いつものように


ぽかぽかと陽気がいい日は、眠くなってしまうもの。
ヒルダはぼんやり空を見上げた。
飛行機雲が一筋。
思わずあくびが出て、涙を指で拭った。


「まったく、あの男は……」


怒りたかったのに、あまりにのどかで呆れたような声音になってしまった。
ブランコに座っていたヒルダは、そのまま後ろに数歩さがり足を宙に浮かせた。
前に後ろに揺れ動くブランコ。
いつもは子どもたちで賑わうこの公園も、今は誰もいない。
ヒルダが漕ぐブランコの音だけが寂しげに響いていた。
本来ならスーパーに行って買い物をしなければならないのだが、ヒルダは公園で暇を持て余している。
男鹿辰巳の命令のせいで。

『公園で待機してろ』

そう命令されたのは、一時間ほど前。
学校まで行ったのが悪かったと、眉を寄せる。
だが、ベル坊のミルクは届けなければならない。
何も学校にまで着いていかなくても、というのが本音だ。
なぜ、あんなにも懐いてしまわれたのか。
ズキン、と痛む心をそっと押さえた。


「必要とされないなら……」


ポツリ、呟く。
いつの間にか飛行機雲は消えていた。
きっと明日も晴れるだろう。
この心が晴れることはあるだろうか。
ヒルダは僅かに顔を歪めた。


「お、いたいた」


聞こえた声。
ヒルダはスッと立ち上がり、身体を声の主に向けた。


「お疲れ様です。辰巳様」

「おう」


男鹿辰巳は機嫌がよさそうだった。
ヒルダは訝しそうに男鹿の顔を見つめる。


「おい」

「?」


急に男鹿の顔が険しくなった。
何だろうかと、首を少しだけ傾ける。
男鹿の背にくっついていたベル坊が、不安げにヒルダの瞳を見ているのに気がつきハッとした。


「どうされました辰巳様?」

「お前……」

「はい」


にっこりと、ヒルダはいつものように綺麗な笑みを浮かべている。
何もないのだというように。
大丈夫だ。気づかれてはいない。
ヒヤリとする胸のうちを悟られないよう、笑顔は崩さなかった。
緊張感はしばらく続いたが、やがて男鹿が目を逸らした。


「……ついてこい」

「はい」


くるりと背を向けた男鹿の後ろを歩きながら、ヒルダはゆっくり息を吐き出した。
探るような男鹿の目。
もう少しで、こちらが先に逸らしてしまうところだった。
そうなれば誤魔化せなかったかもしれない。
ホッと安堵していると、小さな頭がこちらを向いた。
心配してくれている。
胸が温かなものに満ちた。

大丈夫ですよ、坊っちゃま。

口だけ動かし、ベル坊に優しく微笑みかける。
ベル坊はまだ不安そうにしていたが、こくりと頷いた。


「どこに行かれるのですか?」

「……お前さ、何で敬語使ってんの?」

「あなた様はもう一人の主ですから」

「嫌そうにしてたじゃん。オレに何かと突っかかってきたり」

「辰巳様の命令でございますよ」

「あー……そうだったな」


この男は何を言っているのか。
馬鹿な男とはわかっていたが、ここまでわけのわからない奴だとは思わなかった。
おかげでペースを乱される日々。
だが、もう大丈夫だろう。
男鹿辰巳という人間が段々とわかってきた。
ただ従順に、彼のいうことを聞いていればいい。
坊っちゃまが振り向いてくれる限り。

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