてほんとに嬉しいんですけど、えっと」
「もういい」
「…まさかこんなことになるなんて思ってなくて…」
「もういいと言っただろう!」
男の低い声にイラだった響きが混じる。
それを感じ取ったのかレイは言い訳を止め、おそるおそる尋ねた。
「…あの、パーティへはおひとりで?」
「もともと一人で行くつもりだった。男は一人でも支障ないのでね。だが、女が一人だと示しがつかんだろう。こういう類が苦手なお前のことだ、迷いあぐねた挙句にうっかり返事し忘れて当日相手がいないなんてことになりかねんから、一応、誘ってみただけだ」
気まずさを隠すようにスネイプは一気に喋った。
「ええ、危うくそうなる所でした…」
「現実はそうではないのだろう。ならば問題はない」
「スネイプ先生…、ほんとにごめんなさい!」
レイはこれ以上ないぐらいに申し訳なさそうな顔をして、あっという間に駆け去っていった。
* * *
…そして、ひとり思い悩み続けている今に至る。
何だ。
いったい、何が悪かったのだ。
彼は必死で計算ミスの原因を探したが、思いつかない。
アプローチの仕方がまずかったのか。
しかし鈍い彼女にはストレートな誘い文句が一番いい。
場所だってホルマリンだらけの薬学研究室は避けた。ひと気のない廊下なら、それほど外してはいないはずだ。
それに、誘った者が誰かも分からない。
リサーチが済んでいる者にはすべて何らかの対策をした。ならばもう該当者は居ないはずで…
――いや、待て。
スネイプは先週の出来事を思い出した。
コリン兄弟が出している学校新聞。
そのインタビューをレイが受けることになったのである。
取材用に薬学準備室を貸していたので、隣の部屋に居たスネイプは偶然(と彼は主張する)それを聞いていた。
* * *
えぇっ、大切な人?
そんなのノーコメントよ!
決まってるわ、記事に載せられないもの!
…ほんと?
本当に記事にしないわね?
じゃあ特別に教えてあげる。
誰にも内緒だからね?絶対よ?
私よりも年上の人なの。
時々ほんとにドキッとさせられるのよ。
私の考えなんかお見通しだって思えるくらい…
開心術でも使えるのかしら?
使えてもおかしくないわね。優秀だから。
そう、とても頭がいいの。
そこはすごく尊敬してるわ。
でもああ見えて子供っぽくてね、どうでもいいところにこだわったりするの。
それが玉にキズかしらね。
まあ私はそういうところも、結構好きなんだけど。
もう、言わないったら!
名前を言ったらその人に迷惑がかかっちゃうんだから!
なかなか粘るわね、君たちも…。
ヒントだけよ?
これで終わりだからね?
その人は、髪を長く伸ばしてるわ。
…はい、取材はこれでおしまい!
* * *
……勝った。
聞いた瞬間、彼は思ったのだ。
レイの言う特徴は、すべて自分に当てはまる。
しかも想定上の「敵」はみな髪が短く、“長髪”とまで言えるのはスネイプだけだったのである。
彼はそれを強みにして、これまで準備を進めてきたつもりだった。
――それが別人だったとしたらどうだ?
可能性はとても低いが、ありえないことではない。
レイはこの間まで日本に留学していた。
そのときにできた恋人だったとしたら?
ホグワーツ以外ならば、さすがのスネイプも予測できるはずがない。
パーティーは明日。
あれほど力を注ぎ込んでしまったのだ、いまさら新しいパートナーを探す気力などあるはずもない。
…ひとりで見なければならないのだ。
知らない男と踊る、レイの姿を。
イベント出席が義務の「寮監」という立場を、スネイプは力の限り恨んだ。
* * *
華やかな会場に、花をつれた紳士が入場していく。
先頭には、校長であるダンブルドア。
その隣の女性は、エスコートされながら彼に話しかけた。
「パパ、ねえパパ」
「レイ、ちゃんと“おじいさん”と呼びなさい。公式な場だ」
「育ての親なのよ、パパでいいじゃない」
レイはニッコリ笑って腕に巻きつく。
嬉しくて仕方がない様子だ。
「この前、学校新聞の記者にパパのこと少し話しちゃったけど、別にいいわよね?」
「お前をパーティーでお披露目するまで秘密にしようと言っとったじゃろう」
「だって、『大切な人のこと教えてくれ』って言うから」
「おやおや、仕方がないのう」
孫の発言に、偉大な魔法使いも思わず頬がゆるむ。
「しかし本当にわしでよかったのかね?」
「何が?」
「いくつかお誘いもあっただろう?なにしろわしの孫じゃからな」
「パパったら」
レイは思わず吹き出す。
「ええ、いいの。今まで表立って言えなかったんだもの、パパの孫って早く知ってもらいたかったし、それに」
レイはそっと、祖父に耳打ちした。
「絶対無理だと思ってた好きな人が、申し込みに来てくれたの。それだけで充分よ。
前日ギリギリだったけど、構いやしないわ!」
…この会話から、わざと遅れてきた男が会場入りするまでに5分。
彼が状況を受け入れるのに、さらに10分。
その状況を正確に理解するには(つまりダンブルドアと会話するまでには)、20分を要した。
そしてそれが全て終了したとき。
我らがスネイプ教授は、あんぐり開いていた口を閉じるべきであることに、ようやく気づいたそうである。
End.
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