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▼ 執着と隠匿

 
 執着している。
 そんなことは分かっている。
 問題なのは、

 それを如可にして行動に出さないようにするか、だ。



 レイがまだ帰ってこない。

 さっきまで、スネイプはいつも以上に集中して仕事をこなしていた。
 その方がいいと思ったのだ。
 あと少しでようやく仕事にひと区切りつくのだから、それが終わってから存分に彼女に構ってやればいい。
 しかし、彼女の忍耐が限界に達する方が先だったようだ。

 いつまでも相手にされないことに腹を立て、レイはスネイプがまさに採点中だったレポートを引き裂き、あと少しで調合が終わるはずだった鍋をひっくり返した。

「危ない!怪我をしたらどうする!!」

 彼は焦ったが、お構いなしにレイは部屋を飛び出していったのだった。


 確かに自分が悪かった。それは認めてやってもいい。
 しかしホグワーツにいる限り、教師の勤めを果たさなければいけない。
 どうしてそれを分かってくれないのか。
 彼女をかわいがっているだけでは生きていけないというのに。

「1時間…1時間か」

 その間ずっと、スネイプは落ち着きなく部屋を歩き回っていた。
 フラフラ動き回る様子は、彼をいつもより更にコウモリに似せていた。


「それにしても遅い」

 イラついた様子を隠そうともせず、彼はぶつぶつと呟いている。

「まあそうだな、あれだけのことを仕出かしたのだ、反省でもしているのかもしれん。柄にもなく」

 自分も少し、甘やかしすぎたのかもしれないとスネイプは思った。
 確かに彼はレイに執着していた。そんなことは分かっている。
 ようやく手に入れた安息なのだから、それは仕方がないことだ。
 しかしそれが彼女自身のためにならないというのなら、その執着が表に出ないようコントロールしなければならないのだろう。

 そう、今回は、レイが反省して自分から帰ってくるまで放っておくべきだ。
 いつもいつも自分が探しに行くと思ったら大間違いだ。

「まったく、忙しい我輩の立場というものを考えたことがあるのか、あの娘は」

 彼女も少しは痛い思いをして、懲りたほうがいい。
 痛い思いを……

「“痛い”?」

 スネイプの脳裏に嫌な予感がよぎった。


 …まさか、さっきの鍋で怪我をしたのでは…?


 そのせいで廊下で動けずにうずくまっているとか、
 痛さのあまりうっかり森に迷い込んで帰れなくなったとか、
 いやこの寒さだ、凍死してもおかしくない…!


 火を見るより明らかに杞憂だったが、頭に血の上った今のスネイプにそんな忠告をするぐらいなら、馬の耳に念仏を唱えた方がマシかもしれない。
 意地も立場も構ってはいられなくなったスネイプは、気もそぞろに扉に駆け寄り、勢いよく開け放つ。

 しかし鋭い目線で辺りを見渡し、まず大広間から当たろうと判断したその一瞬の後に、彼は見つけた。


「…レイ!」


 探していたものがそこにいた。
 慌てて駆け寄る。
 確かにレイは冷えていた。細かく震えている小さな体を、スネイプは慌てて抱きしめる。

「馬鹿者、何も考えずに飛び出していくからだ…戻ってきたということは、反省したのかね?」

 レイはそうだという風に、小さく声を上げた。








『にゃあ』








「…スネイプ先生?」



 見られた。
 終わりだ。


 そのときの彼のショックを二言で表現すると、こうなる。

 しかしスネイプは、その絶望を表に出すことはしなかった。
 かけられた声に、平時生徒に対するのと全く同じつめたい態度で返事をする。

「コーリか。何だ」
「あの、猫がこっちに」
『にゃあ』

 実にタイミング良く、猫は鳴いた。
 猫に恩返しを求めてはいけない。

「わー、やっぱり見間違いじゃなかったんだー」

 人間の方のレイは猫を抱き上げ、嬉しそうに抱きしめた。
 少し苦しいのか、猫は腕の中でもがく。爪を立てそうだったので、スネイプは自分の胸に戻した。

「こら、レイ。おとなしくしろ」
「レイ?」
「この猫の名前だ」
「そうなんですか」

 レイはじっと猫を見つめる。

「私もレイって言うんですよ」
「それが何か?ただの偶然だ」

 冷たくスネイプは答える。

「お前とは何の関係もない。そもそもお前がレイと言う名だとは知らなかったのだがね、ミス・コーリ」
「なんだ、偶然ですか」
「分かったらさっさと行け」
「はい。おやすみなさい、先生」




 …とりあえず、用意していた答えは言えた。
 不自然なところはなかったはずだ。

 遠ざかる少女の後姿を見つめながら、彼は大きく息を吐いた。

「失敗だな」

 さっきの受け答えのことではなく、猫を代わりにしても大して変化のなかった自分の状態についてである。
 変化がないなら失敗に違いない。
 彼は自覚していた。

 ある一人の生徒に、執着している。


 執着するだけなら別に害はない。
 問題なのは、それを如可にして行動に出さないようにするか――



 そんな無駄な苦労を払うより、距離を縮める方がずっと早いことに彼が気づくのは、もうすこし後の話になる。




End. 
 
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