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 当然だが、男性と女性では運動能力に差がある。
 黒衣はすぐに見えなくなってしまった。

「…あの小娘、どこに行った…」
「やあ、レイじゃないかー!」
「調子はどうだーい!」

 振り向くと、双子のウィーズリーが遥か向こうから大声で叫んでいる。
 スネイプにはそれが、格好の減点対象にしか見えなかった。

「教師にタメ口とは失礼だぞ、ウィーズリー」

 減点してやる。
 教育者としての決意を胸に秘め、大またで歩き始めた。

 が。

 向かっていくうちに、妙に彼らが普段のサイズより大きく見えてきた。

 彼は今の自分の境遇をようやく思い出した。
 減点などしている場合ではなかったのだ。


 自分のプライドと減点を秤にかけ、
 …プライドの勝利。
 自分が何者かは言わないことにしたが、そのまま帰るには彼らに近づきすぎてしまっていた。

 フレッドとジョージは、“お気に入りの後輩”の両脇にぴたりと寄り添った。

「よう、レイ。どうした?」
「お前らには関係ない」
「なんかいつもより目つきわるいぞ〜」
「うるさい」
「お、言うねえ」
「ジョージ、きっと我らが姫は構って欲しいのさ」
「嫌よ嫌よも好きのうち、か!なるほど」

 にやり、と笑う二人を見て、スネイプは文字通り一歩引いた。

「ち、違うに決まっているだろう!なにを…」


 ふに。


 ほっぺたをつかまれていた。

「にゃ、にゃにをふる!」
「おー、やーらかい」
「かわいいなー姫は」

 ふにふにふに。

 遊ばれているという言葉がこれほど似合う状況もない。
 口にほど近い筋肉を縦に横にと揉みほぐされ、何か言おうにもうまく言葉にならない。
 無言で呪文を使うべきか。しかし、この体でうまく使えるのだろうか。
 ふにふにされながらもスネイプが必死に反撃を考えていると、


「何をしている」


 聞き慣れた低い声がした。

「す、スネイプ…先生」

 双子のどちらかが声を漏らした。
 彼らが焦る隣で、本物のスネイプは別の意味で焦っていた。

 外見は自分だが、何しろ中身はあのコーリである。
 入れ替わりをバラされるのではないか。
 ばらさなかったとしても、動きがいつもとは違うことに気づかれるかもしれない。
 まずい。
 そうなったら、頬で遊ばれている今よりもさらに屈辱的な未来が待っているのだ!

「い、いや。これは…」
「コーリ、お前には聞いていない」
「は?」

 黒い服の男はスネイプの横に立つ。
 と同時に、背中を少し叩かれた。
 顔を見上げると、彼女はわずかに眉を上げ、合図してきた。
 驚いたことに、どうやら演技を続けるらしい。

 レイは腕組みをし、尊大という言葉が似つかわしい口調で会話を続ける。

「ウィーズリー。何をしている、と聞いているのだ」
「僕ら、話をしていただけですが」
「我輩の記憶違いですかな」

 スリザリン寮監の口元がゆがむ。本人の目から見てもその皮肉ぶりに違和感はない。

「君たちは手を相手の頬に当てて話すくせなどなかったと思うが」
「べ、別に他意はありません!」
「ほう。我輩が聞きもしないのに君たちは『他意』という言葉を持ち出した。一体それに何が含まれるのか伺いたいものですな」

 こういう白々しい質問も彼はよくやる。
 今のところ“スネイプ教授”としては完璧である。

「女生徒の頬に手を添えることで生まれる意味を知らない年齢でもあるまい」
「違います!僕ら、本当にただ友達と遊んでただけです!」

 こうやって、とまた頬をつままれる。
 鋼の意志によって彼は表情筋の動きを押し込める。
 自分の姿をしたレイが笑わなかったのが幸いだった。
 腕を組み、教師の威厳たっぷりに彼女は言った。

「そうだとしても廊下で話をするのは通行の邪魔だ。寮に戻れ」
「…わかりました」

 双子は寮への道の方角へ身体を向けた。
 当然の報いだ、とスネイプは内心せせら笑った。

 しかし、ぐいと身体を引っ張られる感覚があり、いつまでもせせら笑ってはいられなかった。
 彼はいつの間にか、両手をしっかりとつながれていた。
 ウィーズリーたちは“同寮のレイ”をこのまま連れ帰るつもりらしい。

「ちょっ…待て…」
「コーリ、お前は残れ。話がある」

 スネイプが非難の声を上げたのとほぼ同時に、レイは彼らに命じた。

「先生、レイは何も…」
「お前たちには関係ない。我輩が減点しないうちに消えたほうが身のためだぞ、ウィーズリー」

 反論しようとした双子に、有無を言わせぬ冷たい視線が降り注ぐ。
 二人はうなだれ、名残惜しそうに後輩の方を振り返りながらも、今度こそ寮への道を歩き始めた。



 フレッドとジョージが視界から消え、男はほう、と満足そうに息を吐いた。

「気づきませんでしたね。私役者になれるかも...」
「盲点を突いただけだ。誰が入れ替わっているなどと思うものか」
「一度やってみたかったんですよね、こういうの」

 レイはスネイプを見下ろした。 

「上手くいってましたか?」

 スネイプはレイを見上げる角度で睨んだ。

「詰めが甘い」
「ってことは、大体オッケーってことですね」

 イエースッ、とガッツポーズをとる、見かけスネイプのレイ。
 違和感もそろそろ限界である。

「まあ当然かな!普段の観察が物を言いますからね!」
「…は?」
「あ、いいんですよわからなくて。それでわたし、校長のところに行くんですけど」

 レイはさらりと話題を変えた。  

「どうせだから一緒に行きます?」
「そうさせていただこう。お前を監視しつつ、校長を問いただしに行ける」
「さっきの名演技が信用できないっていうんですか」
「今の態度がいつ出ないとも限らんからな」

 二人は校長室への道を進んだ。
 途中誰にも会うことがなく、壁に掛かった肖像画はなぜか宴会を催していて彼らを気にもとめなかったので、道中は至って平和だった。

「そういえば、詰めが甘かったのってどこですか」
「減点しなかっただろう。我輩ならば確実にしていた」
「あ、それは意図的に」
「………」
「眉間寄せないでくださいよ。女の顔にしわなんて要りません」






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