恋なんて二文字が俺の辞書にもあったんだろうか?

ヒルダの存在は恋人と言うものではなく、勿論ヨメでもない。だが同居人と言うほど遠くもなかった。
毎日側にいるこいつのことを、俺はよく考えたことがあるだろうか。


「…………何してんだ」
「む?貴様か……弁当を作っておるのだ」
「弁当?」
「あぁ、今日はピクニックとやらを三人でやれと言われてな」


ヒルダはそう呟きながら出来上がった卵焼きをまな板の上に乗せる。料理する際に汚れるからだろう、いつも着けている手袋をヒルダは外していた。白い指先が珍しく露になっていて、ドキリとする。その綺麗な指先に、男鹿は少しだけ目を奪われてしまった。

初めて見たわけじゃないのにな、男鹿は疑問に思う。最近はちょっとした彼女の動作に胸を疼かされることが多くなった。


「何だ?」
「あ?いや、」


何かの魔力か?と古市に問いかけたこともあったが、あいつは重いため息を吐くだけで答えもしなかった。何だかムカついたから一発殴っておく。(古市のくせにため息とは百年早い)


「うむ。我ながら上出来だな」
「……またよく分からん血とか入れてないだろうな」
「入れようと思ったのだが、このとおりにしろとお姉さまに言われてな」
「ああ……そう」


手書きの紙、そこには一般的な弁当の材料と作り方が姉・美咲の字で書かれてある。前から思っていたが、うちの女どもは至極ヒルダに優し過ぎではと思った。俺のヨメ、ベル坊の母親だと勘違いしてるからだろうが、人間界の料理を作れないヒルダを出来たヨメだと言う。これもまた男鹿には納得できないことの一つであった。

まぁ自分も、最近じゃ慣れすぎて色々あやふやになってきている気がするし、言い返すことは出来ないのだが。こいつやベル坊を邪魔だと思うことも無くなった。
あれだけ嫌がっていたのに、変な気分である。むしろ今は

(おかしなもんだよなー……)

ベル坊の父親だけじゃなく、ヒルダの隣にいるのも、俺だろうと思ってしまう。


「……ベル坊」
「アウ?」
「お前のせいだよな。お前の、母親代わりだから」


唐揚げを揚げる音に喜んでいたベル坊は手を叩きながらも、ただ首をかしげるだけだ。ヒルダも、揚げる音がうるさいのだろう聞こえてはいなかった。
聞こえてなくて良かったのか、どうなのか。
真意はいつも分からない。

(………言い訳臭い、こんなこと言っちまうのも)

男鹿は喜ぶベル坊をテーブルに座らせ、食卓の椅子に座る。唐揚げを揚げ終わったヒルダは続けてコロッケを揚げ始めた。いくら手順どおり作ってるとはいえ、食べるまでは分からないなと男鹿は思う。ヒルダの料理下手は目に余るほどであった。
午前中だが家族はそれぞれ仕事や用事があるらしく、家には三人だけだ。
何となく、居心地が良いと思ってしまうのは何故だろうか。

(………何だ、この日曜の親父みたいな雰囲気は)

男鹿は一人頭の中で突っ込む。すると、ヒルダの方から変な声が聞こえた。


「っ――………」
「………ヒルダ?」


近づこうとすれば、ヒルダはビクリとし、自分を制止する。


「何でもない、平気だ」
「あ?どうしたんだよ」
「ちょっと火傷とやらをしたようだ、どうってことはない」
「火傷?……悪魔でも火傷すんのか」
「悪魔でも人間の肌と何ら変わらない、まぁ人間ほど貧弱ではないがな」


ヒルダはそう言って作業を続けようとするが、チラリと見えた白い指先は赤くなっている。何の手当もしない気かよ、こいつは。頭をガシッと掻いた男鹿はゆっくり立ち上がり、ヒルダの手を握った。
がつがつと、流しの方へ向かう。


「?どうした」
「冷やさねえと、痕残っちまうだろ」


揚げ物にかけていた火を止め、流しに水を流す。赤くなってる指先に男鹿は水を当てた。ヒルダは驚いてるようだが、有無も言わさず冷やす自分に何も言わない。十分に冷やした後、男鹿はヒルダをベル坊の前の椅子に座らせ、救急箱を取りに行った。
何事か、とベル坊は不安げにヒルダを見つめている。はっとしたヒルダは大丈夫ですよと変わらぬ笑顔をベル坊に見せた。


「男鹿、坊っちゃまが不安がっておられるではないか、ただの火傷をわざわざ」
「知らねぇよ、そんなの」
「っ貴様、」
「お前の怪我がひどくなった方が、ベル坊心配するだろ」


食卓の椅子に座らせたヒルダの前に、男鹿は椅子をくるりと動かし向かい合って座る。救急箱から見慣れた軟膏を取り出した男鹿は、ヒルダの指先を手に取った。動くなよ、ぶっきらぼうに呟けば、ならば早くしろとヒルダは呟く。自分の指先に軟膏を取り出した男鹿は、ゆっくり彼女の指先に塗った。

大分火傷してるな、水ぶくれ出来るんじゃないか。男鹿は思いながら塗る。取れないように上から絆創膏を貼ると彼女から手を離した。


「ほらよ、」
「…………」
「……何だよ、まじまじ見て」
「貴様が優しいとは、槍でも降るんじゃないか」
「失礼なやつだな、せっかく手当てしてやったのに」
「そもそも、よく手当てなんかできたな」
「………昔、お袋がしてくれたんだよ、コロッケつまみ食いしようとしたら火傷しちまって」
「………貴様らしいな」
「ああ?バカにしてんだろ」
「そんなことはない」


まじまじと、指先に貼られた絆創膏をヒルダは見つめる。どうせ下手くそだと思ってるんだろう。確かに自分で見てもシワになってよれてるし世辞でも上手いとは言えなかった。
慣れないことはするものじゃないな、と男鹿は思う。だが、でもだろう。男鹿はその途端はっとしてしまった。
何故かは分からない、分からないけれど

少しだけ、ヒルダが嬉しそうな顔をしたような気がしたから。


「まぁ、良いだろう。これはこれで」
「………何でえらそーなんだよ」
「別に、そんなつもりはない」


ただ手当てをしてやっただけなのに、ただ薬を塗って絆創膏貼っただけなのに、何でこいつはこんな嬉しそうな顔をするんだろう。嬉しそうに、絆創膏を見ているんだろう。そしてなんで自分は、こんな奴に、


(バカみたいに、赤くなって照れちまってるんだ?)


誰かに対して何かを思うことなんて、男鹿には今までなかった。だからこの沸き上がる感情が何か自分には分からない。考えれば胸が捩れそうになり、ヒルダの顔を見れば脈拍が上がった。何だか自分がおかしくなってることしかわからない。
ヒルダは気づきもせず、ベル坊を抱き上げ先ほど巻いた絆創膏をベル坊に見せている。たまにはこのドブ男も役に立ちますね、なんて失礼甚だしいことこの上ないが、でも。

自分の方がおかしいからか、どうも言い返すことができなかった。


「………お前、弁当作り途中だろ、早くしろよ」
「坊っちゃまとのフリータイムだ、邪魔するなドブ男」
「おまっ…………勝手にしろ」
「…………」
「……?なんだよ」
「面倒、かけたな……すまなかった」


"ありがとう、たつみ"

こいつがたまに自分の名を下の名前で呼ぶのは何故だろうか。記憶をなくしたときを思い出してるのか?何だかドギマギするのだが。

――――でもなんだか。
少しだけ、嬉しい気もするから恐ろしい。


「………まさか、なぁ」
「?なんだ」
「ああ、いや、何でもない」


自分には、縁のないことだと思っていた。けれど。
もしかして。


恋なんて二文字が俺の辞書にもあったんだろうか?

(まさか、これが?そうなのか?ベル坊を抱っこし、弁当を盛り付けるヒルダの隣で、男鹿は首を捻るだけだった)



(2012/8/4)



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ゆいちさんより頂きました!
お、男鹿ぁぁぁぁ!!
変なリクエストの仕方をしましたのに、こんな素敵な男鹿ヒル書いて下さいまして……!
もう!それが恋だぜ男鹿さんよォーふっふぅ!!そんな男鹿ヒルに恋してます私!
ゆいちさん本当にありがとうございました!愛してますー!!

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