サトシ×カスミ
今まで普通に、特に気にもせず言えていた言葉が、突然言えなくなってしまった。
「はあー……」
「ずいぶん大きなため息だな、サトシ。さっきバトルに負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「タケシ……いや、そうじゃなくてさ……。ちょっと悩みっていうか……言い訳にしかならないけど、さっきのバトルの敗因もそのせいで……」
「なるほど。そっちか」
「そっち?」
そっちとはどういう意味か。
なぜかタケシは得意気な顔をしている。
「カスミのことだろ?」
「えっ!?なん……!」
何で!?
叫びそうになり、慌てて口を塞ぐ。
まさかタケシは気づいていたのだろうか。
この気持ちに。
「分かりやすいからな、サトシは」
「わかり……え……それって……!」
「安心しろ。カスミは気づいてない。自分のことになると鈍いみたいだし。それはサトシも一緒だけどな、ハハッ」
「あ……そう……」
安堵するも、少しの残念さもある。
いっそ本人にもバレていれば、伝え方に悩むことはなかっただろうから。
ガックリ、肩を落とした。
バトルのことも考えられなくなるほどの悩みができたなど、少し前までは思いもしなかったのに。
「一緒に旅してるからなぁ。気まずくなるのは避けたいよな」
「う〜ん……。カスミがハッキリ答え出したなら、どんな答えでも受け入れるよ。今までのように振る舞えるとも思う……」
「そうなのか?それじゃ、何に悩んでんだ?」
「いや……その……伝えようと思ってるんだけど……緊張して……言えないままっていうか……」
「ほう」
たった一言。
「好き」と伝えるだけ。
簡単に言える言葉だったのに、そこに乗せる想いが違うだけで喉から出ない。
こんな意気地なしだったなんて。
「サトシもこういう事で悩むようになったんだな……」
「あのな……。オレだって……」
「伝えるにしても、まだ秘めておくにしても、その気持ちは大切にしろよ」
「あ、ああ……うん……」
ポン、と頭に置かれた手から力強さを感じた。
タケシは安心感の塊だと思う時がある。
たったこれだけで、込み上げる感情が胸を熱くさせるのだ。
「どうした、サトシ」
「いや……やっぱりタケシがいてくれて良かったと思って」
「フフン、恋愛のことなら俺に任せろ」
「た、タケシ……!頼もしいぜ……!」
旅の仲間で本当に良かったと幾度と思ってきたが、今回はことさら強く思う。
いかに自分がお子ちゃまであったかがわかった。
今まで恋愛などしてこなかったし、考えたこともない。
それが悪いとは思わないが、やはり、少しは考えてみたりすれば良かったのかもしれない。
「……何してんのよアンタたち……変な空気なんだけど……」
「カスミ」
微妙な顔をしたカスミが、ピカチュウを腕に抱きながらこちらに近づいてくる。
ドキッと、胸が痛んだ。
「変な空気とは失礼な。男の会話だぞ」
「何が男の会話よ。どうせ、さっきのバトルに負けたことでしょ」
「うーん……惜しいっていえば惜しいな」
タケシは楽しげに笑った。
訝しげなカスミに、理解しているのか小さく笑うピカチュウ。
何だか気恥ずかしい。
今までカスミの話をしていたせいで、妙な感じがむず痒かった。
「あ、そうだピカチュウ。ちょっと手伝ってくれないか?」
「ピカ……?ピカチュ!」
タケシとピカチュウのアイコンタクトはほんの一瞬。
ピカチュウがカスミからタケシの肩へと乗り移ると、こちらに向けてグッと親指を立てた。
二人ともいい笑顔をしている。
頑張れよ、と爽やかに言い残し、そそくさと立ち去っていった。
「何を頑張るのかしら……」
「ハハ……バトルじゃないのか……」
「ふーん……って、やっぱりバトルの話だったんじゃない。何が惜しいのよ」
「…………」
呆れ顔のカスミ。
二人っきりのこの状況に、心臓が飛び出しそうだ。
さっきまで似合わない恋愛話などしていたからか、余計に緊張する。
気持ちを自覚しなければ、こんな思いをすることはなかった。
だが、後悔などしないし、気づけて良かったと思っている。
大切にしたい想いだから。
「あ、あのさ……カスミ……」
「ん?」
もとより、考えるより体が勝手に動く派だ。
悩むのは性に合わない。
カスミが出した答えなら、どんな答えでも受け入れる覚悟はあるのだ。
あとは、意地を張るのを止めて素直になるだけ。
「お、オレ……さ……」
「何よ?」
「オレ……!」
「サトシ……?」
カスミが不思議そうに見つめてくる。
その顔も可愛いな、なんて今までなら絶対に思わなかっただろう。
ドキドキは最高潮。
言葉が熱いなんてことがあるのか、喉も胸も焼けるようだ。
それだけ、カスミへの想いが大きく強いということ。
「オレ、カスミが好きだ!」
言った。言えた。
逃げ出したいくらい恥ずかしい。
けれど逃げるわけにいかない。
俯いてしまった顔を上げカスミを見ると、ぽかんとしていた。
ちゃんと届いたはずだが。
もう一度言ってみようかと口を開こうとしたところで、カスミの頬が赤く染まった。
「カ……」
「もう!いきなり何!?ビックリするじゃない!」
「え!?」
「いちいち言わなくても……その、知ってるわよ……アンタの気持ちくらい……」
「……っ……!?」
まさか。
色々振り絞っての告白だったのに、知っていただなんて。
タケシは気づいてないと言っていた。
でも本当はカスミにもバレていたということなのか。
「まったく……心臓に悪いっての……」
「え、あ、あの……その……カスミ……」
「別にバトルが強いって理由でアンタと一緒にいるわけじゃないんだから」
「そ…………ん……?」
「確かに、さっきのバトルはらしくない感じだったけど、そんな事で愛想尽かすわけないんだから……もっと自信もちなさいよ、いつもみたいに」
「え……っと……うん……?」
何かがおかしい。
告白の答えではなく、なぜ励まされている感じになっているのか。
「カスミ……何の話をしてる……?」
「何のって……らしくない負け方して、ヘコんでるんじゃないの?」
「……えっと……」
「ちゃんとわかってるわよ。あたしもタケシもピカチュウも。ちゃんと、傍にいてあげるから元気出しなさい。でも、まさかそんな弱気になるほど悩んでたなんて……気づかなくてごめんね……」
「…………」
全然わかっていない。
頑張ったあの告白はどこへいってしまったのか。
「大丈夫よ、サトシ。あたしもタケシもピカチュウも……その……サトシのこと好きなんだから……」
そんなバカな。
仲間としての好きだと思われたというのか。
絶対におかしい。
「あのさ……オレが言いたいのはそういうんじゃなくてだな……」
「え?」
「だから…………」
何と言えば伝わるのか。
タケシが使うような口説き文句は知らないし、シゲルのような歯の浮くキザなセリフも言えない。
気持ちそのままの言葉しか言えないのだ。
「だから、カスミが大好きだって言ってんだよ!」
思わず声を張り上げた。
カスミはさっきよりも顔を赤く染め上げ、ちょっと怒ったように眉根を寄せる。
「もう、アンタは……!そういうことサラッと言うんだから!本当、お子ちゃま!」
どっちが!?
お子ちゃまはカスミの方だろう。
なぜ伝わらない。
サラッと?どれだけ勇気出したと思っているのか。
「この間も……」
「え?」
「特訓の成果が出たピカチュウに大好きだーって叫んでたし」
「そ、れは……」
「まあピカチュウはいいわよ。ポケモンはね。あたしだって大好きって気持ち全開にするし」
「…………」
「お腹が極限まですいてた時も、タケシが少ない食料で作ってくれたご飯食べた後、タケシ大好きだーって……オレにはタケシが必要だとかも言ってたし……」
言葉は出なかった。
確かに言った。
でもそれは、もちろん仲間としての大好きであり、カスミへの大好きとは違う。
だが……
「好きとか、そう言ってくれるのは嬉しいけど……ちょっとは考えなさいよね。勘違い……しちゃうじゃない……」
勘違いしていいとは言えなかった。
それは、あまりにも間抜けだろう。
伝わる伝わらない以前に、恋も知らないお子ちゃまと思われていることが問題だった。
ここで、オレはもうお子ちゃまじゃないともう一度告白しても締まりがなさすぎる。
「あのさ……カスミ……」
「何……?」
「……あー……えっと……」
「何なのよ?」
「……いや……ありがとう。元気でたよ」
「そう?それなら良かったわ」
にこり、カスミは笑った。
まずはもうお子ちゃまではないと分からせるところからだろう。
「あー!バシッと決めてやるからな!覚悟しろよ!」
「お、やる気になった?次はきっと勝てるわよ」
「当たり前だ!男らしく決めてやる!」
「男らしく?」
もう悩むもんかとカスミを指差せば、やっぱりまるで分かっていないかのように首を傾げた。
I love you!