小説 | ナノ


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 とある晴れた日、ロックハートの私室。

 ああ空はこんなに青いのに、風はこんなに暖かいのに。
 そんなことを思いながら私はお茶を飲んでいた。

 なんともうざったい喋りをBGMにしながら。

「10体ほど片付けたところでしょうか…最後のグールが近づいてきます。もちろん私なら楽勝だとお思いでしょう、しかし今までにないピンチを迎えてしまいました」
「ピンチですねー」
「9体目のグールが杖をはじき飛ばしてしまい、驚いたことに手元に残っていたのは茶こしだけだった!」
「茶こしですかー」
「武器がまるでないとなるとさすがの私でも少々面倒です…私はしばらく考え、すばらしいアイデアを思いつきました。なんと、茶こしで戦おうと考えたのです!」
「思いついたんですかーすごいですねー」


 …返事が上の空だからって責めないでほしい。

 だってこの話を聞かされるの、3回目なんだよ。
 返事のバリエーションなんてそんなに持ってないよ。芸人じゃないんだから。

 しかもこれ、教科書に載ってるやつですよ。授業で読まされたよ。
 おまけにこの本が特にお気に入りらしいハーマイオニーから、内容を熱く語られ済みなんだよ。
 まさに今聞いてる茶こしの箇所なんて、そらでも言えそうだ。

 これがラジオならとっくに切ってるのにな…。


 …『ラジオ』?


 はっとして私はロックハートに聞いた。

「今日、何日ですか?」
「どうかしましたか、レイ?」
「レポートの期限が…」

 マグル学のレポートが、明日が提出期限だということをすっかり忘れていた。
 課題は『マグルが使っている機器の仕組みについて調べて説明せよ』というもの。
 マグル出身の私だが、機械には強くないので本で調べる必要がある。
 考えを述べるというだけでは済まないので、いつもより多めに時間がかかるはずだ。

 ロックハートは今日の日付を告げ、それから軽く言った。

「それなら私から言っておいてあげますよ。私の課外授業を受けていたから免除に、と」
「…こないだもそうおっしゃってましたが、きっちり未提出で減点されましたよ」

 免除どころかむしろ
『あなたもそんなくだらないことに付き合う暇があるなら勉強なさい』
 と言われた。
 あのね、本当は私も勉強したいんですよ。マクゴナガル先生…。

「あ、そう。それは残念」

 彼はまるで悪びれない。

「分からない人もいるものですね。教師なら、生徒のためになることをしてあげるべきでしょうに」

 じゃあ勉強する時間ください。ちゃんと生徒のためになるのはそっちなんで。
 というか、本当にかけあってくれたのかよ…それすら疑わしいんだけど…。
 と、言いたい。すごく言いたい。ややこしくなるの嫌だから言わないけど。

「まあ、今回は大丈夫ですよ。前回よりも熱心に頼んでおきますから。さて、次は何の話にしましょうか」
「いやあの、私勉強しないと」
「ええ。ここで充分リラックスして、集中力を上げて勉強すればすぐ済みますよ」

 まだ話を続ける気か。
 これはいけない、とダイオウイカの生息地について語るロックハートを見ながら私は危機感をおぼえた。

 終わってからでもなんとかなるだろうか。
 時間配分を予想してみる。

 ええと、前回は確か、仕上がったのが午前4時ごろ。
 寝不足の翌日は最悪で、飛行術の授業で低く飛びすぎ、危うく塔に引っかかりそうになった。
 今日はそのレポートよりも羊皮紙1巻分は長く書かないといけない。先ほど言ったように調べる手間もある。
 となると。

 徹夜か…。

 いや、確かに締め切りギリギリまで放っておいた私も悪いよ。
 悪いけどさ。
 今から始めれば、ちょっとぐらいは寝られるはずだった。
 なのに、こいつのせいで完徹しなきゃならないとかさあ…あーもう!


 一度考えはじめると、ずっと見ないことにしていたイライラはどんどん湧いてくる。


 そもそもさ、この人、相槌求めてるように見せて全く求めてないじゃん。
 だったら、私である必要ある?
 何か人の形をしたものさえあれば、ずっと喋りつづけるんじゃないの?


 そんな風に怒りに流され、普段聞かないようなことを質問してしまったのは後から考えれば不覚だった。 


「先生はなぜ私ばかりをお茶に呼ぶんですか」
「独占していることを気に病む必要はありませんよ。ファンには充分サービスしています」

 ご心配なく、そこはまるで問題にしてませんから。

「君は転校生ですからね。しかもマグルからの」

 のらりくらりとロックハートは言う。

「魔法界のことをできるだけ早く知る必要がある。そこで私の出番というわけです。魔法界を知り尽くした私が自ら話して聞かせるなんて、これほど贅沢な授業はないでしょう?」

 そういえばさっきも課外授業だから免除になるって言ってたな。
 言い訳かと思ってたら本気だったのか。

「授業の話で充分だと思いますが」
「残念ながら授業では教科書に沿った話しかできませんからね。それでは本当の知識を得られるとは言えません。
 世界はもっと広いのですよ、レイ。君はグラップホーンを見たことはありますか?マーピープルとマーミッシュ語で話したことは?」

 彼はそう問いかけはしたが、私の答えを待たず話を続けた。

「もちろんないでしょう。けれど卑下しなくていいのです、私ほどの経験がある人間はそうは居ませんからね。
 ともかく私の話は、宿題やレポートなんてくだらないものよりもずっとためになるのは確かだと思いますよ!
 そうそう、マーミッシュ語といえば、マーピープルの中にはマーミッシュ語が通じない種族もいましてね、彼らと戦ったときはすごかった…」

 自慢話の洪水の中で思ったのはもちろん、話し手への賛辞でもなんでもなかった。




 それでは、私の話を聞きもしないあなたが言いたいのは。

――そのくだらないものを仕上げるために、徹夜までしようとしているお前は馬鹿だ。

と、いうことですか?




 決して表に出さないよう内側に溜め続けてきた何かが、防波堤を越える音が聞こえた。


 私は立ち上がり、手にしていたカップを力の限り床に叩きつけた。







「レイ!」

 名前を呼ばれて我に返った。

 足元には陶器の破片が散乱し、床に水滴が模様を作っていた。
 手に少し違和感がある。切れたか。ま、仕方ない。

「大丈夫ですか、怪我は!?」

 彼らしくないかなり慌てた声で、ロックハートが尋ねてくる。

「平気です、手をちょっと切ったぐらいで」

 そう言いながら自分の手を見て少しびびる。
 痛みがない割には案外血が出ていた。
 あ、見ちゃったら痛く思えてきた…。いかんいかん。

「血が…」
「分かってます」

 ロックハートが手をとろうとするのをきっちり阻止する。

「止血の魔法ぐらいできますから、私」
「でも、もし傷が深かったら」
「かすっただけですよ。そんなに痛くないので自分でわかります」

 そう言って、何かされる前にさっさと自分で杖を振った。
 ハリーの二の舞なんてたまったもんじゃない。何せレポートの締め切りが明日だ。

「では、包帯ぐらいは私が」
「いや、遠慮します」
「固定しておかなければ傷が開きますよ。それに片手では巻きにくいでしょう」

 ううむ。珍しく正論だ。
 ちょっと考えてから私は返事をした。

「…じゃあ、魔法を使わないなら」
「魔法ではいけないんですか?」
「手で出来ることは手でやる主義なので」
「そうですか、それは残念。私の魔法ならあっという間なんですが」

 ええ、あっという間に骨抜きですね。リアルな意味の方で。
 大げさに残念がった割にはロックハートはごり押しせず、おとなしく手で包帯を巻き始めたのでほっとした。

 私の手元を見つめる彼はうつむき加減で、長いまつ毛がいつもよりも目立って見える。
 一番最初に中庭で見かけたときの角度に似ていた。
 ああ、そういえば美形なのだった。久々に思い出した。

 この人の唯一のメリットは眼福だってことだが、見慣れてしまえばそれすらなくなっちゃうんだよね。
 美人と同じように美形も3日で飽きる。
 今年に入ってから私が学んだことだ。身をもって、ね…。


 包帯が巻かれてゆくのをぼーっと見ていると、ロックハートは不意に顔を上げた。
 瞳の勿忘草色が目に飛び込む。
 彼は言いにくそうにぽつりと言った。

「…君には大変悪いことをしました」


 …謝った。
 あのロックハートが。


 ついに自らの無神経に気付いたのか。
 私の苦労は報われたのか!
 やった、やったよマクゴナガル先生!もう二度と理不尽な理由で未提出にはなりません…!




「私の話が怖かったんでしょう?」




「…はい?」
「私の冒険譚は君には刺激が強すぎたんですね。カップを落としてしまうほどの怖がりだったなんて、私としたことが気付きませんでしたよ」


 ど こ を ど う 見 た ら そ う な る 。

 文化の違いですか。
 それともこの人が恐ろしくアホなだけですか。
 おしえておじいさん。アルムのもみの木でもいい。口笛は何故遠くまで聞こえるの?

 …ごめん、少しトリップした。


「君にそんなかわいらしい一面があったとは」
「か、かわっ…!?」
「私が褒めるなんてめったにないことです…おっと、これは他の人には秘密にしてくださいね」

 彼はバチンとウインクをした。
 もう一度言う。
 まばたきではない。ウインクをした。

「君の心を動かしてしまいましたが、ファンにはあくまで公平に接しなければなりません。悲しいかな、有名人の宿命でね」


 …おい。

 なんだ、この流れ。


 憧れの先生に怪我を治してもらっちゃった!
 おまけにかわいいって褒めてもらえるなんて!
 気持ちに応えてもらえないのは残念だけど、私もう先生しか見えないわ(はぁと)

 …みたいなこと?


 ちげーよ!
 全然ちげーよ!
 そもそも告ってもないのに勝手に振ってんじゃねえよ!


 内心で大荒れはするものの、ここまで突き抜けられてしまうと、もはやどういうリアクションを取っていいか分からない。

「さあ、終わりました…痕が残らないといいのですが。お茶を入れ直しましょうか、レイ」

 結果的に棒立ちになってしまっている間に、彼は包帯を巻き終えた。
 見てみると巻く向きがバラバラで今にもほどけそうだ。まあ再起不能になるよりはマシか…。

「では今度は、中国で石から生まれたサルの子供を保護した時の話を」
「…また冒険の話ですか?」
「安心してください、これからは怖くないものを選びますから」

 憮然としている私にロックハートは微笑みかける。



「いいですか、レイ。私は今でこそ教師ですが、冒険に人生のほとんどを捧げてきたのですよ。
 ギルデロイ・ロックハートから冒険を取ったら、あとに何が残ります?」




 結局、話の内容はほとんど変わらなかったし、その後もお茶会は続いた。





 

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