エノコログサ
つい悪口ばかり言ってしまうそれは、パンと目に飛び込んでくるようだった。
人通りも多いというのに。
自分が目敏いだけだろうか。まさか。
知り合いならば、皆嫌でも見つけてしまうはずだ。自分だけではない。きっと。
「今、とっても怪しい人になってますよ」
「あ? って、何だよ。お前か」
「あ? 何だその態度はコルァ。こんな所で美女に会えるだなんて今日はラッキーとか言えないの?」
「こんな所でゴリラに会うなんて不可思議……ででででっ! すんません! 嬉しいです! パチンコで大当たりした時くらい嬉しいですお妙さん!」
「もう、冗談は天パだけにしてくださいな」
「俺だって冗談だと思いたいわ」
ふわふわと風に揺れる銀色の髪。
せっかく綺麗な色をしているのに、くるくるのせいで見た目は悪く見える。
ただでさえ目立つ色。
それに天パも加わったら、目立ちたがりを通り越してちょっと浮いた人だ。
だから、自分が目敏く見つけてしまうなんて事はない。
「何、人のことジロジロ見て」
「あなたのストパー想像したら、今にも吐きそうだなって」
「それどういう意味!? ストレートになったら、かっこよすぎて吐き気って意味か!」
「いえ。気持ちが悪くてです」
「おーい。そんなに俺を陥れたいのか。いつもいつも天パ馬鹿にしやがってよォ。天然パーマに悪いやつはいないって名言知らねーの?」
「聞いたこともありませんよ、そんな戯言」
「お前さっきからひどくね?」
ふわふわ、くるくる。
どうしても目がいってしまうそれ。
「銀さん」
「んー?」
大通りにある、ちょっとした路地。
明るいこちらとは違い、建物の影で薄暗い。
銀時はしゃがみこんで、じっとそこを見つめている。
彼を見つけた時もそうだった。
一体何があるのだろう。
妙も路地に視線を向けるが、何も見つけられない。
「ここ、覗いてみ」
「え?」
ちょいちょいと銀時は手招く。
訝るようにかがんでみると、きらり、ふたつ何かが光った。
「あら……猫……?」
ポリバケツとポリバケツの間。
真っ白の毛の猫が、じっとこちらを睨んでいた。
妙は銀時に視線を移す。
「朝からこいつと追いかけっこしててな」
「まあ。もう夕方ですよ? ずいぶん長い追いかけっこですね」
「俺もくたくただし、こいつも疲れたんだろ。さっきから動こうとしないんだよな」
「……出てくるの待ってるの?」
「まあな……。そんなに飼い主んとこに戻りたくねーのかね。まあ、わかるぞ。あんな見るからにセレブってるやつって好かねーよな、うんうん」
銀時はひとり頷く。
呆れたようにため息をつく妙は、ふと思い出したように買い物袋を広げた。
首を傾げる銀時を横目に、取り出したのは大きな猫じゃらし。
ふるふる、小さく振り始めると、猫はぴくりと反応を見せる。
追いかけっこに疲れてるとはいえ、やはり本能で動いてしまうらしい。
「それどーしたの」
「買ったんです。定春くんと遊べるかと思って」
「お前、そんなもんでアイツと渡り合えるわけねーだろ。いや、ゴリラだから大丈ぶげっ!」
いつもいつも余計な一言ばかり。
だいたい、こんな可愛い年頃の女の子に向かってゴリラとはどういうことなのか。
「あ」
「あら」
突然飛び出してきた猫。
ぴょんと妙の膝に乗ると、ゴロゴロニャーと甘えた声を出しながら擦り寄ってきた。
真っ白な毛。日の光に当たると、キラキラと輝いて見える。
汚れて手触りは多少ごわごわしているが、元はふわふわだったのが窺えた。
妙はくすりと笑う。
「んだよ……俺なんか他の猫に構わずお前だけを口説いてたってのに」
「ふふふ、フラれちゃいましたね」
猫を抱き立ち上がると、それより早く立ち上がっていた銀時が妙の買い物袋を持った。
言われる前にされると、奇妙な感じがした。
銀時だから、だろうか。
ちゃらんぽらんだが、人への気遣いはできるほうだ。
ただ、うまくそれを表せない不器用な人だから、やっぱりちゃらんぽらんの印象の方が強い。
「何なのお姉さん。人の顔見て笑うって」
「ふふ。面白い顔だと思って」
「あんだと。煌めいた時の銀さんのかっこよさ半端ねーんだぞコラ」
確かにそうね。
と、言ってあげたいけれど。
残念ながらそんな素直ではないと自覚している。
だからせめて、可愛くない言葉が出ないよう黙った。
「お妙?」
「……好きなものを悪く言ってしまうことって、ありますよね」
「は? なに、お前俺の顔が好みなの?」
「いえ、全然。普段から煌めいてるならまだしも、そんな死んだ魚のような目をしたマダオな顔が好みなわけありません。目と眉を近づければそこそこなのに、勿体無い人」
「……あれ。お前結構俺の顔好きじゃね?」
ふぅ、とため息。
呆れたように歩き出せば、銀時はその後をついてくる。
腕の中の猫は眠ってしまったようだ。
「そのクルクルの話です」
「クルクル? 髪、か?」
「ええ。つい目が行くんですよね。目立つからだって、それにムカついてたんですけど……何故かしら。嫌いなようで、本当はわりと好きなんです。猫みたいにふわふわしてて、気持ち良さそうだなって」
「…………」
口にしてみたら、心が晴れたようにスッキリした。
本当に、案外あの天パ好きだったのか。
「だから、街の中でも見つけちゃうのかしらね」
「……それさ……」
「はい?」
振り返れば、銀時は何とも言えない表情をしていた。
妙が首を傾げると、困ったようにそのふわふわの髪を掻く。
「変な銀さん」
ふと笑い、再び歩き出す――。
だが、くいと髪の毛を引かれ足が進むことはなかった。
高い位置でまとめられているポニーテールが、がっしり掴まれている。
「ちょっと、銀さん……」
「同じだよ」
「え?」
「お前のコレ、歩くたびに揺れるから気になってしょーがねェ」
サラリ、妙の髪を銀時の指が通る。
羨ましいという呟きは、さらさら流れるストレートに対してか。
妙は眉根を寄せた。
銀時の雰囲気は、先ほどとはまるで違う。
何が違うかはわからないが、踏み入れてはいけない気がした。
今は、まだ。
「……銀さんは……猫っぽいから」
「……は?」
「私のポニーは猫じゃらしじゃないですよ、銀さん」
銀さん、と。
じっと目を見れば、銀時はゆるく微笑んだ。
次にはいつもの銀時で、妙はホッと小さく息を吐く。
「ったく……自覚があるのかないのか」
「はい?」
「何でもねーよ。ほら、さっさと帰るぞ。その猫の依頼料も早く貰わねーと」
今度は銀時が先を歩く。
ふわふわと揺れる銀色の髪。
「どーした?」
「いえ……何でもありません」
ちゃらんぽらんのくせに。
生きてきた年数の違いだろうか。
悔しいから、気づいてなんかやらない。
妙は猫を抱え直し、銀時の背を追った。
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銀→(←)妙。
このままでいたいお妙さんと、長期戦覚悟な銀さん。
文章までふっわふわしちゃって、訳がわからない感じに……!
お粗末さまでした!