安堵


本来の目的として使われる事のない勉強机を支えに、頬杖をつくヒルダは主のいない部屋を眺めていた。
いつもは服やマンガ本が散らばっているが、やる事もないため片付けてしまった。
ついでに棚やタンスの上などの埃を払い、掃除機もかけたため見違えるくらい綺麗だ。
何故こんなことを。とも思ったが、仕えている赤子のためと考えれば身も入る。


「静かだな……」


全開にした窓から風が吹き込み、ヒルダの金髪を揺らした。
心地よさが眠気を誘う。
目を閉じればすぐに夢の中へと入ってしまいそうだ。
うつらうつらと、さ迷う意識。
それなのに、落ちることはない。
腰かけていたイスのスプリングが軋む音をたて、ハッとした。


「……読書でもするか」


呟き本を開いたが、文字を追うのがなぜか億劫だった。
いつもならスイスイと読めるのに、どうも内容が頭に入らない。
こんなにも、静かなのに。


「……静かすぎるのか……?」


いつも賑やかな男鹿家も、日中は誰もいない。
学校に通いだしたおかげで、ヒルダも家で留守をすることがあまりなくなった。
そのため、この空間も久しぶりなのだ。
本当は今日も学校はあるが、どうにも気分がのらず、サボってしまった。
少し、疲れているのかもしれない。
ヒルダが軽く額を押さえると、バタンと遠慮のない音と共に、ただいまと聞き慣れた声が耳に入った。
帰ってきたかと思うより速く、部屋の扉が開かれる。


「何だ、いるじゃねーか」

「いたら悪いか?」

「別に。ってか、サボりかお前。ベル坊の世話全部押し付けやがって」

「ダブー」

「おぅ、言ってやれベル坊」


静寂だったこの部屋が一気に賑やかになった。
そして、なぜか安心感が胸に落ちる。
賑やかというより、騒がしさに慣れすぎたせいだろうと、まるで自分に言い聞かせるように思った。


「ん? あれ、部屋が綺麗になってる!?」

「ああ……掃除をしたからな」

「掃除……学校サボってか?」

「いや……少し疲れたようでな。それで学校は休んだが、掃除は気まぐれだ」

「……矛盾してね?」


疲れているのなら、なぜ掃除なんか。
と言いたいのか、男鹿の眉間に皺が寄る。
坊っちゃまのためと返せば、納得いかない顔はしたものの、なるほどと頷いた。


「疲れてんなら寝てりゃいいのに」

「眠くないわけではないが、落ち着かなくてな……。あまり眠れそうにない」

「そうか? 今にも寝そうな顔してるけど」


その本、と指を差され、手に持っていたそれに目を落とした。
――なるほど。
文字を追うのが億劫だの、内容が頭に入らないなどという以前に、これでは読みようがない。
何せ、逆さまに持っていたのだから。


「お前、相当疲れてんじゃねーの?」

「フ……まさか貴様に心配されるとはな」

「別に。お前に倒れられるとオレが困るからな。ベル坊の世話まで全部押し付けんなよ。な、ベル坊」

「アブー」


せっかく綺麗に掃除した床に学ランを脱ぎ捨て、男鹿はいそいそとコントローラーに手を伸ばした。
魔王の親ともあろう者が、帰ってくるなりゲームとは……。
と思ったものの、主君であるこの赤子の父も兄も大のゲーム好きだ。
何となく複雑な気分になる。


「…………」

「オイ、何だよ?」

「うるさい。じっとしていろ」


鬱陶しげな男鹿の背に寄りかかった。
じんわり、温かな体温が背から伝わる。
静寂よりも安堵するこの空間と温度。
それを作り出しているのは男鹿であり、そう感じる心は自分の中で打ち消すこともできない。
慣れだ、と。
そんな言い訳しかないのが無性に悔しかった。


「……寝る」

「この状態で!?」

「スー……」

「って早っ! のび太かお前は!」


誰かがいるという中で眠る方が落ち着く。
きっと、そんな風に慣れてしまっただけなのだ。



(ダー)

(ふわ……。おはようございます、坊っちゃま。……む? どうした男鹿)

(身体が固……! ずっと同じ体勢だったせいで……!)

(アブー)



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気持ち良さそうに眠るヒルダを起こさないよう、極力動かないようにしていた男鹿。
いつも男鹿→ヒルばっかなので、たまには男鹿(→)←ヒルも。
男鹿から矢印は絶対のよう。
お粗末様でした!

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