それはきっと運命の糸


時々、足を止めることがある。
声をかけられたわけでも、何かを見つけたわけでもない。
ただ何となく。
何となく足を止めて、ふと辺りを見回してみた時、何となく、何となく理解するのだ。
それは偶然。
けれど、よくできた偶然だ。


「ウ?」

「ほら、あそこ」


急に立ち止まったことを不思議に思ったのか、背中の赤ん坊が首をひねる。
あそこだ、と指を差せば、その目はキラリと輝き嬉しそうに笑う。
歩道橋の上、見下ろすのは金髪の美女。
男鹿辰巳はその様子を眺めることにした。


「買い物みてーだな」

「アイ」


マイバックを提げ、八百屋の前でじっとにらめっこしている。相手はジャガイモ。
まさかコロッケを作るつもりじゃないだろうな。
それは何としても阻止せねばと冷や汗を流していると、店の奥から店主とその妻が出てきた。
もう顔見知りになっているようで、楽しげに談笑している。


「ヒルダのやつ……仲がいい人間いたんだな」

「ダウ?」


普段家族にしか見せないような笑顔。
悪魔だから当然かもしれないが、常識を知らない彼女だ。
近寄りがたいオーラを出していることもあり、男鹿同様に一般人からは敬遠されがちになっている。
ヒルダが他の誰かと楽しそうにしている所を初めて見た男鹿は、ふとこぼすような笑みを浮かべた。
男鹿家だけでなく、この世界に馴染んでいることは素直に嬉しく思う。
しかも、なかなか庶民的な付き合い。
詳しくは知らないが、ヒルダはそれなりの家柄のようで気品がある。
それでも今の彼女はどこにでもいる普通の人。
もしかしたら、本質はここにあるのではと思ってしまう。


「そうなら……オレでも少しは釣り合うか……?」


ニヤニヤしたベル坊の視線を感じ、男鹿はゆるんだ口を結んだ。
何言ってんだ、オレ━━。
釣り合うも何もと首を振る。


「ダブア〜イ?」

「んだよベル坊……」

「プププ」

「てめ!笑ったな!?」


ちょっと生意気に育ったか。
ピクリ、ピクリとこめかみが震える。
男鹿はため息をつくと、再びヒルダに視線を戻した。


「ヒルダちゃん!これオマケだよ!」

「美人さんにはこれもオマケ!旦那においしいもん作ってやりな!」


そんな声が聞こえてきた。
どうやらここでも夫婦だと思われてるらしい。
男鹿自身あまり夫婦を否定していないが、ヒルダも同じ。
周りから何だかんだ言われるだけで、別段困ることはない。
だから放っているが、ヒルダもそんな感じなのだろう。
今更それにどうこうはない。
ただ、いいも悪いもないというのは、複雑な気分にもさせる。


「ここで声かけたらまた面倒なことになるか……」

「ムー……」


ヒルダが帰るまで待つか。
そう漏らせば、ベル坊がつまらなそうに唸る。
男鹿を父親、ヒルダを母親としているベル坊にとっては、夫婦扱いされてくれた方が嬉しいのだろう。


「ムー……」

「お前……本当にちょっと反抗的じゃね?」

「ダブダ」

「…………」


いや、反抗的なのはヒルダに関することだけか。
ヒルダが自覚しているかわからないが、ベル坊はヒルダが大好きだ。
自分に尽くし、愛してくれるのだから当然である。
少し羨ましいと思う。
大好きだ、と表現できるのは。


「って、さっきからオレは……アホかっての」


ガシガシと髪を掻き回す。


「何かごちゃごちゃ考える方が面倒だ。ヒルダにお菓子でも買ってもらうか」


何となく、というのは向こうも同じ。
声をかけたわけでも、騒いだわけでもない。
何より彼女はこちらに背を向けていた。
ゆっくりと振り返ったヒルダは、迷うことなく顔をこちらに向けた。
気配や視線を感じたからかもしれない。
だが、直感的に思った。
ヒルダがこちらを見たのは何となくだと。
彼女からしてみれば、振り返った先で偶然男鹿とベル坊を見つけただけ。
男鹿も偶然ヒルダを見つけただけなのだ。


「知ってるか、ベル坊」

「アイ?」

「こういうの、何かで繋がってるから起きる偶然なんだぜ」

「アー……?」

「その何かが何なのかは、わからねーけどな」


男鹿は歩道橋の階段を一気に駆け降りた。
ただじっとこちらを見つめ、待っている彼女のもとへ。



ーーーー
男鹿→(←)ヒル。
時々、可愛くて気恥ずかしい偶然って起こったりしますよね。
それが続くとちょっと運命感じるというか。
友達同士でも恋の相手でも家族でも、フフっと笑ってしまうささやかなあの感じ。
素敵だなぁと思ってできた今回のお話でした。
お粗末さまでした!

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