雨が上がった。
空はうっすら白んできている。
志村邸の玄関前。
木刀を支えにしゃがみこんでいた銀時は、ゆっくりと立ち上がった。


「何か用か?ここには俺と女しかいないぜ」


門の前で仁王立ちしている男に言葉をかける。


「嘘をつくな。貴様、白夜叉だな?」

「おっと……色々調べられてるらしいな……。こりゃ、下手な嘘言えねーな」

「当然。女とはここの家の者だろう。それから、刀鍛冶の女……そして、我らの目的である桂小太郎」


ガキン、と音が鳴り響いた。
木刀と真剣が擦れ、二度三度と刃を交えると、ふたりは距離をとった。
男がニヤリと笑みを浮かべる。
しかし、その頬には一筋の汗。


「さすがは白夜叉……」


銀時と男の差は歴然だった。
まともにやっても敵わないと判断した男に、銀時は舌打ちをする。
馬鹿みたいに突っ込んでくる方が楽だったのに。
どうやら、そう馬鹿ではないらしい。
男はちらりと後方に目を向けた。
それが合図だったかのように、ずらりと現れた攘夷浪士。


「おいおい……何人いんだよ」

「さすがの白夜叉も、この人数を一度に相手はできないだろう?」

「どうかね。つか、この家は壊すなよ。あとが怖ェんだから」


男は口元を歪める。
さて、どうしようか。
銀時は木刀を構え直した。
こっちから行くか、と足に力を入れる。
不意に、声のようなものが聞こえた。
遠くで誰かが叫んでいるような。


「ん……?」


近づいてくる音。


「ぅぅうおおおおおお!!銀時ィィィィ貴っ様ァァァア!!!」

「アネゴォォォ!!無事アルかァァァァ!!」

「ワン!」


攘夷浪士の何人かを吹っ飛ばしながら現れたのは、新八、神楽、定春だった。
新八の顔はこの世のものとは思えないほど恐ろしい形相になっている。
新八は攘夷浪士たちなど目に入ってないかのようで、ポカンとしている銀時を真っ直ぐめがけてきた。


「テメェ……どういう事だあぁん!?説明しろ、今すぐ俺に説明しろや腐れ天パ野郎!」

「え、ちょっと、何……説明って何の?つか、キミ新八君?顔変わってるよ」

「しらばっくれる気かァァァァ!!!」


ユサユサと胸ぐらを勢いよく揺すられる。
状況を飲み込めない銀時に、神楽が汚いものを見るような目で問いかけた。


「銀ちゃん、アネゴに手を出したって本当アルか?」

「は?」

「まだ夜も明けてないのに、マヨラーが万事屋に来たネ。『オイメガネ。テメーの姉貴、あの銀髪野郎に襲われるぜ』って」


銀時の顔が引きつった。
何とんでもねー事をとんでもねー奴らに言ってくれてんだあのマヨラー。
もう少し追い返す言い訳を考えておくべきだったと後悔しても、もう遅い。
嘘とわかって、わざわざ新八たちにそれを伝えた土方はやはり勘付いている。
ここに桂がいると。
真選組がこの場に来れば、桂を見逃すことはできない。
だから土方は万事屋に向かったのだろう。
感謝すべきかどうか。


「あの、新八君?手は出してないから。それよりもこの状況みようか。今にも襲いかかってきそうな雰囲気のむさ苦しいオッサンたちがいるんだよ」

「うるせーよ!今俺が血祭りにすべきは銀時、テメーだァァァァ!!!」

「ワン!」


ぱくり、定春が新八に噛みついた。
ナイスだ定春!
銀時は言うが、定春に踏まれた。
もがく銀時と新八に、神楽は攘夷浪士たちに目を向けながら問う。


「で、アイツら何アルか」

「敵だよ、敵。オメーらも手伝え」

「敵はアンタだっつってんだろ」

「ぱっつぁんよォ、ちゃんと説明するから、今は奴らに集中してくんない?」


ガリガリと頭を掻いた銀時は、木刀を攘夷浪士たちに向けた。


「万事屋銀ちゃん、出陣だァァァ!」


銀時のかけ声で、神楽、定春は攘夷浪士たちに向かっていく。
状況が飲み込めない新八も、一歩遅れて銀時の跡に続いた。
近所迷惑など考えることもなく。
ズドン、バキッ、ドゴォ、と大音量が響き渡る。
三人と一匹は強かった。
敷地内に入ってくる者を、次々と門の外まで吹っ飛ばしていく。
これなら、と僅かに気を緩めた銀時の視界に、庭から回り込もうとする数人を捉えた。


「しまっ……!」


追いかけようと足先を向ける。
しかし、その足はピタリと止まった。
庭へ向かった数人が外壁まで吹っ飛んでいったのだ。


「姉上!?」

「アネゴ!」


薙刀をトンと地につけた妙が、キッと辺りを睨む。
妙の後ろには、桂と、その体を支える鉄子。
桂の手には刀が握られている。
まさかあの状態で戦うつもりか。


「いたぞ!桂だ!」


流れ込むように攘夷浪士たちが桂を目指す。
銀時はそれらを薙払い、妙の前に立った。


「護れとか言ってたくせに、何戦場に連れてきてんだよ」

「武士としての頼みを聞かないわけにいきません」


妙が微笑む。
銀時はため息を吐きながら桂に目線を向けた。


「……ったく、大人しく寝てりゃいいもんを」

「フン……女子ふたりに護られるだけなど、情けない姿はさらせん」

「そうかよ。じゃ、しっかり戦えよ。お前がまたケガすると、俺がお妙に殺されるからな」


桂は笑うと、真っ直ぐにある男を見つめた。
男もまた、桂を鋭く睨んでいる。
最初に銀時と対峙した男。
この騒動の主犯であり、桂に大怪我を負わせた男だった。


「情けない姿……か……。お笑いだな。とっくに情けない男になっていると気づいてないのか」

「貴様は何も見えていない……。上辺だけの判断は身を滅ぼすぞ」

「何も見えていないのはアンタだろう。俺を説得しようと力を抜いたせいでそのザマだ……狂乱の貴公子も落ちぶれたもんだ」

「ふっ……」

「何がおかしい」

「いや……刃を交えた時も思ったが……まるで止めてほしいと言っているように聞こえてな」


ピクリ、男の頬が引きつった。
桂は鉄子から離れると、フラフラ揺れながら構える。
空気が張り詰めた。
桂を支えようとした鉄子も、空気に呑まれたようで足がすくんでいる。


「鉄子」

「……っ、銀さ……」


銀時は鉄子の腕を掴み引いた。
この場にいては巻き込まれる。
言えば、鉄子は唇を噛んだ。


「お前も、近づくなよ」

「わかってます。これは桂さんの問題、でしょう?」


余計な言葉は必要ない。
力強い瞳で桂たちを見ている妙に、銀時は苦笑した。
背後に迫ってきていた攘夷浪士を斬り伏せ、銀時も桂と男を見やる。
仲間を斬れなかった。
桂はそう言った。
だが、それだけではないのは銀時も気づいていた。
斬れないまでも、どうにかできるはずだ。桂ならば。
それほどの実力の差がありながら、あれだけの大怪我を負わされた。
昔の自分と重ねたのでは。


「桂さんなら大丈夫ですよ」


妙が微笑する。


「だから、信じましょう。ね、鉄子さん」


ね、銀さん。
妙は銀時を見上げた。
事情など知らないはずだが、まるで確信しているかのように真っ直ぐに。
武家の娘だと思い知るのはこういう時だと、銀時は頬をゆるめた。


「ちゃちゃっとケジメつけろよ、ヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ!」


桂と男の剣が鋭い音を立てた。
男の剣は力強いが、太刀筋が荒く怪我をした桂でも最小限の動きでかわす事ができた。
しかし、桂の方は力強さはなく下手に打ち込んでも弾き返されてしまう。
長引けば桂の不利。
桂は間合いを取ると、刀を鞘に戻した。
呼吸を整え、研ぎ澄ます。
男のこめかみがぴくりと動いた。


「その……何でも知ったような顔が腹立つんだよ!」


突然男は激昂した。
刀を大きく振り上げる。
キン、と音が響いた時、男の手からは血が大量に噴き出していた。
刀など持ってはいられない。
男は刀を落とし、膝をついた。


「くそ……くそ……!」


桂は再び刀を鞘に戻すと、男の前に立った。


「何が大事なものだ……そんなもの、この国の在り方では護りきれない……!」

「それは、貴様の弟妹たちのことか?」

「な……!」


なぜそれを。
男は桂を見た。


「先ほど、エリザベスがこれを持ってきた」


懐から出したのは、手紙のようだった。
報告書だろうか。
銀時が門へと視線を向けると、新八、神楽、定春に混ざってエリザベスが暴れていた。いつの間に。


「身売りされそうになった所を、あの過激派の連中が助けてくれたようだな」

「ああ……相手は腐った政府の人間だったからな!」


何が正義で何が悪か。
天人に子どもを売る政府の重鎮。
もっとも、そいつはすでに逮捕されている。
しかし、そんなものは氷山の一角にすぎないのだ。


「真っ当に生きてる人間もいれば、真っ当に生きたくてもできない人間もいる。そういう奴らを、国は救わない。俺たちのような、日の照らない場所で生きてる人間なんて、どうだっていいんだよ!」

「……確かに。だから俺も、この国を変えようとしている」

「何が変えるだ……そんな生ぬるいやり方で何が変わるってんだ!」

「貴様はわかっているのか。貴様のやり方は、大事な弟妹たちを危険にさらすだけだと」

「変わらないなら一緒だ!」


男は血だらけの拳を地面に叩きつけた。
どうしようもない。
大事なものを護りたい気持ちは同じはずなのに。


「国を変えたかった。だから貴様は、俺のところへ来たのではないのか」

「……そうだ……あんたなら変えてくれると思った。中身を知れば、ただの情けない腑抜けだったがな」

「なぜ、そのまま俺に助けを求めなかった」


男はハッとしたように息を呑んだ。


「失望したからか?俺には無理だと?」

「それ、は……」

「貴様は目先の強さに捕らわれた。俺は再三言ったはずだ、武力で解決しても意味がないと。貴様は反発したな、そんなもので大事なものを護れるわけではないと知りながら」

「だったら……どうしろってんだ……!あんたに助けを求めて、何が変わる!」

「……少なくとも、貴様や貴様の弟妹たちを護ってやれた」


桂は目を細めた。
朝日だ。
眩しく輝く太陽が、桂たちを照らす。


「何でも知ったような顔、と言ったな。俺は何も知らぬ。知らぬ事の方が多い。だから知ろうとするのだろう、人は。俺はそのおかげで大事な事に気づけた」

「…………」

「朝陽は誰の上にも等しく照っている。もし影で隠れてしまっているのなら、俺はその光を広げる努力をするまでだ。今俺にできること……それは、貴様たち家族を陽のもとで生きていけるようにしてやれる事だろう」


男の目から涙が溢れた。
肩を揺らし、嗚咽がこぼれる。


「貴様はまだ若い。その有り余る力は、弟妹たちのために使ってやれ」


桂が微笑むと、男はついに泣き崩れる。
朝日は完全に顔を出し、世界を明るく照らしていた。
銀時はほうと息を吐く。
あっちも終わったようだと新八たちに目を向けると、何やらこちらに向かって走ってきている。


「銀ちゃーん!」

「大変です銀さん!」

「何だよ」

「真選組です!囲まれてますよ!」

「マヨラーが引き連れてきたアル」

「な、また面倒な時に……!」

「銀さん、桂さんとその人を連れて、早く中へ」


妙が縁側の戸を開けた。
仕方ねーな。
銀時は男を担いで慌てて家の中へと避難した。


****


「結局、あの男とその兄弟はどうしたんだ?」


病室を訪れた銀時は、開口一番そう尋ねた。


「とりあえず、かぶき町に住まわせた。あそこは訳ありの者が多いからな。何も聞かず住まわせてくれた」

「ふーん」


ぐるぐると包帯を巻かれ、誰だかわからないミイラ男と化した桂は、窓の外を眺めた。


「お前、最初から知ってたのか」

「ああ。攘夷志士になる以上、その者を調べるのは当然だろう。だから、何とか理解してもらおうと何度も話し合ったのだがな……結局、解り合えず遠回りしてしまった。お前の言うように、そう簡単ではないな」

「……でも、解り合えたんだろ。なら、いいじゃねーか」

銀時の言葉に、桂はそうだなと頷いた。
どうにもならない事もある。
それをよく知っている二人にとって、どんな形であれ、理解し合えたのは何よりだった。


「そういや、エリザベスが持ってきた報告書は何だったんだ?」

「あれはあの男が組んだ過激派の連中についてだ。あの弟妹たちを助けたのは、金になるなら自分たちが、ということらしい。つまりは横取りだな」

「腐ってんな」

「ああ、誰も彼も腐っている」


桂は、その事実は男は知らないと言った。
知らない方がいい。
今更必要のない情報だ。


「こんにちは」


カラカラと扉が開く。
入ってきたのは鉄子だった。


「よォ、お前も見舞いか?」

「ああ。それと、桂さんに頼まれていたものだ」


鉄子はそう言うと、桂に布で巻いた何かを渡した。
短刀だった。
銀時は桂と鉄子を交互に見る。


「武力で解決しない方がいいがな。身を護る術はやはり必要だ」

「桂さんに言われた通り、子どもでも扱えるよう軽くしておいた」

「子どもって……まさか、それ……」

「心配せんでも、護身術を教える程度だ。お前もあの男の太刀筋を見たろ。きちんと教えてやらねばなるまい」

「お前のけじめの付け方って……」

「ハッハッハ。あの弟妹たちも、将来は兄のような攘夷志士になってくれると嬉しいな」


まったく。
銀時は呆れたようにため息をついた。
だが、これで良かったのかもしれない。
あの家族は、これから陽のもとで生きていけるのだから。
それがこんな電波バカのおかげと知って、いつかガッカリするかもしれないが。
銀時は笑って、病室をあとにしようと扉に手をかけた。


「銀時、もう行くのか?」

「ああ。お妙を迎えにいかねーと」

「む、そういえばお妙殿にもお礼を言わねばな……。迎え、とは?」

「真選組の屯所。過激派の連中がアイツん家で暴れてた訳だし。一応形式的に事情聴取ってやつ」

「そうか……何から何まで迷惑かけたな……」

「ドンペリ百本じゃ、足りねェかもな」


だな、と桂は苦笑した。
銀時はひらりと手を振り病室を出る。
さすがに銀時の金ではドンペリは無理なため、アイスで我慢してもらおう。
それでも、高級品なため銀時にはきついが。
きっと笑って許してくれるだろう。
太陽の下に出た銀時は、ぐっと背を伸ばした。



ーーーー
何とか書けました朝日隠れ!
たまたま辞書で「朝日隠れ」の文字を見つけ、これいいなと使ってみました。
紅桜篇での「朝日を見ずして眠るがいい」とかタイトルの「陽はまた昇る」とかに因んで(笑)
長い話になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!

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