タオルで水分を拭っていると、玄関の方から物音が聞こえた。
そして、話し声も。
こんな真夜中に誰だ。
銀時は木刀を握りしめ、ゆっくりと玄関へと向かった。
「ですから、何にもないと言っているでしょう」
「でも、お妙さん……!」
「もう帰ってください。迷惑です」
押し問答をしていたのは、妙と近藤だった。
近藤の後ろには静かに煙草を吹かす土方もいる。
奥の部屋で寝ている桂を思うと、銀時の表情は面倒そうに歪む。
土方は近藤の肩を掴むと、替わるように妙に詰め寄った。
「雨でだいぶ流されてはいるが、血が確かにこの家に続いてんだよ。何もないわけねェだろ」
「何もないと何回言ったらわかってくれるんです?」
「この辺で桂一派の目撃情報もある。最近過激派の攘夷浪士どもが活発になってんのもあってな……。疑うのは当然だろ?隠してること全部吐け。じゃなきゃ、テメーもしょっぴくぞ」
「おい、トシ……!」
土方は近藤に構わず妙を睨む。
だが、妙は動じなかった。
眉ひとつ動かさず、土方を睨み返している。
「その血は俺のだよ」
「万事屋!?何でお前がここに!?」
近藤が狼狽する。
銀時はボリボリと頭を掻きながら、妙の一歩後ろに立った。
土方の鋭い視線が妙から銀時へ移る。
「仕事でちょっとな……。もう痛いのなんのって。あー……いててっ……」
「白々しい嘘つくな」
「嘘じゃねーって。ま、もちろん全部俺のじゃないけどな。血生臭い仕事でよォ、返り血がひどいから、ここの風呂借りにきたんだよ」
だから帰れ、と銀時は追い返すように手を振る。
だが、土方は変わらず銀時を睨み続けている。
銀時はこっそりため息を吐くと、妙の腕を掴んで引き寄せた。
「わーったよ。事実を言うわ。血生臭い仕事だったから気が滅入ってんだよ。だから、お妙に癒やしてもらいに来たわけだ」
「はぁ!?万事屋テメー!何言ってやがる!どういう意味だ!」
「うるせーゴリラだな。どうも何も、そういう意味だろ」
「何だとォォォォ!!」
近藤が絶叫する。
土方は相変わらず。
何か言おうとする妙を、銀時は腕を掴む手に力を込めて制止した。
何も言うな、と。
「だから早く帰れ。それとも何、俺とお妙のお楽しみを邪魔するのも警察の仕事なわけ?」
「……チッ」
舌打ちした土方は顔を背けた。
喚く近藤の首根っこを掴み、ズルズルと引きずっていく。
「トシィィィ!お妙さんが……お妙さんがァァァァ!!」
土方は一度だけこちらを振り返り睨むと、近藤を引きずりながら門の外へと消えていった。
銀時の言葉を信じたわけではなさそうだが、これ以上ここにいても仕方がないと判断したのだろう。
ふう、と息を吐いた銀時は妙の腕から手を離した。
「悪い、痛かったか?」
「いえ……大丈夫です……。でも銀さん、あんな嘘つくなんて……」
「しょーがねーだろ。あの野郎のことだ。引き下がったとしても、山崎あたりを送り込むかもしれねぇ。ああ言っとけば山崎なら遠慮すんだろ」
「……そう、ですね……」
素直に頷いた妙の顔を、銀時は訝しげにのぞく。
少し疲れているようだった。
無理もない。
夜中に突然血だらけの男が運びこまれたのだ。
手当てだけでも精神力が必要になる。
それに加え、土方のプレッシャーも大きかっただろう。
それでも、何でもないと笑顔を崩さなかった妙はやはり強い娘だと思った。
銀時は土方たちが消えていった門を見つめ、そっと戸を閉める。
雨足はさらに強くなっていた。
「戻るぞ」
「あ、はい……」
キシキシと廊下が軋む。
スッと、桂が眠っている部屋の襖が開いた。
「銀さん……さっきの人たちは……」
奥の部屋から鉄子が不安げに顔をのぞかせていた。
鉄子も気が気でなかっただろう。
いつ踏み込まれるか。
そんな不安でいっぱいだったはず。
「心配すんな。追い返したからよ」
「真選組がもう嗅ぎつけたか……」
「ヅラ、起きてたのか」
「ヅラじゃない。桂だ」
桂の顔にはじっとりと汗が滲んでいた。
痛みと熱で苦しいのだろう。
「本当に……すまぬ……迷惑ばかり……」
「そう思うなら、早く治してくださいな。お礼はドンペリでいいですから」
桂の言葉を遮るように、妙はニコリと笑って、私を指名してくださいねと首を傾けた。
ぱちくりと目を丸くさせた桂は、フッと力を抜いた。
そうさせてもらう。小さく呟く。
「さ、今日はもう休みましょう。鉄子さん、お部屋用意しますね」
「あ……私は……ここにいていいだろうか……?」
「……ええ、じゃあお布団持ってきますね。銀さん、手伝ってくださいな」
「おいおい。いくら怪我人だからって、男と女が同じ部屋で」
「いいから手伝えっつってんだよ」
はい……。
大人しく頷いた銀時は、妙の後ろをすごすごとついていく。
キシキシ、廊下が軋む。
「銀さん」
「あ?」
「やっぱり、病院に連れて行くべきだわ」
「…………」
「もちろん、すべてを終わらせてから、ね」
妙は少しだけ銀時を振り返って笑った。
すぐにまた正面を向く妙の背中を見つめ、銀時はガシガシと頭を掻く。
あんな状態で病院に行けば、それこそ逃げ場がない。
敵が過激派である以上、他人を巻き込む可能性も高かった。
真選組の事もある。
そういった事情をすべて承知で、妙は桂を受け入れた。
「すまねーな……」
「あら、どうして銀さんがそんな事。ドンペリでいいですよって、さっき言ったじゃない」
「んな金ねーよ」
「だったら、何が何でも桂さんと鉄子さんを護ってください」
「言われなくてもわーってるっての」
そこに自分は含めないのか。
とは言わなかった。
まったく、と銀時はこっそりとため息をついた。
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「鉄子殿……」
掠れる声で、桂は鉄子に呼びかけた。
「ここは戦場になるやもしれん」
「え……?」
「真選組が来たという事は……俺の血が続いてたという事……。ヤツらが気づいていても不思議はない……」
「そんな……!私、銀さんに……」
「いや……銀時もわかっているだろう……。おそらくは、お妙殿も」
ハッと鉄子は息をのんだ。
一気に血の気が引いていく。
少し考えれば気づけただろうが、そこまでは頭が回らなかった。
まったく関係のない人を巻き込んだ。
鉄子はキュッと唇を噛む。
「きっとお妙殿は気にしていないだろう……。そこまで親しい間柄ではないが、そういう女性なのだと、なぜか理解できる。どこか少し、銀時に似ているのかもしれんな……」
桂は口元をゆるめた。
鉄子の脳裏に、紅桜の一件がよぎる。
万事屋を訪れた後の事。
鍛冶屋で待ってろとメモが入っていたのに気づき、銀時を待っていた。
そこに現れた銀時は、似合わない傘をさしていて、何ともいえない表情をしていた。
あの娘には何と言ってきたのか。
何も言わなくても理解していた。
聞けば、銀時と同じようにメモを残し陰から見送られたのだと、苦々しげに話してくれた。
「そうか……」
すべてを理解した上で受け入れ、起こる事を覚悟している。
ならば、ここでうじうじしている方が失礼だろう。
これから、だ。
「鉄子殿、頼みがあるんだが……きいてくれるか」
鉄子の気持ちを悟ったかのように、桂は真っ直ぐに鉄子を見据えた。
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またも続く。
思った以上に長くなったな……。
次で終われるかなぁ……。