律動的雨音



それは、とても嬉しいのだけど。


「じゃ、何が不満?」


不満なんてない。あるはずがない。
声が震えて、うまく喋れなくて、精一杯首を横に振った。
けれど、貴方の表情は晴れない。


――気づいてよ、バカ。


こっそりため息をつくと、胸がきゅんと痛んだ。


**********


「もうやだ〜〜!!」

「口より足動かせ、カスミ!」


だから森の奥に行くのは嫌だって言ったのに!
ぐすぐすと、カスミは涙を溢しながら懸命に足を動かした。
時より木の枝が身体に当たり、小さな傷をつくる。
しかし、そんな事に構ってはいられない。
それはまるでお約束。


「虫はいや〜〜〜〜!!」


スピアーの大群に追われ、目下逃走中だ。
時よりピカチュウが電撃で追い払っていたが、数も多い上に中々にしつこかった。
しかも、頼りのピカチュウは途中でタケシと一緒にはぐれてしまったらしい。


「カスミ! このままじゃ追いつかれる、スピードあげるぞ!」

「えぇ!? む、むり……!」

「……仕方ないな!」


グイと手を掴まれたかと思うと、力強く引かれた。
まだ速く走れたのかと驚くも、後ろのスピアーを思うと心強い。
しかし、引っ張ってもらっている状態だからか、何度か転びそうになる事もあった。
元々、草木が生い茂っているせいで走り回るのには適していない。


「痛っ……!」

「カスミ!? 大丈夫か!」

「う、うん、平気……ありがとサトシ……」


走りながらも気遣ってくれるサトシに礼を言い、カスミはチラリと自分の肩に目を落とした。
枝に引っかけてしまったようで、ツゥと血が流れている。
風がしみて思わず眉根を寄せたが、足を動かし続けた。



「……何とか振り切ったな」

「もう走れない……」


テリトリー内を脱したのか、気づけばスピアーの姿はなかった。
くたり、その場に座り込んだカスミは汗を拭い、枝に引っかけてしまった肩の様子を見る。
傷はそれほど深くはないが、それでも血は流れるもので、地面に赤い斑点を作っていた。


「大丈夫か?」

「ええ。動かすのに問題ないし、大丈夫よ」

「……ごめんな……。もう少し、気を配るんだった」


ハンカチを肩に巻きながら、カスミはサトシを見た。
気を配るも何も、彼は前を走り草木の障害物を払い除けてくれていた。
そのおかげでケガもこれで済んだというのに。


「サトシ……あたしは気にしてないわ。寧ろ感謝してるのよ? ありがとね」

「……うん……。片手じゃ巻けないだろ? オレが巻いてやるから」


平気、と言う前にハンカチを奪われた。
温かな手が腕に触れ、ドキリと胸が高鳴る。


「あ、待ってサトシ……!」

「は? 何言ってんだ、いいから大人しくしてろって」

「〜〜〜っ……!」


カスミは俯いた。
すぐ近くにサトシがいて、腕に触れられて、呼吸も感じる。
ドキドキしないはずがない。


「ほら、できたぞ」

「あ、りがと……」

「後でタケシにちゃんと手当てしてもらえよ? ……っと、まずいな……」


サトシの言葉に顔を上げると、ポタリ、冷たいものが肌に当たった。
するとすぐに、パラパラと雨が降りだす。
サトシはキョロキョロと辺りを見渡し、ある場所で視線を留めた。
ひときわ大きな木の根本。
カスミもその先に視線を向け、納得したように頷いた。


「あそこまで走るぞ」



本格的に降りだした雨は、しばらく止みそうになかった。


「タケシとピカチュウ……大丈夫かな……」

「タケシとピカチュウだもん。大丈夫よ」

「……そうだよな。ところでカスミ」

「え、な、何?」


ずい、とサトシが詰め寄った。
ひときわ大きかった木の幹に、ぽっかりと開いた穴。
サトシとカスミが入ってもまだ余裕があるくらい広く、二人はしばらくそこで雨宿りする事にした。
広く、といっても限度はある。
こう詰め寄られては、逃げ場などない。


「何か、オレから距離置いてねぇ?」

「き、気のせいよ」

「なら、もっとこっち寄れよ。くっついてないと寒いだろ」

「くっつ……!? あ、あたしは寒くないから平気!」

「……オレが寒い」


ぐい、とサトシはカスミを引き寄せた。
咄嗟の事に、カスミはサトシに抱き着くような体勢になる。
ドクリ、熱いものが込み上げた。
そう感じた瞬間には、カスミはサトシを突き飛ばしていた。


「……何だよ」

「ご、ごめ……! 違うのよ……ただ……」


顔が熱い。
湯気がのぼってしまいそうだ。


「ただ、何?」

「……だ、だから、その……」

「オレが嫌なのか?」

「違う……そうじゃ、ない……」

「じゃ、何が不満?」


ムッとサトシの眉間に皺が寄る。
こっちばかりドキドキしているようで、何だか馬鹿みたいだ。
そう思うも、気持ちは抑えきれない。
カスミはぎゅっと口を引き結んだ。


「……カスミ」


やけに声が近くて、一瞬頭が真っ白になった。
お互いの表情が瞳に映るほどの至近距離に呼吸を忘れる。
サトシの吐息が首もとをくすぐった。


「さっきから何なわけ? 言いたい事あるならハッキリ言ってくんねーと落ち着かない」

「……だか、ら……! それは……!」

「何?」

「〜〜っ、は、恥ずかしいのよ! 何でわかんないのバカ! ちょっとは察しなさいよバカサトシ!」

「……二回もバカって……」

「何度だって言うわよ! バカバカ、乙女心なんてわかんないバカサトシ!」

「お前な……生憎オレは乙女じゃないんでね」


ぐい、力強く引き寄せられ、気づけばカスミはサトシの腕の中に収まっていた。
雨で湿っているせいか、熱いくらいに熱がこもる。


「さ、サトシ……!」

「わかんないか? オレだって、ドキドキくらいする」

「あ……」


サトシの鼓動の音。
それは通常よりずっと速く、大きく聞こえた。
ちらり、目線を上げると、ほんのりとサトシの耳が色づいているのが見える。


「……もう、寒くない……?」

「……熱いくらいだな」

「うん……あたしも熱い……」

「でも、離さないぜ?」

「……うん」


恥ずかしくて鼓動が速くて、気づかれたくない気持ちはまだある。
でも、こんなに近くにいては、鼓動も混ざってどちらのものかなんてわからない。
もう少しだけ、雨が続けばいいな。
そんな事を思った。



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奏さまに捧げます!
押せ押せなサトシと乙女なカスミでした!
押せ押せ……何だかサトシまで乙女っぽくなりましたが……!
この度は相互ありがとうございます!
これからもよろしくお願いしますね!

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