心灼く焔
フォルカスが帰ってからしばらく。
呆然としていると、
「ダブ!」
「ベル坊!?」
ベル坊が声をあげた。
男鹿は慌てて駆け寄る。
ヒルダを覗くと、長い睫毛がふるふると震えていた。
ゆっくりと翡翠が顔を出し、男鹿はごくりと喉を鳴らした。
「ヒルダ……?」
「……坊っちゃま……」
「ダ……!」
ヒルダは微笑んだ。
我慢していたものが溢れるように、ベル坊の目から涙が流れた。
ぐしぐしと擦ってはいるが、涙の量は多い。
「……悪夢だな」
「悪夢? やっぱり、嫌な夢みたのか?」
「あぁ。熱いのは私のはずなのに、炎の中にいるのは坊っちゃまだった。助けたくても体は動かない。身を切られるようだった……」
恐怖するように、ヒルダは身体を震わせた。
ベル坊への想いは、焼かれてはいないらしい。
その事に男鹿は胸を撫で下ろした。
「それだけでも悪夢だというのに」
「……あ?」
「私が動けないなか、貴様はあっさりと坊っちゃまを救ってしまった。腹立たしいことこの上ない」
「…………」
「ウ……?」
ベル坊が首を傾ける。
思ったより元気そうなヒルダに安堵するべきか、ツッコミでも入れるべきか。
だが、確かにそこはヒルダにとって納得いかない部分というのも、分からないでもなかった。
ベル坊のためなら命をなげうつ覚悟がある彼女にとって。
「それがいけねーんだろ……」
「む?」
「お前に何かあったら、ベル坊はどうなる」
「…………」
「ベル坊のためならとか言いながら、誰よりベル坊の傍にいたがる。矛盾してんだろ」
「何が言いたい」
ヒルダが身体を起こす。
ふらついたが、苛立ちのせいで手は貸さなかった。
「ベル坊を守りたいって気持ちも、ベル坊の傍を離れたくないって気持ちも本当なのはわかる。けどよ、ベル坊の気持ちはどうなる?」
ヒルダは息を呑んだ。
微かに揺れた瞳。
男鹿はヒルダの頬に手を添え、ぐいと上を向かせた。
もう、熱も痛みも感じない。
「焔王の騒動で感じたろ。ベル坊がお前をどう思ってるのか。それに戸惑ったのか?」
「……私、は…………」
「ったく、面倒臭ぇな。ベル坊の気持ち、ちゃんと受け止めろ。お前はベル坊の侍女悪魔で、母親がわりだろ」
「アイ!」
原因は、ヒルダの心の迷いだったのだろう。
生き方そのものが変わってしまうかもしれない。
立場と気持ち。
そんなもの、と男鹿は簡単に言えても、ヒルダは違うのだろう。
「……私は仕える身だ。それだけは、忘れてはならぬ」
「お前は……。わかったよ、別に全部考え改めろとは言わねーし。ただ……」
ずい、と顔を寄せる。
鼻先が触れ合うほどの距離。
吐息が感じられ、胸のあたりがモヤモヤした。
「オレは困るからな。お前に勝手や無茶されると。オレはコイツの父親だし、母親はお前以外いないと思ってんだから。オレを父親と認めたなら、お前一人で背負うのは止めろ」
「ダブダ!」
「お、ベル坊。この分からず屋にもっと言ってやれ」
涙を引っ込めたベル坊は、ヒルダにまくし立てるかのように何かを訴えている。
くすり、ヒルダの微笑が振動となって伝った。
頬に添えた手から。
自分でやった行為に驚いて、思わず飛び退いた。
ベル坊が不思議そうに目を瞬かせ、ヒルダはおかしそうに笑う。
誤魔化すような舌打ちが、間抜けに聞こえた。
後日。
すっかりよくなったヒルダから、男鹿宛ての手紙を手渡された。
「フォルカスからだ」
「あぁ……」
君に謝っておくことがある。
そう書かれた封筒を開け、中身を広げると達筆な字でこう書かれていた。
『実は、あの炎はただ夢の中に閉じこめるだけで、隙に入り込むだとか精神を焼くなんて真っ赤なウソだったんだよ。ごめんネ』
「……は……?」
とんでもない事があっさりと書かれている気がして、男鹿は思わず目を擦った。
もう一度読み直したが、最初に目を通した内容と変わらない。
くしゃり、紙に皺が寄る。
「あんの野郎……!」
『あの時、ヒルダ殿が小さく呻いたのは現実に帰ってきたという事。だから大丈夫だと言ったのだ。あ、ヒルダ殿とはよく話し合えたかね。そういう場を作ってあげたのだから、大いに感謝していいよ』
「どうした男鹿。顔がすごいことになっているぞ。坊っちゃまも大喜びだ」
「ウィー!」
「うるせー!」
ビリビリに破った手紙が、風で部屋中に舞った。
『だからって危険な炎には変わりはない。夢の炎に燃やされてしまった悪魔もいるわけだし。ただ、ヒルダ殿には君とベルゼ様がいる。ラブがヒルダ殿の世界を救うんだよ。よかったね(笑)』
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えぇー……書きたかったものからななめ45°くらいにスパーンといったね。
前編から間をあけすぎました。
本当はジャバ編や記憶喪失編絡める予定なんてなかったんですよ。
もっとこう……ムーディーでドラマチックな感じになる予定だったというか……。
甘イチャラブを気持ちが拒否ってしまい、結果スパーンだったね。
ちゃんと描けると思ったが……まあ、これはこれでイイヨネー(棒読み)という事にさせてください……!
残念な出来になった悔しさは、次に頑張るためのなんとやら!
お粗末さまでした!!