色彩世界


※ヒル誕(現時点では公式プロフィール未公開)



世界はモノクロだった。
延々と続く荒野を当てもなく行くだけの無意味な世界。
意味など不要。
現実ではない世界に意味など要らない。


「…………」


チュンチュン、と雀の囀りが聞こえた。
今日の始まりを告げるその鳴き声は、身体を起こすと同時に羽ばたく音に変わる。


「起きたか、ヒルダ」

「…………」

「何朝から不機嫌そうな顔してんだよ」

「寝起きに貴様の顔など見れば嫌にもなる」

「ならオレの部屋で寝んじゃねーよ……」


少し前に就寝時は男鹿の部屋を使うことになった。
美咲が夫婦だからと無理やり布団を運んだのだ。
今はベッドの横に布団を敷いて寝ている。
怪我をした時や、記憶喪失になった時に男鹿のベッドで寝ていたせいか、あまり抵抗はなかった。
男鹿もヒルダも。
二人を除く男鹿家の人々はやっとかと喜んだが。
もちろんベル坊もだ。


「オイ、さっさと用意しろよ。置いてくぞ」

「今日は気分が悪い」

「え、お前休むのか……?」


ぴくり、ヒルダの眉が僅かに跳ねる。


「何だ貴様……嬉しそうだな」

「え、いや別に嬉しいわけじゃ……」

「やはり行くことにする。着替えるから出ていけ」


男鹿を部屋から追い出し、ドアに背を預けた。
何となく気分が優れない。
夢のせいだろうか。
昔から見る無意味な夢。
ここ最近、その夢に変化が現れた。
所々に浮かぶ何か。
最初は分からなかったそれは、夢をみるごとに形くっきりしていった。
鮮明には思い出せないが、写真のように誰かの時を切り取ったものだ。
だだっ広い世界に浮かぶ誰かの時間は、モノクロには眩しすぎるほど色づいていた。
夢の中では見えていたのに。目が醒めると忘れてしまうのはなぜか。
最も、無意味だと思っている夢の世界など覚えていなくて当然ではあるが。
フッと口元をゆるめる。
考え事を遮るように下の階からベル坊の声が聞こえてくると、ヒルダは慌てて服を脱いだ。


****


「オーッス」

「よう、男鹿」


廊下を歩いていると、教室の前の窓辺に寄りかかる神崎と目が合った。


「おはよー。男鹿ちゃん一家のご登校は目立つね、やっぱり」

「今日はいつもより早いな」


神崎と話していた夏目と城山が、男鹿とヒルダに挨拶をする。
普段と変わらない様子だが、何か違和感を覚えた。
ヒルダは何だろうかと考えるも、


「ダブ!」


なぜかキメポーズをとるベル坊の姿を見るのに頭がいっぱいで、違和感も忘れてしまった。


「オイ男鹿……」


神崎が男鹿の肩に腕を回し前へと進む。
その様子を黙って見ていると、その視界を阻むかのように夏目が立った。
顔を覗き込まれ、ヒルダの眉間に皺が寄る。


「もしかして具合悪い?」

「なぜだ」

「何となく。あまり顔色よくないからさ」

「保健室行った方がいいんじゃないか?」


何だろうか。
夏目と城山の気遣いに、刻んでいた眉間の皺がとれる。
不思議な感覚がするのは、あまり話したことのない者との日常会話のせいか。
毒気を抜かれたかのような気分に、ふと口元がゆるむ。
何でもないと言い残し、教室のドアを開けた。


「あら、おはよう。ヒルダさん」

「邦枝か」


真っ先に声をかけてきた葵は、ヒルダとは対照的に機嫌が良かった。
何かいいことがあったのだろうか。
ニコニコと笑っている。
ヒルダはサッと教室内を見回した。


「やけに人が多いな」

「そう?まあ、そうね……今日は出席率よさそうで何よりだわ。いいことね」


葵は頷いた。
まさかそんなことで彼女の機嫌が良いわけではないだろうが、ヒルダも頷いておいた。
今日はいつもより早めの登校だったというのに、不良ばかりのこのクラスに朝早くから生徒がいるのは珍しい。
だが、さして気になるわけではなく、ヒルダは自分の席に腰をおろした。
瞬間、感じた違和感。
先ほどと同じ違和感だ。
何かと振り向く。


「おはようございまーす!あ、ヒルダさん!今日は早いんスね!」


古市の登場に、違和感は掻き消えてしまった。
ヒルダはため息をつく。
やはり休めば良かっただろうか。
体調が悪いわけではないのに、気分は優れない。
夢見が悪いだけ。そう自分に言い聞かせているとチャイムが鳴った。

その後も違和感は続いた。
教室内では常にある違和感だが、辺りを見るとフッと消える。
消えるのは、顔が逸らされた時。
違和感の正体は視線だった。
それもかなり特殊なものに思う。
視線を感じることはよくあるが、今日のはいつもとだいぶ違う。
どこかへ。
そんな気分にさせるものだった。


「ヒルダ?どこ行くんだよ」

「ちょっと風に当たってくる」

「ウ……?」

「何でもありませんよ、坊っちゃま」


心配そうなベル坊に微笑みかけ、ヒルダは教室のドアを後ろ手で閉める。
ガタガタと騒がしくなった教室から足早に遠ざかった。
向かうのは屋上。


「逃げるみたいで癪だな……」


実際逃げたも同然。
クラスの雰囲気も妙だか、男鹿の様子もだいぶおしかった。
朝もそうだったが、今もそわそわしていた。
風に当たってくると言った時、一瞬見えた嬉しそうな顔。
一体何だというのか。
一人残されたような気分にどこか悔しさを覚える。屋上の扉を開けると、風が頬を撫でた。


「……このまま帰るか」


フェンスの向こうを見つめながら、ヒルダは呟いた。
ベル坊に仕えるため。王宮からの命令のため。
ヒルダが学校に通うのは、すべてベル坊のために繋がる。
しかし、今では親としての自覚をもつ男鹿がほとんどの事をこなせる。
気分が優れないまま学校にいる必要はない。
むしろ主君に心配をかけるだけだ。


「帰られるのですか」

「ああ」


突如現れたアランドロンに驚くこともなく、ヒルダは頷いた。
歩く手間が省けると、振り返る。


「……何だその顔は」


アランドロンは何ともいえない表情をしていた。
何かを気にしているような、そわそわしたもの。
男鹿と同じような雰囲気を出していた。
ヒルダはますます不機嫌そうに眉を寄せる。


「貴様、何を企んでる?」

「い、いえ、何も……」

「私に嘘をつくのか?」

「いえ!ただ……」

「ただ?」


アランドロンは言いよどむ。


「……男鹿に何か口止めされているな」

「……!」


ビクリ、アランドロンの肩が揺れる。
やはりかと、ヒルダはため息をついた。
なぜこんなに苛々しなければいけないのか。
仲間外れにされたような、そんな気分に。
馬鹿馬鹿しいと思うのに、心は晴れなかった。


「気になるか?」


アランドロンから彼のものではない声。
ホッと安心したような顔をするアランドロンを睨むと、大きな体が二つに割れた。
ゆっくり現れた男鹿が不敵に笑う。


「迎えにきた」

「……何……?」

「だから、迎えにきたんだって。お前を。なあ、ベル坊?」

「ダッ!」


ベル坊が嬉しそうに親指を立てる。
だいぶ上機嫌のようで、このままダンスでも踊り出しそうだ。
男鹿はポカンとするヒルダの側まで来ると、スッと手を差し出した。
ヒルダはその手と男鹿を交互に見る。
訝しく思っていると、男鹿は痺れを切らしたのかヒルダの手を掴んだ。


「お、おい……!」

「主役がいねーと意味がないだろーが」

「主役……?意味……?貴様、何を……」

「いいから」


無理やり引っ張られた。
男鹿の楽しげな表情と、ベル坊のキラキラした笑顔。
ヒルダは目を見張った。
次の瞬間、景色はガラリと変わる。
アランドロンは教室の前の廊下へと繋がっていた。


「来たか」

「よう、姫川。どうだ?」

「待ちきれないって様子だな。オレは興味ないが……付き合ってやったんだから感謝しろよ、オガヨメ」

「なに……?」


なぜ私が。
アランドロンや男鹿の態度に困惑していたらしい。らしくないヒルダがおかしかったのか、姫川はフと口角を上げる。
閉められた教室のドアの前から姫川が退くと、その場所に立たされた。


「ダブ!」

「坊っちゃま……?」


ドアを開けてとベル坊は言う。
男鹿はヒルダを掴んでいた手を離し、その手でポンと背中を押した。
導かれるように、ヒルダは手をかけた━━。


「誕生日おめでとう!!」


パン!といくつもの音とともに放たれた言葉。
宙を舞う色とりどりの紙。
ヒルダはきょとんと目を丸くさせた。


「ヒルヒル、早く真ん中に来るっスよ!」

「ほら、何やってんだよ」


由加と涼子に腕を引かれ、ヒルダの足は前へと進む。
そのたびに感じる視線は、あの違和感と同じもの。


「お〜う、どいたどいた〜」


教室の後ろから東条の声が人の間を縫って聞こえた。
ガラガラとワゴンを引き現れた東条は満面の笑みを浮かべている。
そのワゴンの上には巨大なケーキ。そしてろうそく。
説明などなくてもわかった。


「ろうそくの火、消して」


千秋がワクワクと頬を上気させ言う。
ヒルダは無言のまま、フーと息を吹きかけた。


「ヒルダさんお誕生日おめでとう!」


火が消えると同時にあちこちから言葉が放たれ、クラッカーの音が響く。
誕生日。ヒルダは心の中で何度も繰り返した。
自分が忘れていたものを、他人が一番嬉しそうに祝う。
笑顔の中心にいることが不思議だった。


「ヒルダさん」


肩を叩かれ振り向くと、葵が遠慮がちに笑っていた。


「迷惑だったかしら?」

「……いや……不思議だと思っただけだ」

「不思議?」

「邦枝……貴様が考えたのか?」

「あ、オレですヒルダさん!」


ふふんとカッコつけながら、古市がヒルダの前に来る。
ペラペラと愛の言葉を囁くが、ヒルダは睨むことも笑うこともしない。
古市はコホンと咳払いの後、苦笑いしながら人差し指を立てた。


「アランドロンからヒルダさんの誕生日が近いって聞いて、密かに準備してたんですよ。魔界でどうかはわからないっスけど、人間界では誕生日は特別な日なんで。クラスのみんなにも声をかけたら、案外ノってくれて」


そういう事だったのか。
男鹿の態度もクラスの雰囲気も、すべてヒルダのため。
暇なのかと皮肉るも、ヒルダの胸には灯る想いで満たされていた。


「機嫌は直ったか」

「……たわけ。貴様らしくない」

「ベル坊がやりたがったんだ。仕方ねーだろ」

「アーイ!」


面倒だと言わんばかりの男鹿の態度。
だが、どこか楽しげにも見えるのは気のせいではないだろう。
ヒルダはほんの少し表情をゆるめた。
夢に出てくる誰かの時間。
それはまさに今の光景だった。
騒いだり、怒ったり、ケンカしたり、笑ったり。
石矢魔の皆と過ごすこの時間を切り取った、色のついた世界。
いつの間にか当たり前になっていた。この場所にヒルダ自身がいることが。
無意味だと思っていた夢の世界。
だが、実際にこの世界で起きていることを無意味とは思いたくなかった。


「ヒルダ」

「む?」

「誕生日プレゼントだとよ。選んだのは女子だ」

「アイ!ダブ!」


ベル坊から渡された小さな箱。
開けると、シンプルで可愛らしい小花のピアスが煌めいていた。


「ヒルダさんがどんな物が好きかわからなくて……男鹿はあまり当てにならなかったし」

「悪かったな、役立たずでよ」

「きっとヒルヒルに似合うと思うっス!」


ヒルダはじっとピアスを見つめた。
こんな風にプレゼントされた事などほとんどない。
お洒落をすることもないヒルダにとって、シンプルなピアスですら輝かしいものに見えた。


「おーい!誰か余興やれや!」

「え〜、神崎さんがやればいいじゃないっスか」

「あぁ!?今言ったの誰だコラァ!!オレに髭ダンスやれってのか!?」

「誰もそんな事言ってないですって!」

「つか何で髭ダンス?」


結局いつもの石矢魔で、ケンカは絶えない。
男子は取っ組み合いを始め、それを女子が注意しながらケーキを切り分ける。
特別なようで、特別ではないいつもの光景。


「姫川先輩、カメラは?」

「ほらよ……。ったく、最新なんだから壊すなよ」

「よーし、記念撮影っス!男鹿っち、旦那なんだからもっとヒルヒルに寄るっス!」


わらわらとカメラの前に集まってきた石矢魔の面々に、ヒルダはサッと目を走らせた。
何の疑いもなく接してくる彼らは、ヒルダにとってどんな存在なのか。


「ダー!!」


またひとつ、無意味だったモノクロ世界に色がつく。
ヒルダはレンズを見つめ、柔らかく微笑んだ。



−−−−
ヒルダの誕生日お祝いしたいけど、中々プロフィールが出ないのでやきもきして書いちゃいました。
男鹿ヒル風味ではありますが、男鹿ヒルではないと声を大にして言いたい。
あくまで家族愛、そして仲間愛のつもりです!
この空間がヒルダにとっても大事な場所だといいなと思いました。
お付き合いくださり、ありがとうございました!

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