一番遠い場所


一番近いようで、一番遠いと思った。


「アネゴ〜」

「あらあら、どうしたの神楽ちゃん。甘えん坊さんね」


そう言って、洗濯物を畳んでいた姉上の膝に擦りよる神楽ちゃんは姉上が大好きだ。
アネゴと慕い、本当の姉のように想っている。
姉上も神楽ちゃんが大好きだ。
妹のようで可愛いといつも言っている。
そんな仲睦まじいふたり。
僕は微笑ましく思う反面、ちょっとだけジェラシーもあった。
僕はもう、姉上の膝に擦りよる事はできない。ましてや、膝枕なんて。


「神楽ちゃん。姉上は洗濯物を畳んでるんだから、邪魔しちゃダメだよ」


うるさいシスコンメガネ。
間、髪を容れず。
神楽ちゃんは蔑んだ目で僕を睨んだあと、勝ち誇った表情で姉上の腰に腕を回した。
チクショー。僕は拳を握る。
昔だったら、そこは僕の場所だったのに。


「アネゴ、私お腹が減ったアル。おやつ食べたいネ」

「そうね、ちょうどおやつの時間ね。でも、今うちには卵とバナナくらいしかないの……。ごめんなさいね、今作ってくるから……」

「ば、バナナがいいアル!私、バナナ大好きネ!アネゴの買ったバナナならどこ産でも美味しいはずヨ!」

「まあ、神楽ちゃんったら。そんなにバナナが好きだったの。今度からうちに置いておくから、いつでも食べに来てね」

「わーい!アネゴ大好き!」

「うふふ、私もよ」


必要以上に姉上にべたべたするのは、僕への嫌がらせだろうか。
ちらちらこちらを見てくる神楽ちゃんの顔が腹立たしい。


「じゃ、今バナナ持ってくるわね」


神楽ちゃんが離れると、見慣れた渦巻き模様の着物を横に置いた姉上が立ち上がる。
立ち上がろうとしたが、できなかった。
姉上の背にもたれ掛かってきた銀髪パーマのせいで。
つーかテメー何してんだコノヤロウ。


「バナナくらい自分で取りにいけ神楽。俺の着物が皺になるだろ」


機嫌の良かった神楽ちゃんの眉間に力が入る。
そこをどけ、と目で訴えていた。
僕もだ。
でも、姉上が神楽ちゃんにごめんなさいね、なんて謝るから。
神楽ちゃんは仕方がないと自分でバナナを取りに行ってしまった。
銀さんは、姉上の背にもたれ掛かったまま。


「そこ」

「はい?」

「そこの縫い目、解れてんだけど」

「あら本当。直しますね」

「頼むわ」


姉上は何も言わない。
僕が目の前にいるのに、それが当然みたいな顔で銀さんを支えている。
姉上の首筋で揺れる天パがくすぐったそうだな。
そんな事を考えていなければ、冷静ではいられなかった。
前に一度、銀さんと付き合っているのかと聞いたことがある。
付き合ってはいないわね。
姉上はそう答えた。
付き合っては、いない。
とても引っかかる言い方だったが、そこは考えないようにした。
だって、付き合っていないのなら銀さんは姉上に手は出せない。
僕に止める権利もある。
銀さんを見る姉上の目が優しいのも、僕は無視だ。
気がつかないフリをすればいい。
姉上の隣にいるのは、まだ僕であってほしいから。
つーか、あんなマダオ認めねーし!
絶対認めねーからな!!


「はい、直りましたよ」

「おう、さんきゅ」

「どういたしまして」


流れる空気が優しい。
でも、知らないフリ。
銀さんが、お前邪魔という目で見てきても、知らないフリだ。


「銀ちゃんのやろう……調子にのってるアル……!」


いつの間にか戻ってきた神楽ちゃんが、バナナをモリモリ食べながら銀さんを睨んでいた。
今現在、姉上と一番距離が近いのは銀さんだろう。
姉上を護れる存在が銀さんだからだ。
どんなに僕と神楽ちゃんが姉上にひっつこうと、その後ろには必ず銀さんがいて、そんな銀さんに姉上は微笑むのだ。
僕らはそんな姉上の笑みをとても愛しく思い、それを向けられる銀さんを羨ましく思う。


「神楽ちゃんはまだいいよ……」


呟くと、神楽ちゃんがちらりと僕を見る。
小さい頃のように甘える弟ではいられない。
誰よりも姉上を護れる存在になるには、まだ力が足りない。
中途半端な僕。
姉上への想いは負けないつもりだが、銀さんも神楽ちゃんも姉上が大好きだから。


「弟が一番近いようで、一番遠いのかもなぁ……」


言葉にしたら、むなしくなった。
鼻の奥がツンと痛んで、誤魔化すように勢いよく立ち上がる。


「あ」

「え?」


神楽ちゃんの短い声が聞こえたかと思えば、僕は畳に顔を打ちつけた。
何が起こったのか。
眼鏡は割れていないだろうか。
顔を上げると、黄色い物体が目に入った。


「ベタアル。さすが新八ネ!」


理解した。
バナナの皮で滑って、顔面を強打したことに。
何だこの仕打ち。


「ブハハハハ!新八、お前!今のすげーこけっぷり!撮っておきゃあ良かったぜ!」

「だからお前は新八ネ!プププーだっせぇ」

「うるせェェ!!だいたい、アンタらが……!」


ふわり、頬に温もりを感じた。


「もう、ふたりとも。笑っちゃダメじゃない。新ちゃん、大丈夫?」


ひさびさに姉上の顔を間近で見た気がする。
包まれた頬が熱い。
肌が綺麗だな、とか、睫毛が長いな、とか。
姉上はやっぱり美人で、弟の僕でも見惚れしまうほど美しいな、とか。
色々なことが頭を巡った。
銀さんと神楽ちゃんがものすごい形相をしていたが、どうでもいい。
今、姉上の目に映っているのは僕だけだ。
それが嬉しかった。


「新ちゃん?大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です姉上……」

「あら、鼻血」

「てめぇ新八ィィィ!!姉弟は結婚できねーんだぞ!!」

「ヤバイアル!新八が開けてはいけないパンドラの箱開けたアル!」

「違うわァァァ!!思いっきり鼻ぶつけたんだよ!!バカだろアンタら!!」


本当は少しドキドキしたけれど。
姉上と姉弟でいられる事が幸せなのだと噛みしめた。


(銀ちゃん。やっぱり新八が一番美味しい思いするアル)
(くそ、弟ってのがこんなに厄介だとは)



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みんな大好きお妙さん!
万事屋→妙の構図は大好物です!
坂田家の日常だといい。
あ、しまった。定春もいれるべきだった……!
定→妙おいしいのに!
お粗末様でした!

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