偽りと事実
包みを開け蓋を取ると、豪華なおかずが並んでいた。
「……あのさ、これ高校生の弁当じゃないよね。世界三大珍味とか普通に入ってんだけど。つか、何この金ぴかの」
「……コロッケだな」
「金色のコロッケなんて聞いたことねーよ! 黄金色に揚げたってか、金塊そのものみたいなんだけど!」
「これは嫌がらせだろうな……」
見た目堅そうなそれを、男鹿はゆっくり咀嚼する。
味はそれなりなのが腹立つ、と文句を言いながら。
「お前が金持ちの仲間入り、ねぇ……。似合わねー」
「うるせ。オレだって未だに実感ねーっつの。金の使い方とかわかんねーし。んまい棒何本買えるんだろうな、金持ちって」
「んまい棒基準なことに安心するよオレは」
変わらぬ友人の姿に、古市はホッと安堵したように笑った。
平均的な収入の親を持ち、平均的な生活を送ってきた男鹿の環境の変化。
だが、中身まで変わることはなかった。
男鹿は男鹿。
古市はちらりと視線を横に向けた。
「ベル坊、よく眠ってるな」
「ああ」
「ベル坊拾ってなつかれて、実は金持ちの坊っちゃまで……」
ベル坊が男鹿から離れない。
そんなあり得ない理由から、男鹿はベル坊を育てることになってしまった。
そして、とんでもない事がもうひとつ。
「あの金髪巨乳のゴスロリちゃんとはどうなの?」
「あ? ヒルダか?」
「まさか、毎晩主従プレイとか……」
「お前、引くわ。まじで引くわ」
「あ、ちょっと。まじな顔しないで。ドン引きやめて」
蔑むような男鹿に、古市は男鹿の腕を掴む。
当然、キモイと一発殴られた。
男鹿は一気に弁当を口の中に放り、ヨーグルッチをズズッと吸った。
「たつみ様」
「ブッ!?」
「うおっ! 汚ねっ!!」
噴き出したヨーグルッチが古市にかかる。
「おっ、なん……!」
「何を言っている」
「何でお前がここにいんだよ!」
「はっ! ヒルダさん!?」
ざわり、クラスが揺れた。
仁王立ちで男鹿の横に立つヒルダを皆が凝視している。
ベル坊は男鹿の親戚の子だという事にしたが、ヒルダの説明までしているわけがない。
ヒルダはにこりと笑った。
「坊っちゃまのミルク、お忘れでございます」
笑顔で口調も柔らかだが、背後に般若が見える。
死ぬ覚悟はできてんだろうな、と言っているようだ。
ベル坊のミルクを忘れたくらいで命の危機か。
男鹿は顔をひきつらせた。
だが、これだけの人数がいればヒルダは男鹿に逆らえない。
全員が証人となってしまうからだ。
ヒルダもおとがめを受けたくはないだろう。
「ヒルダ、肩揉んで」
「なぜ私が」
「ご主人様の命令は絶対……だろ?」
「…………」
ヒルダは眉間に皺を寄せる。
ざわざわと騒がしいクラスを一瞥すると、悔しげに男鹿の後ろに立った。
「最初から素直になっときゃいいんだよ」
絶妙な力加減で肩を揉まれ、男鹿は満足そうに笑った。
「お前……」
「あ? 何だよ古市」
「……いや……」
何か言いたげだった古市は、パンを頬張りながら視線を逸らした。
ヒルダが凄んでいることに男鹿は気づいていない。
これについて触れられたくないのだろう。
ヒルダはふと表情をゆるめ、ちらりとベル坊に目を向けた。
「…………」
よく眠っている。
「心配すんな。ミルクの代わりにヨーグルッチ飲ませたから、腹いっぱいで寝てんだろ」
「……そうか」
あれ? と古市は男鹿とヒルダを交互に見た。
あれだけ怒っていたヒルダが、柔らかな表情をしている。
彼女にとってベル坊は全てなのだとは聞いていた。
「ヒルダさんって……」
「む?」
「あ、いや、何でもないです」
古市は慌てて手を振った。
嫌な顔をしたかと思えば、柔らかな笑み。
ベル坊へ見せるものがヒルダの本当の感情だとしたら、男鹿に対してのこれは、笑顔も、怒りすらも。実はただの仮面なのではないだろうか。
――って、わざわざ怒りなんて作る必要ないよな……。
古市は自分の中に過った何かを打ち消した。
「ヒルダ。弁当足りないから、明日はもう少し多めにな」
「……はい、かしこまりました。たつみ様」
にこり、綺麗に笑うヒルダの顔を、古市はじっと見つめた。