足りない熱
濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に入ると、暖かいはずの室内に冷たい風が吹いていた。
冬だというのに窓が開いている。いや、開けたのだろう。
さむっ、と眉間に皺を寄せ、男鹿は夜風に当たっているヒルダに声をかけた。
「おい。寒いだろ、早く閉めろ」
「たった今温まってきたのだろう。このくらい寒さに入らん」
「湯冷めするっての」
ガシガシとベル坊の頭をタオルで拭きながら、男鹿はヒルダを睨んだ。
ヒルダは仕方がないというようにため息をつき、言われた通り窓を閉めた。
目線は窓の外を向いたまま。
「よし、拭けたな」
「アダッ」
ほかほかとした温かさが心地いいのか、ベル坊はうとうと頭を揺らし始めた。
男鹿はベル坊を抱き上げ、窓の外から目を離さないヒルダの顔を覗き込んだ。
うっとうしい、と言いたげな表情。
「……何だ?」
「お前は寒くねーのか?」
「このくらい寒さに入らんと言ったであろう。私は悪魔だ。貴様たちとは違う」
「ふーん……?」
聞いといてその態度は何だ、と睨むヒルダの視線をかわし、男鹿は流れる金髪を指に絡めた。
さらさらと触り心地のいい髪。
しかし、その金糸は冷えきっていて、温かな自分の手と変な化学反応を起こしているように思えた。
するり、男鹿はヒルダの頬に手を当てる。
一体どれくらい風に当たっていたのだろうか。
ヒルダは完全に湯冷めしていた。
「お前、バカじゃねーの?」
「貴様に言われるとはな」
「風邪ひくぞ」
「貴様たちとは違う、そう何度も言っている。このくらいで風邪などひかん。それに、バカは風邪をひかんのだろう?」
「……んなもん、迷信に決まってんだろ」
思わず普通に受け答えてしまった。
まさかバカだと認めるような発言をするなんて。
本当に認めたわけではないにしろ、皮肉を言うつもりでいたため拍子抜けだ。
「ダ?」
「ん、ベル坊も言ってやれ。そんな冷えきった身体でオレを抱き上げるなって」
「ウィー!」
「いや、雄叫びじゃなくてだな」
「アダー!」
「何がしたいんだお前は」
先ほどまで眠そうにしていたというのに、ベル坊は元気に転げ回った。
わかっているのか、いないのか。
「フフ……」
ベル坊の姿にヒルダは小さく笑い、愛しげに目を細めた。
そんなヒルダの顔をまじまじと見つめ、男鹿はアレと小首を傾げる。
ヒルダの頬が温かくなっていた。
自分の手と変わらぬ温度。
「オレのが冷えたか?」
思って、手の平を合わせる。
若干ぬるくなっている程度だろうか。
「さっきから何だ」
「いや……」
今度は反対の手で、反対の頬。
先ほどと同じような感覚だが、じんわりとお互いの体温が溶け合うのがわかった。
妙な熱を帯びていくのも。
「ベル坊、ちょっと来い」
「ダ」
さすがは赤子。
抱きかかえると、その体温の高さがよくわかる。
だが、その熱はヒルダとの間にあるものとは違う気がした。
「ヒルダ」
「む?」
「ちょっと、抱きしめさせてくんね?」
「なぜだ?」
「確かめたいことが……」
「断る。それに、冷えきった身体を抱きしめたくはないのだろう?」
ニヤリと嫌な笑みを向けられ、
「それはベル坊の話だ」
と答えることしかできなかった。
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ラブラブじゃないのにどこか甘さもある、そんな男鹿ヒルが読みたい……!
そんな男鹿ヒルを書きたい……!
読んでくださった方、ありがとうございました!