シゲル×カスミ



欲しいと望んできたものは、大抵手に入った。
それだけ恵まれた環境で育ち、頭脳も容姿も人並み以上だと思っている。
そして、努力家でもあると。
だが、同じくらいの努力をしている人と比べると抜きん出ているのは確かだ。
やはり、才能の差と言わざるを得ない。


「ふう、今日はここまでにしよう……。気分転換に散歩でも行こうかな……」


どんなに天才でも、全てが思い通りに手に入るわけではない。
苦悩だって沢山する。
今だって、本当に手に入れたいと思っているものがある。
それを手に入れるのは、なかなか難しい。
簡単なようで、とても難しいたった一言の言葉。


「いい風だな……」


少し冷えた夜風が気持ちよかった。
見上げれば、満点の星空。
今日は新月だが、星明かりだけでも充分なほどだ。


「あら、シゲル?」


不意に声が聞こえた。
鈴を転がしたようなソプラノに、自然と頬はゆるむ。


「こんな時間に出歩くものじゃないよ、カスミ」


そう言えば、太陽のように輝く髪がサラリと揺れた。


「シゲルも出歩いてるじゃない」

「僕はいいんだよ。それより、何をしてるんだこんな時間に」

「オーキド博士に用があって来たのよ。そしたらつい話し込んじゃって遅くなったの。今から帰るところよ」

「今から?ハナダに?」

「ええ」


それはさすがに危険だろう。
泊まっていけばいいのにと思ったが、彼女のことだ。
ジムがあるからと断るだろう。


「送っていくよ」

「え?いいわよ、そんなの。研究で疲れてるんでしょ?」

「せっかくマサラに来てるのに、研究で忙しいだろうから、なんて理由で会いに来てくれないのはヒドイんじゃないのかい?」

「それは……だって、今オーキド博士と大事な研究を共同でやってるって聞いたから……。邪魔しちゃ悪いと思って……」


その気遣いは逆に傷つくな。
そうおちゃらけて言えば、カスミは素直に頭を下げた。
こっちは会いたくてたまらなかったのに。
君は違うのだろうか?
出かけた言葉は呑み込み、頭を下げたままのカスミの髪を指で梳いた。
指通りのいい艶やかな髪。
もっと触れていたいが、早く彼女を送り届けなくてはならない。


「出てこい、ウインディ」


モンスターボールからウインディを出すと、その背に飛び乗った。
戸惑うカスミに手を伸ばし、自身の後ろに引っ張り上げる。


「ちょっと大変かもしれないけど、頑張ってくれウインディ」


ウインディは任せろと頷いた。
マサラからハナダまで距離があり、そう簡単に行き来はできない。
この辺りの野生のポケモンなら、カスミが簡単に負けることはないが彼女は女の子。
夜更けに一人歩かせる道のりではない。
その辺の意識が彼女には足りない気がする。


「ウインディ……何かちょっと逞しくなった?」

「ああ、こっちに帰ってきてからのバトルはほとんどウインディとだったから」

「バトルしてたの?」

「研究ばかりやってるわけじゃないからね。時には体を動かすことも大事だ」

「そうね」


カスミの笑い声が聞こえた。
夜風に溶けるような優しく穏やかな声。
ずっと聞いていたいと思ってしまうほど、耳に心地よかった。


「カスミ……」

「何?」

「僕は君に愛情を示してきたつもりだ」

「え?どうしたの急に……」

「君もわかってるだろう。まだ肝心なことを君は口にしていない」


カスミの体が緊張で強張ったのが伝わった。
気は長いつもりでいたが、案外堪え性がなかったのかもしれない。


「あたしの気持ち……知ってるじゃない……」

「知ってるよ。そのせいで君が言うタイミングを逃してしまったことも」

「……っ……!」

「ズルイのは自覚してるよ」


先に惹かれたのは僕。
先に言葉にしたのも僕。
もしかしたら、一方的に気持ちを押しつけていたかもしれない。
だが、そうやってカスミの気持ちを自分に向けた。


「僕はカスミが好きだ。だから君の口からも同じ言葉を聞きたい」

「…………」


もともと意地っ張りで、素直じゃないところがある彼女だ。
今更になってしまった言葉を口にするのが恥ずかしいのだろう。
何度もその言葉を引き出そうとしたが、結局いつも真っ赤な顔で怒られてしまうのだ。
頭脳明晰でも、人の心を操ることはできない。
ふと、背中に温もりを感じた。


「あたしだって……ちゃんと伝えなきゃって、いつもいつも思ってるのよ……?でも、いざとなると恥ずかしくなっちゃって……」

「うん、わかってる」


キュッと服が掴まれた。


「シゲル……」

「うん」

「……すき……」


それはとても小さく、か細いものだった。
風で消えてしまいそうなほど。
けれど、ずっと欲していた言葉だった。
口元を手で覆わなければならないくらいに嬉しい言葉だった。
たった一言の言葉。


「シゲル……?」

「え、あ、あぁ……嬉しいよ……すごく。僕もカスミがす……す…………」


あれ?と思った。
今まで好きと言えていたのに。何度も、何度も。
好きと伝えられた後に言う「好き」は、こんなに恥ずかしいものなのか。
心なしか、ウインディの走るスピードがゆるまった気がした。



I love you!

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