甘い時間午後三時


あら、珍しい。
小さく呟いた妙は、持っていた紙袋をテーブルに置いた。
音を立てないようソファに腰を下ろすと、キョロキョロと辺りを見回す。
いつも忙しなく動いている弟も、元気で明るい表情を見せる少女もいない。
タイミングが悪かったと小さく息を吐いた。
顔を正面に戻すと、向かいで銀時がコクリと頭を揺らしている。
珍しい、とは銀時の今の姿だ。
今までも、ソファで眠っているところは何度も見てきたが、いつもはゴロンと横になってだらしなく寝ている。
こんな風に座ったままなのは珍しいと思った。


「居眠りには違いないのに……」


銀時は少しだけ疲れたような顔をしていた。
きっと仕事から帰ってきたばかりなのだろう。
それだけなのに、何故こうもいつもと雰囲気が違って見えるのか。
僅かに寄せられた眉間の皺のせいだろうか。


「普段からこうなら、もう少しカッコよく見えるのに勿体ない人」


あまり認めたくはないが、真面目な顔をしている銀時は案外好みだったりする。
普段がちゃらんぽらんだからか、ギャップもあるかもしれない。
妙はくすりと笑うと、自身が持ってきた紙袋に目を向けた。
中身はすまいるの客から貰った少し値段が高めのチョコレートだ。
喜ぶと思って万事屋に来たのに。
小さく呟いた妙は、ふとカレンダーに視線を移した。
今日の日付の所に、太い字で「15:00」と書かれている。
仕事の時間かと思ったが、その下に結野アナと書かれているため、結野アナがテレビに出る時間なのだろう。
わざわざカレンダーに書くくらいだ。特別番組かもしれない。
時計を見れば、カレンダーに書かれた時刻から丁度十分前。
もう少し寝かせておきたい気持ちと、起こしてくれなかった事への文句を聞かされる気持ち。
後者の方が何倍も嫌で面倒だと、妙は立ち上がり銀時に近づいた。


「銀さん、起きてください」


銀時の肩を軽く揺すると、小さく身動ぐ。
起きて、と妙は少し声を大きくしたが、彼の瞼は開かない。
近くで見るとやっぱりちょっとカッコイイかも、なんて頭の隅で思いながら妙は銀時の名を呼び続けた。


「銀さん、起きて。ぎん━━」


****


まず最初に違和感。
こんなものなかったはずだと、寝起きの頭で記憶を辿る。
仕事から疲れて帰って来て、少しだけとソファに座り目を閉じた。
横になればきっと熟睡してしまう。
けれど、それでは結野アナが出演する番組を観逃してしまうだろう。
だから、疲れを取る程度に軽い眠りにつこうと思った。
うつらうつらする中で、人の気配を感じた。
新八か神楽だろう。
そう思うと、眠気が一気に濃くなった。
この日を楽しみにしていた事を知っている彼らなら、きっと時間になれば起こしてくれる。
そこから意識は沈んだり浮いたりを繰り返し、結野アナのこともぼんやりした思考の中に溶け込んでしまった。
今寝ている時間帯も、寝ている場所がソファなのか布団なのかも分からない。
深い眠りの淵に立った時、誰かの声が聞こえた。
新八、朝っぱらからうるさい。
そんないつものクセで、眠りにしがみつこうと枕を抱き寄せた。
その瞬間、ハッと覚醒し違和感を覚えた。
こんなものなかった。ソファにはないものだ。
こんなもの━━枕なんて。
やたら柔らかいものを抱き締めているが、枕ではない。
なら何だ。
見覚えのあるピンク色と、ほんのり甘い香り。


「…………!」


戦慄した。
銀さん、と自分を呼んでいた声は新八ではなく、その姉の妙だ。
枕と間違え抱き寄せてしまったのがよりにもよって妙とは。
なぜここにいる。
その答えはテーブルにある紙袋で一目瞭然。
彼女の香りに混ざる甘さはチョコレートだ。
差し入れに持ってきてくれたのだと瞬時に分かったのに、なぜ抱き寄せたのが枕ではなく妙だとすぐに分からなかったのか。
おかげで身動きが取れない。
寝ぼけていた。
それで済む話なのだから、妙が一発殴ってそれで終わり。
のはずだ。
けれど覚悟している鉄拳は一向にこない。
なぜ、と妙に気づかれないよう視線を動かす。
見えたのは、赤く色づいた耳と首。
突然のことに思考を止めてしまったのだろう彼女もまた、身動きができないでいた。
タイミングを逃してしまった。


「…………」

「…………」


お互いに、何もできずにいる。
ここで実は銀時は起きていたと妙が知れば、殺されるのは間違いない。
今起きた事にしてしまうか。
だが、どうやってそのフリをすればいいのか分からない。
頼む、早く殴ってくれ。
そう願うも、痛みが襲ってくることはなかった。
ただ時間だけが流れていく。
時計はとっくに午後三時を回っていた。



ーーーー
銀(→)(←)妙くらいのつもりで。
お粗末様でした!

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