朝日隠れ


夜の帳に包まれ果てしない闇が広がる中、ふと人の気配を感じた銀時は足を止めた。
しん、と静まり返る世界には銀時以外誰もいない。
だが、確かに感じる。
そして、血のにおい。


「誰だ?」


間違いなく、自分に向けられた殺気だ。
銀時は腰にさした木刀を握る。
だが、その殺気はすぐに薄れた。
次には、小さな声。


「その声は……もしや銀時、か……?」

「……ヅラ……?」


微かに聞こえた知った声。
曇り空で月明かりもない暗闇を、銀時は目を凝らして見つめた。
闇の中、ゆるりと動く人影が見えたかと思うと、その影はズルズルと地に落ちていく。
銀時は慌てて駆け寄った。


「ヅラ!?」

「く……ヅラじゃない、桂だ……。貴様、なぜこんな所にいる……」

「仕事の帰りだ。お前こそ何だ、そのケガ」


桂は全身血まみれだった。
返り血ではない、己のもの。
銀時は桂の強さを知っている。
力はもちろん、無駄な争いを避けるため逃げることがうまいのも。
桂が大ケガするなど考えられなかった。


「真選組か?」

「いや……これは……」


刹那、背後に気配。銀時は木刀を抜いた。
間合いの先に佇むのは困惑の表情を浮かべる女。


「ぎ、銀さん……?」

「お前……鉄子か!?」


銀時は木刀をおろした。
そこにいたのは鉄子だった。
なぜこんな所に。
銀時がそう聞く前に、鉄子は桂を見やり顔を青くさせ駆け寄った。


「おい、大丈夫か……!?早く病院へ……!」

「ぐっ、ま、待て……病院は……まずい……!」


荒い息をしながら、桂は銀時の腕を強く掴んだ。


「そ、それじゃ銀さん、万事屋に……!」

「いいけど、ちょっと遠いぞ……。瀕死のコイツ担いでいくのは……」

「じゃあ、あの家……!あそこなら万事屋より近いだろ……!?」


あの家。
鉄子が何を差しているかはすぐわかった。


「いや、でも……」

「私は先に行って人を呼んでくる!」

「あ、おい!」


銀時の制止も聞かず、鉄子は行ってしまった。
仕方ないと、銀時は桂の腕を自分の肩に回し立ち上がる。


「銀時……あの家、とはどの家だ……ゲホッ」

「新八んちだよ」

「何……!?い、いかん、新八君を巻き込むわけには……ゲホッゴホッ!」


桂は咳とともに血を吐いた。
思った以上に重症かもしれない。
そして、巻き込むという言葉。
銀時は眉を寄せた。


「新八は今日は万事屋に泊まりだ」

「そうか……しかし、お妙殿が……」

「あいつも仕事だろ。この時間は……」


だから鉄子を引き止めた。
行っても誰もいない可能性の方が高い。
しかし、この辺りで行けるとしたら志村邸しかないのも確かだ。
大ケガした手配中の男など、厄介でしかない者を匿ってくれる所なんて。


「すまぬ、銀時……」

「何がだ」

「これは俺の問題だ……お前たちを巻き込む訳にいかない……だが、体が動かなくてな……」

「今さら何言ってやがる」


急がなければという気持ちと、どんどん桂が重くなっていくことへの焦り。
それでも銀時はゆっくりと歩を進めた。


「銀さん!」


遠くで鉄子が手を振っていた。
ぱたぱたとこちらに走ってくると桂を支える。


「鉄子殿……俺は大丈夫だから……すぐ離れた方がいい……」

「こんな状態の人を放って置けるわけがない……。それに、私にも責任があるんだ……!」


鉄子は苦虫をかみ潰したような表情をした。
どうやら、鉄子があの場にいたのは偶然ではないようだ。
銀時は桂と鉄子を一瞥すると、再び前を向いた。
志村邸はすぐそこ。


「おい、アイツ留守じゃなかったのか?」


銀時は鉄子に問う。
が、答えを聞く前に玄関の戸が開いた。


「銀さん!応急処置の用意はできてます!」


急いで用意をしたのだろう。
息を切らした妙が出迎えた。


****


「一応これで大丈夫だと思います……」


妙は額の汗を拭った。
着物と手には血がべっとりとついている。


「桂さん、意識はありますか?」

「ああ……すまぬな、お妙殿……」

「いいえ」


妙はにこりと微笑んだ。
その様子を邪魔にならない場所で眺めていた銀時は、桂の側まで来ると静かに座った。
妙の横で手伝っていた鉄子が微かに震えている。


「何があった?」

「これは俺の問題だ……」

「そいつァさっき聞いた」

「私が悪いんだ!」


鉄子が声を張り上げた。
俯く鉄子の目からは涙が零れ落ち、手の甲を濡らす。


「私があいつらに刀を売ったから……!」

「鉄子さん……」


妙が鉄子の肩に触れようと手を伸ばす。
が、血のついたそれに気づきピタリと止めた。


「鉄子殿……気にすることはない……。これは俺が招いたことだ……」

「おいおい、お前らだけで話進めんなよ」


ちゃんと話せ。
銀時は桂と鉄子を見つめる。
桂は一度瞼を閉じると、ゆっくりと目をあけた。


「俺は以前、過激派だった……。だが、今は大事なものができた江戸を壊すことはできない……無論、異を唱えるものもいる……」

「お前の仲間にか」

「あぁ……。最近入った若者が血気盛んでな……。昔の俺に憧れていたらしい……」


桂は顔を歪めた。
過激派だった頃も、穏健派に変わった後も、桂は人を惹きつける何かを持っている。
だが、その思想は真逆だ。
当然相反することもあるだろう。
桂は攘夷浪士たちのブレーキ役になることが多いが、それで全てを抑えられるわけではない。


「どんなに話し合っても……なかなか理解されなくてな……」

「……んな簡単に理解しあえたら、戦争なんざ起きねーよ」


銀時の言葉に、桂はそうだなと苦笑する。


「で、その血気盛んな若者にやられたってか」

「情けない話だ……。俺のやり方が間違ってるなど抜かし、俺に刃を向けたにもかかわらず……俺はヤツを斬れなかった。仲間だと、思っている相手を斬れるわけがない……」

「エリザベスはどーした」

「別行動だ。ヤツは……他の過激派と手を組んだ……いつ江戸に危機が迫るかわからんからな……そっちを任せた」

「そのヤツらに刀を売ったのが私だ」


黙っていた鉄子が口を開いた。
渇いた声だった。
護る剣を打ちたいと思っている鉄子にとって、破壊のためだけに使われるのは我慢ならなかった。
所詮は人斬り包丁。
わかってはいても、胸の痛みはどうしようもない。


「桂一派だと聞いて、何も疑わなかった。そいつの本質を見ようともしなかった。私は……鍛冶屋失格だ……!」

「それでお前、ヅラ捜してあんな所うろついてたのか」

「おかしいと思って桂さんを捜していたんだ……。あの辺りで小競り合いがあったと聞いて……そうしたら本当に……」


鉄子はさらに拳を握りしめる。
重苦しい雰囲気の中、妙が言葉を放った。


「まだ解決してないんでしょう?また桂さんを狙って来るんじゃないかしら?大事なのはこれからよ。桂さんも、鉄子さんも……。ここにいれば安全だから、今は体を休めて。銀さんも、お風呂入ってください」

「お前らが先入れよ。お前らだって血がすごいぞ」

「そう?なら鉄子さん、入ってきてください。私は手を洗って着替えれば大丈夫ですから」

「でも……」

「いいから、入ってください」


妙は鉄子の背を押し部屋を出ると、襖を閉めた。
足音が遠ざかる。
銀時はほうと息を吐いた。
体の力が一気に抜けるようだった。


「すごいな、お妙殿は……」

「ああ……」


桂の呟きに銀時は頷いた。
関係のない妙を巻き込むのは気が引けたが、この場にいてくれて助かったと思った。
桂の応急処置も、鉄子のことも。


「ヅラ……テメーはどうすんだ」

「けじめはつける」


桂はそれだけ言うと、静かに目を閉じる。
寝息はすぐに聞こえてきた。
張り詰めていたものが、スッと消えた。


****


「銀さん」


名前を呼ばれ、銀時は顔を上げた。
部屋に入ってくる鉄子と視線を交えると、ゆっくりと立ち上がる。


「平気か?」

「ああ……だいぶ落ち着いた。その、すまなかった……銀さんまで巻き込んで……」

「んなこたァいーんだよ。お妙も言ってたが、これからどうするかだろ。何とかしてヤツら見つけねーとな。刀はどうする?」

「できれば回収したい。だが、折ってもらっても構わない……」

「そうか……」


銀時はふと辺りを見回した。


「お妙は?」

「洗濯している。血の量がすごいから……」

「ああ……」

「あの娘、強いんだな……。私もあんな風にドンと構えられるようになりたい」

「おいおい、アイツを見習ってたらお前までゴリラになるぞ」


ニヤリと笑うと、きょとんと目を瞬かせた鉄子も吹き出すように笑った。


「ヅラのこと頼むわ」


ひらりと手を振り、銀時はそのまま後ろ手で襖を閉めた。
軋む廊下を進みながら、風呂場へと向かう。
ざわざわと風が木の葉を揺らす音と、降り出した雨の音が聞こえ、銀時の眉間に力が入る。
ここにいれば安全、と言った妙を思い浮かべた。
だが、妙も本当にここが安全だとは思っていないだろう。
何せ、桂の血が点々とこの家に続いているのだ。
いつ襲われるかわからない。
雨が洗い流してくれればいいのだが。
銀時は血のついた着物を脱ぐと、木刀をすぐ取れる場所に置き頭からお湯を被った。



ーーーー
続きます。
新訳紅桜篇を観て思いついた話。
本当は銀+妙でカップリング要素は低めにしたいのですが、銀妙の信頼関係も書きたいのでそれっぽい表現有りで銀妙表記にしました。
鉄子書くの初めて……だったかな……楽しかった……!
ちょっとツライ感じにさせてますが……!

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