真夜中の出来事

草木も眠る丑三つ時、とやら。ぱちんと勢いよく目が覚めた。何やら嫌な夢を見た気がする。だがされども、その内容は呆気なく忘れてしまった。
右隣にはベル坊、ベッドの下には布団を敷いて寝ているヒルダ。すやすや寝てやがる悪魔どもに内心ため息を吐きながらも身体を起こす。嫌な動悸は先程みた夢の所為だろうか。後味が悪く、少々へこんだ。

「だぁー……気持ちわりぃ……水飲も水」

重い体を起こした。だが、ベッドの下で寝ているヒルダを飛び越えようとした時、不意に発せられた声にぴくりとする。
その声は布団に寝ている彼女から出たものだった。

「ふっ、が…………」
「あ?」
「…………」
「んだよ、寝言か……起きてんのかと思った」

数日前に経験したヒルダの夢遊病らしき姿を思い出し、ホッと胸をなで下ろす。またそれが発症したのかと思ったが、今日は思いの外熟睡しているようだった。
大人しく寝ている姿は珍しい気がして、ふとヒルダの隣に座る。すやすや寝ているヒルダは俺とは違い心地よい夢の中にいるようだった。

(……こいつも大人しくしときゃ良いものの)

寝ている彼女を見、少々苦言を吐く。
今日は珍しくベル坊が駄々をこねた為、何時も一緒に寝ないヒルダも隣で寝ることになった。寝る前にここぞと魔界グッズで遊びまくったベル坊は疲れたのか熟睡中。俺も少々、疲れているようだ。
先程見た夢はその疲れからなのか、魔界の変な動物みたいなのが出てきた気がする。いまいち思い出せないが、余りいい夢ではなかった。

(喰われた感じが……喰われたのか?ありゃ何だったんだ)

まだ見ぬ魔界の生物なのかはたまた架空の生き物なのか。どちらとも云えずため息を吐いた。

「………水だ水」

気を取り直し立ち上がるが、何かに引っ張られる感触がして俺は立ち止まる。嘘だろ、と内心絶望したのはその手元を見たときだ。
ヒルダが俺のTシャツの裾をこれでもかと掴んでいた。こんなに掴まれては水どころか、ベッドにも戻れない。そっと座り込み、ヒルダを見つめる。

「あぁ?何やってんだヒルダ、離せよ」
「…………」
「寝てるくせにこの力かよ……離せって」

必死に手を離そうとするが、それは俺から離れてくれない。スッポンの如く、俺のシャツに吸い付いているようだった。何の恨みがあるんだ、と動けないことに苛立ちを感じるが、寝ているヒルダは悪気も無さそうだから困る。態となら全力でキレてやるのに、これでは文句の一つも云えなかった。
起こそうとしても起きないため少し呆ける。この現状になって気付いたことは、コイツも少々の事じゃ起きないくらい疲れている事だけだった。

(あーもう……水は諦めるとしても、隣で寝るわけには)

頭をがしゃがしゃ掻いてその場に胡座を掻いた。

月明かりに照らされる、その部屋は薄暗くても明るく、見通しはかなり良い。すやすや眠るベル坊の顔も目の前のヒルダの顔も、くっきりと見ることができた。ふと見たヒルダの髪が月明かりに光ってて、何だか気になる。普段なら気にもしないのに、気がついた時には彼女の頭に指先を伸ばしていた。
金色に光るヒルダの髪をそっと撫でる。

(うお柔らか……女の髪ってこんなんか?……悪魔だからって訳じゃないだろ)

頭から頬へ、指先が滑る。細く流れるようなヒルダの髪は金色に光る上質な糸のようだった。自分とは違う、その繊細な髪を撫でていると少しばかり胸の奥が痒くなる。
こいつも、女、なんだな。普段は考えないけど。

そのまま撫でているのも、と思い気づいた俺は手を離した。でもそれではやはり遅かったらしい。
聞き慣れた声が聞こえてくる。

「……何をしておる変態が」
「!……。おま、起きてたのかよ…」
「……フン、そんなに触られたら嫌でも起きるわ」

薄く目を開く。未だ眠そうな目をしたヒルダは、俺が髪を触ったことで起きたようだった。先程まで掴まれていたTシャツはいつの間にやら解放されている。どうやら、起きた時に同時に離したらしい。
俺が此処にいる理由を普通ならば真っ先に聞くのだろうが、彼女は少々寝ぼけているらしい。聞いてきたのは、その疑問ではなかった。

「貴様、なぜ触っている」
「あ?あぁ……髪、柔らけーと思って」
「……そうか?」
「ああ。オレとは全然違う」

自分の髪を触り、比べてみる。性別の違いなのが種族の違いなのか。自分の髪は太くてボサボサしてるからヒルダのような髪は余計に新鮮に感じた。
女だからか、とぼそりと呟けば貴様の洗い方が悪いのだろう、とヒルダは鼻で笑う。ムッとしたが、怒るのも野暮ったいので早々に流した。

「うっせーな……ちゃんと洗ってるっつの」
「フン………だが、貴様の髪も悪くないではないか」
「あぁ?どこがだよ」
「ゲジゲジのタワシみたいだ。坊ちゃまも好んでおられる」
「………お前、なぁ」
「……それに」
「?」
「悪くない………私は好きだぞ」

そっと、髪に手を延ばす。甘い香りが流れてきて、ヒルダの白い指先が俺の髪を触った。はっとした。それは勿論髪を触られたこともかけられた言葉もあるのだが、それ以上に。
好きだと告げたヒルダの顔が、見たこともないほど柔らかいものだったから。

気のせいか心臓が騒がしくなって俺は戸惑う。当のヒルダはと言うと、すとんと腕が落ちてまた呆気なく眠りに落ちてしまった。
ひとり残された俺は、戸惑いに狼狽えるしかない。余りにも呆気なく寝てしまった為、俺は思わずヒルダに突っ込んだ。

「寝んの早っ……つうか何だよ……あんな顔

普段ベル坊にしか見せねえじゃねぇか」

馬鹿みたいに体温が上昇して、体が熱くなる。こんな現象慣れてないから、溢れ出す感情を振り切ることが出来なかった。
ヒルダは俺の事も知らず眠りに落ちているから余計に腹が立つ。お前、俺に何をしたんだよ。放置すんじゃねえ。
サッサとベッドに戻ろう、そう思ったがふと呟かれた寝言に俺はフリーズする。そいつは夢の中で、俺の名を呼んだ。

「………。お前さ、俺の夢なんかみんじゃねえよ」

―――コイツの所為だ、と思った。この件については全部コイツの所為にしてやる、そう思う。後で責められても知らねえ。コイツが全部悪いんだ。
何時も隙がないヒルダの顔に覆うように被さる。近くで見ても目鼻立ち整ってるそいつに、そっと唇を合わせた。

「………」

とくりと心臓が動いて、どうしようもなくなる。一秒だけ合わせて俺はヒルダから離れた。

「なんだよコイツ………唇も柔らけ」


真夜中の出来事

(触れたら触れたで恥ずかしくなった俺は、バレない様にベッドに逃げ込んだ)



---------
ゆいちさんから頂きました男鹿ヒル!
にゃぁぁぁぁ!!
なにこれ!素敵すぎる!
男鹿もヒルダも可愛くて大変……!私の心臓が!
ありがとうございました!ほんとに……大好きです!!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -