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その後行われた新学期の歓迎会で、彼は新任の教師であることが判明した。
ギルデロイ・ロックハート。
魔法界ではとても有名らしいのだが、違う文化圏(しかもマグルの)から転校してきてまだ2年目の私にはどうもピンとこない。
ちなみに、先ほどの場面で押し付けられたサイン入りプロマイドは、わたしが談話室で「いらない」と言った直後に争奪戦となった。
凄まじいキャットファイトだった。
もっとも彼はサイン魔だった。しばらく後になればプロマイド程度のものなど彼女たち全員が一枚ずつ持つことになるので、この戦いはまったく意味がなかったといっていい。
初対面で感じた違和感は、初授業で確信に変わる。
「防衛術の新しい先生を紹介しましょう…私です!」
あの第一声の時点ですでに私には合わなかった。
自分が生徒という立場でなければ、やり直しを勧めていたと思う。
そして間髪入れず第二波。
恐ろしいほど自分に関することに特化したテスト。
プライベートで好きな人たちだけでやる分には構わない。
しかしこの時間は授業ですよ。
さっさと本題に入ってくれよ、という。
それがようやく終わったので、教科書を開いてみる。
まさかさっきのテストが(彼にとって)もう本題に入っていたとはね、思いませんよね…。
まず文体で、自慢がしたいという雰囲気をひしひしと感じうんざり。
そして内容。
嘘くせえ。以上。
もはや細かくコメントする気さえ失せてくる。
そしてとどめが、ピクシー妖精の野放し。
…だめだ、今年の防衛術。諦めよう。
授業が終わった後そう実感していた私だが、一方で隣に座っていた友人は満足げにつぶやいた。
「やっぱり素敵だったわ…ロックハート先生…」
え?
あの内容で、感想それ?
あたりを見回してみると女子生徒は皆頬を染め、いかに彼が格好よかったかを熱く語り合っていた。
唖然とした。
チャーム系の魔法でもかけられて無理やり魅惑されたんじゃないのか。
「…どこがいいの?」
「どこがダメなのかを教えて欲しいぐらいよ。逆に」
教師として全部駄目でした。
と言いたかったが、うっとりと幸せそうな友人を全否定することはさすがにできなかった。
「…君は間違ってないと思うよ、レイ」
「むしろ僕ら、女子の中にもまともなやつがいたってホッとしてるよ」
脇の通路を通りすがりに、ハリーとロンがこっそり慰めの言葉をかけていった。
他にもうんざり顔が多いので、どうやら男子は私と同類らしい。
初回の授業を例に挙げたが、こんな感じで、ロックハートという人は、
“できることなら関わらないで人生を送りたかった”
(これでもかなりオブラートにくるんだ)
と強烈に思わせる人物だった。
しかし彼も一応は教師である。
一方、転校生だからという理由はあるけれども、成績が底辺をさまよっている私。
下手に歯向かえない。
そして私には理由が全く分からないが、彼は女生徒にやたらと人気がある。
友人を敵に回してまで、嫌いだとハッキリ表明することは得策ではない
(あ、嫌いって断言しちゃった、てへ)。
うん、避けるのが一番だな。
そう判断した私は授業の受け答えも必要最低限に、そして授業以外は決して接触しないよう努めた。
うちのクラスではハリーがやたら標的にされていることもあり、しばらくはうまく行っていたように思う。
…それなのに、だ。
「おや、ミス・コーリですか?」
初授業から数週間経ったある日の放課後。
開放感に浸りながら廊下を歩いていたところ、背後から馬鹿明るい声に襲われた。
「ちょうど良かった!」
私は良くない。
しかし、とりあえずは教師に声をかけられたので仕方なく振り向く。
生徒なんて所詮弱い立場なのである。
今日のロックハートは白い歯が映える、鮮やかなバラ色のローブを着ていた。
見た目にもうるさいとはこの事だ。
「今から校内ファンクラブのメンバーを集めてお茶会をするのですが、一人病気で来られなくなってしまってね。よろしければどうです?」
どうですも何も。
ファンの集団に隠れアンチが一人。
そんなもの浮くに決まっている。
ていうか、あるのか。校内ファンクラブ。
内心で愕然としながら、私はなんとか穏便に断ろうと試みた。
「あの、今日はちょっと用事が」
「用事がないのですね?それは素晴らしい」
「いやいや、ですから」
「ああ、でも今すぐという訳ではないのですよ。さぞ楽しみでしょうが…皆が揃うまで30分ほどかかります」
「じゃなくて」
話が通じない。焦る。
「えっと…、ご、ご迷惑では。いきなり押しかけるなんて」
「大丈夫、遠慮する必要はありません。君だって心置きなく私の話ができる機会が欲しかったでしょう?」
ロックハートはにっこり、歯並びの良さを見せつけた。
「ではまた後ほど、私の部屋で!」
誰か解説して欲しい。
いま何が起こった。
「レイ?どうしたの」
呆然と佇む私を見かねて、通りがかった私の友人が声をかけた。
「い、いまロックハートが」
「先生がどうしたの」
「お、お茶が、突然、でも病気だから行けって」
「そう。ファンクラブのお茶会に空きが出たのね」
こんなおそろしく拙い説明で理解してくれた友人の察しのよさに感謝した。
しかしその直後、彼女の口から恐るべき意見が発せられた。
「よかったじゃない、行ってきなさいよ」
「そんなご無体な!」
思わず時代劇口調。
悪代官の罠にかかって売られてゆく貧乏人の娘のような気分。
「ね、あなたロックハートのファンだよね?」
「もちろんそうよ」
「だったら代わりに行ってくれない?っていうか行きたいよね?」
「もちろん行きたいけど、あたしは来週のに出席するの。1人1回だけって決まってるのよ」
1人1回なのに複数回開催!
ということは1回では網羅できない人数!
どんだけ大きいんだ校内ファンクラブ…!
圧倒されかけた私だが、そこをなんとか踏ん張ってこらえる。
こうなったら、一人敵を作る覚悟で、ハッキリ自分の意見を言ってみよう。
彼女は普段は非常によい友人なのだが、自分の身を守るためだ。仕方がない。
「あの…わたし正直あの人苦手で…」
「でも先生はあなたをご指名なんでしょ。だったらあなたが行くべきよ」
「だって」
「レイ」
「はい?」
「これほど貴重なチャンス、もちろん無駄にしないわよね?」
恐る恐る顔を見ると、彼女は満面の笑みだった。
有無を言わせぬ、とここまでしっかり顔に書いてあるのは初めて見た。
もちろん私の選択肢には、頷くことしか残されていなかった。
* * *
「…で、それから誘われるたびに何度もお茶してるって訳だ」
「よりによってなぜ私なんだろうね…」
「さあ…好みのタイプとか?」
「ちょっとそれ冗談でも勘弁して」
私が憮然とした声を出すと、隣でハリーはちょっと笑った。
こうして寮までの道を二人で歩いているのは、帰り道デートとか、そういう甘ったるい理由ではない。
最近女友達と隔たりを感じ相談できずにいた私が、一番悩みを共有してもらえそうなのがハリーだったのだ。
「そういえば、女子の間で嫉妬とかされないの?」
「えっとね…たとえば、こないだすれ違ったスリザリンの子からは、じーっと見てから鼻で笑ってこう言われた」
『あんたみたいな能無しのちんちくりんにも優しくする先生はやっぱり素晴らしいわ。博愛の人よね』
「…勉強できない子をわざわざプライベートで見てやってるとか思ってんのよ!どうしてくれよう、この理不尽な感覚を!」
「実際はあいつが好き放題喋ってるだけなのにね…」
「確かに私は成績悪いけどさ!それをこれほど後悔した日はないですよ!」
「それならもうさ、誘われてもどうにか断っちゃえばいいんじゃない?」
「それ無理」
「どうして」
「別の日に会ったレイブンクローの子から言われたの」
『いい?先生からのお誘いを一度でも断ってみなさい、みんなからとんでもない仕打ちを受けるわよ』
「…女の世界って怖いね」
「何が一番怖いって、“みんな”っていうのが一体どの辺りまでを指すのかがハッキリしないとこですよ…!」
「数の暴力…か…」
思わず遠い目になってしまう二人。
ああ、なぜ我々がこんなことで悩まねばならないのか。原因が自分たちにあるわけでもないのに。
「でも実際、レイはかなり気に入られてるよね。お茶なんて誘われたことないよ、僕」
「げ、それマジ?」
「嘘なんて言わないよ」
「ええぇ…それ初耳なんだけど…」
「あいつの中では分担が決まってるような感じだよね。授業では僕、授業以外は君。って…」
そこまで話して、ハリーはぴたっと足を止めた。
「どうしたの?」
「…嫌な予感がする」
色味のない廊下を見渡す彼に倣うと、遠くの方にぽつんと目に飛び込む色があった。
あんな派手なオレンジ色のローブを着る魔法使いなんて、この学校には一人しかいない。
すぐさま振り返るとハリーと目が合った。
「じゃあ僕、ここで」
「え?寮に帰るんでしょ?」
「クィディッチの練習があるし」
「そんなこと言ってなかったじゃん」
「…授業も終わったから、君にバトンタッチするってことだよ」
「は?」
彼は一瞬、清々しいほどにいい笑顔をしたかと思うと、必要以上に大きな声で別れを告げた。
「それじゃあね、レイ!」
…やばい。
絶対今ので気付かれた。
それが証拠に、派手な色がちょっとずつこちらに向かって大きくなっている。
「ちょっとハリー、そんな大声で言ったら…」
振り向くと、ハリーは姿かたちも見当たらなかった。
押し付けていったな、あんにゃろう。
ああ、駄目だ。もう誰か見分けられる距離まで近づいてきてしまった。
逃げようとしてももう後の祭りだ。
今夜談話室で会ったら、絶対に何かカツアゲしてやるからな!
最低でもカエルチョコレート1ダースは覚悟しろよ、少年!