▼ Change!!
「『転校生』って映画があるんですよ」
いつものように、唐突にレイは話し始めた。
「端的に言うと、一組の男女が階段から一緒に転げ落ちたとたんに人格が入れ替わってしまうという」
「下らん」
いつものように、冷静にスネイプは一蹴した。
「魔法界でもそんなことはそうそう起きないというのに、マグルはそんな無意味なことを夢想しているのか」
「私は無駄とは思いませんよ?そういう夢想が文明の発達を促してきたんですから」
妄想力はマグルの能力です、とレイは力説する。
スネイプには理解できない。
「で、考えてみたんです。どうやったら『転校生』が実現可能か」
「またどうでもいいことを」
聞いていた自分が馬鹿らしくなり、スネイプは紅茶を飲み干した。
「!」
紅茶の味がしない。
「…コーリ、これは」
「すぐお分かりに?さすが専門家ですね。ポリジュース薬です」
にやりと曲げた口元から、わざとらしい声が聞こえてくる。
「もっとも、中身も確認せず一気に飲んだのは致命的でしたが」
「ポリジュース…!?何を考えている」
「だから、『転校生』なんですってば」
レイは高らかに叫んだ。
「お互いポリジュースで姿を入れ替えれば、同じ状態になるじゃないですか!」
「ということで私も飲みます」
「まっ、待て…」
止めようとしたスネイプだったが、体中の血が逆流したような感覚を覚え、思わずソファに座り込んだ。
目眩をやり過ごすためぎゅっと目をつぶる。
やがてそれがおさまった頃、恐る恐る目を開けてみた。
どことなく部屋が大きくなったような気がした。
目の前に掌を持ってきてみると、なんと袖がすっぽり覆ってしまい指先すら出ていない。
ぐるぐる回る視界の端で見えていた、手が小さくなっていく幻は真実だったようだ。
下を向いてみると、足元がなんとなく見えづらくなっている。
彼はその原因に思い当たると、慌ててローブを脱ぎ捨て、服のボタンを首元から外しにかかった。数が多いのがもどかしい。
ある程度まで外すと、胸元を恐る恐る覗いてみた。
鎖骨の下あたりからなだらかな膨らみがはじまっているのが見え、いよいよ彼は愕然とした。
本当に変身してしまったのだ。
「…まずっ」
スネイプが自分の変化に気をとられているうちに、レイもポリジュース入り紅茶(わざわざ紅茶に入れたらしい)を飲んでしまった。
身長が伸び、髪の色は暗く。みるみるうちに姿が変わってゆく。
「あ、そうだそうだ。制服スカートの先生はちょっとね」
と言ってその“男”は、変身が完了するかしないかのうちにスネイプが先ほど床に落としたローブを体に巻きつけた。
「ふふふ、完成〜」
鏡でもないのに自分が目の前にいる。
しかもそれが満面の笑みをたたえているのを見て、スネイプは失神しそうになった。
数十秒後、豊富な人生経験がものを言い、彼はわずかな時間で自失した状態から復活していた。
同時に自らの怒りも復活させていた。
「何を考えている!!」
「さっきから言ってるじゃないですか。二回目ですよそれ」
レイは『アクシオ』と呼び寄せ呪文を唱え、姿見を出した。
「スネイプ先生になってみたかったんです。でも二人いるのも変だし、ついでに先生には私になっていただこうと」
「この馬鹿者めが!」
「うーん。威厳ありませんねぇ私の声だと」
涼しい顔つきで、鏡の前でモデルばりのポーズをとる。
「その点この声は…マーマーマーマー♪」
「歌うな!」
「はっはっは!やっっぱ低音最高!」
「満面の笑みで笑うな我ながら気色悪い!」
「あ、先生の服お借りしていいですかね」
「貸すと思うのか?この不良生徒めが」
「じゃ、このままスカートでいろと?」
マントのすそからレイが足をちらりと見せた。
どう見ても自分の足だ。
男の生足だ。
「…アクシオ」
「ありがとうございます。着替え終えたら私の服貸しますから」
「お前の服だと?誰が着るものか」
「でもそのままだと、お色気満点ですよ。見ます?」
「必要ない」
彼は意地でも自分がレイの姿であるところを見たくなかったし、彼女の服を着るなど言語道断だった。
「お前の色気などたかが知れている」
「まあそうですが、羞恥心の問題で」
少し困ったようにレイはスネイプを見下ろした。
「胸元、開きすぎです」
スネイプは慌てて洋服の首元をかき寄せた。
そして鏡の前には、黒い服をまとったやたら明るい表情の男と、ホグワーツの制服を着た無性に暗い顔の少女が立っている。
「先生、も少し明るくできませんか?気が滅入ります」
「できると思うのか?」
彼に女装の趣味はない。スカートの着用など当然初めてである。
あまりの屈辱に、怒る気力すら奪われていた。
「いやーそれにしても彫りの深い顔だ」
うっとりとまた鏡の前に立つレイ。
凹凸を確かめるように、鼻筋や頬に指を這わせている。
「その分表情が出にくいですが、細身だから黒が似合うしよしとしましょう。ふふふ…」
手は徐々に顔から下がってゆき、ぺたぺたと感触を確かめるように肩のあたりを撫で回した。
触れられてもいないはずのスネイプに鳥肌が立つ。
「…やめろ。変態か」
「先生もやっていいですよ」
「そういう問題ではない!」
己の身体に危機が迫っていることもあってか、スネイプの怒りに三たび火がついた。
「あっけにとられて忘れていたが、グリフィンドールから50点げんて…」
「こちらもうっかり言い忘れていましたが」
冷静にさえぎるレイの低い声。
「誰にポリジュース薬をいただいたと思います?」
「…聞かせてみろ。その愚か者の名を」
彼女は何も言わず、小さな羊皮紙を突きつけた。
そこには、どこかで見たような字でこう書いてあった。
『許可証
私、アルバス・ダンブルドアは、レイ・コーリのポリジュース薬使用を許可し、
これによる減点の処置をとることを認めないものとする。』
スネイプの口が意図せずパカリと開いた。
「正直に話したらちゃんと許可してくれましたよ。人徳ですね」
「甘い!甘すぎるぞ校長!」
「あ、今からお礼しにいってこよう」
「なんだと!?我輩の姿で校内を歩き回るなど許さん!」
「大丈夫ですよ。じゃ」
「待て!待たんか!」
風のように軽やかな足取りで部屋を出て行った黒衣の男を、渓谷のように深い皺を眉間に刻んだ制服の少女が追いかけた。
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