望んでいたのはそれだけ


窮屈で縛られるような日々から逃げ出したのはいつだったか。
あの人に手を差し伸べられるまで、どう生きてきたのかよく覚えていない。
温かく迎え入れてくれた、大魔王様。
居場所を与えてくれた事への感謝の気持ちは大きく、役に立ちたいと常に思っていた。
それと同時に、捨てられてしまうのではないかという不安感。
そんなはずはない。そんな人たちではない。そう思っても、どうしても不安を拭いきれなかった。
自分は必要な存在だろうか?
それを思うと胸が締め付けられた。
いい子でいようと笑顔を作ることにも慣れ、気づけば作り笑いが常になっていた。
感情的になって、嫌われてしまうのが怖かったのだ。


「アーイ!」


坊っちゃまの世話を任された時、必要とされている事の嬉しさや安堵でいっぱいになった。
純粋無垢な赤子は、自然と心のわだかまりをといていくようで。
少しずつ零れ始めた感情に、坊っちゃまは喜んでくれているような、そんな錯覚がした。


「オレの命令には従えよ」


なぜ、こんな男に。
坊っちゃまは何がよくてこんなドブ男に懐いてしまわれたのか。
自分よりも、この男の方がいいのか。
坊っちゃまを奪われたくないという独占欲、必要とされなくなってしまったのではないかという恐怖。
黒いものが胸の中にあり、それに嫌気がする日々。
けれど、坊っちゃまは必要としてくれた。
あの男に懐いていても、いつも気にかけてくれた。
だからやってこれた。
坊っちゃま以外の人間は自分の中から排除して、人間らしく振る舞う。
笑って、怒って、時には涙してみたり。
そうしていれば、何事もなく時間は経過していくものだから。
それなのに。


「何なのだ、貴様は……!」


どうして心を乱してしまうのだろう。
本音が出てしまう。感情的になってしまう。
それでは駄目なのに。
自分を出せば、嫌われる。
純粋無垢な赤子である坊っちゃまを除いて、こんな自分を受け入れてくれるわけがない。
要らないと、言われてしまうのが怖いのに。
なぜ。
どうして、この男はせっかくつけた仮面を剥がしにくるのだろう。
男鹿辰巳。わけがわからない。
こんな感情、知らない。


「お前が何抱えてんだか知らねーけど、オレはお前をもらうからな」

「もらうだと?どういう意味だ」

「さっきから言ってんだろ。オガヨメになってもらうから」

「それが意味わからんと言って……!」


視界が男鹿で埋め尽くされた。
近距離に息がつまる。


「好きだって言えばわかんの?」

「な……!」

「いつものお前じゃなくて、今のお前な」

「……!?」


必要と、されたかった。
それだけで、多くを望むつもりはない。
だから自分を殺してきたというのに。
こんな汚い感情に支配され、内から出てきたものを隠せずにいる今の私が好きだと?


「メイドは解雇な」

「は、何を……勝手に……!」

「で、今からは……」


本当に、何なのだこの男は。
嫌な感情しかない心に、温かなものが灯った気がした。

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