淡くみていた夢


明朝から仕事が入って泊まることになったから、着替えを持ってきてほしい。
と新八から電話があり、妙は着替えを包んで家を出た。
どうせなら夕飯は一緒に食べようと誘われ、自然と頬はゆるむ。
そういえば、ウチで食べることの方が多いのか。
滅多にない向こうでの食事は、不思議な感じかもしれない。


「私も得意料理、振る舞おうかしら」


卵は余分にあるだろうか。
くすりと笑う。
足元がいつもより軽やかなことに気づくと、おかしくてまた笑った。


****


「ごめんくださーい」


ガラガラと万事屋の扉を開けると、この家の主の声と、他にもふたつの声が聞こえた。
だが、よく知る声とは違う。


「銀さん?」


顔を覗かせると、まず目に入ったのは綺麗な女の人だった。


「月詠さん? と、晴太くん……だったかしら」

「ん?」

「あ……確か新兄の……」


ソファに座る月詠と晴太。
妙はぱちぱちと目を瞬かせた。
ひょこり、銀時が顔を覗かせる。


「ずいぶん来るの早いな。新八の着替え、ちゃんと持ってきたか? 飯はウチで食うんだったよな。新八と神楽が騒いでた」

「ええ、お邪魔します。それじゃこれ、新ちゃんの着替えね」

「おう」


包みを銀時に渡し、妙は月詠と晴太の向かい側に腰をかけた。
テーブルに広がるノート。
そこに晴太が懸命に文字を走らせている。


「銀さん。新ちゃんと神楽ちゃんは?」

「買い物。お前が来るってんで張り切って行ったよ」

「そうですか……」


騒ぐ様子が思い浮かび、妙は口元を押さえた。
デザートでも買ってくればよかったかもしれない。
だが、きっと新八と神楽が買ってくるだろうと思い直し、妙は小さく声をあげて笑った。


「月詠姐、これなんだけど……」

「それか……ちょっと待ちなんし」


月詠がパラパラと教本をめくる。
テーブルに無造作に置かれたそれは、寺子屋で配布されているものだ。
妙は身を乗り出した。


「そこはね」

「え?」


妙の指が晴太が書いた文字の上をなぞる。
すらすらと出てくる言葉と、懐かしい感覚。
唖然とした眼差しを受けながら、妙は言葉を紡いでいった。
説明を終え顔をあげると、晴太はハッとしたようにノートに目を落とす。


「そっか……! ありがとう、すごくわかりやすかったよ!」

「ふふ、どういたしまして」


もともと賢い子なのだろう。
妙が教えたひとつのことから、応用まで自力で解いてしまった。
月詠がふと笑う。


「教え方がうまいな」

「そんなことないですよ」

「いや、わっちでは晴太の力になれん。見てやってくれないか?」


じっと、月詠は妙の顔を見る。
妙はにこりと笑んだ。


「月詠さんはきっと、晴太君に解りやすくって考えすぎてるだけですよ」

「いや……。そこの天パバカよりはマシじゃろうが、ぬしの方が晴太のためになる。あのバカに勉強を頼ろうとしたのが間違いと早く気づくべきだったと後悔していたが、結果オーライじゃ」

「そうね。銀さんには荷が重いわね」

「おい、何好き勝手言ってんだテメーら」

「オイラはもともと、銀さんより新兄に勉強教えてもらおうと思ってたけど。眼鏡だから勉強できそう」

「あぁ、新八が留守でなければこんな天パには頼らん」

「オイ、銀さんナメんなよ。ガキの問題くらい朝飯前だコラァ」

「ならば銀時。この問題解けるか?」

「…………便所いってくる」


スタスタと行ってしまった銀時。
三人は顔を見合わせて笑った。


「あの……」

「はい?」


晴太はキラキラとした目で妙を見上げる。
視線を落とすと、少し捻った問題で手が止まっていた。
妙は柔らかく目を細め、丁寧に問題の形式を説いていく。
晴太はなるほどと熱心に頷き、その横でも月詠が興味深く頷いていた。


「ぬし、本当に教え方がうまい」

「ありがとうございます。新ちゃんのお勉強見てたりしてたから、慣れてるだけよ」

「でもこんな難しい問題も解けたよ! きっと先生にむいてるんじゃないかな」

「あら」


妙は驚いたように目を丸くさせ、次にはふっと吹き出した。
月詠と晴太は首を傾げる。


「ふふ、ごめんなさい。少し思い出してしまって……」

「何をじゃ?」

「今は道場を復興させるのが夢ですけど……昔は先生もいいかな、なんて思ってたこともあって」


もともと勉強は好きな方だ。
それを教えるのも楽しいと感じる。
新八が問題を解いた時は、自分のことのように嬉しく思ったものだ。
懐かしい感覚は、その時の気持ちまでよみがえらせた。


「晴太君はどうして勉強を?」

「オイラ、母ちゃんには苦労させたくないんだ。そのためには、大人になった時困らないよう学はあった方がいいと思って!」

「まあ、偉いのね。そうね、銀さんみたいな大人になったら大変だわ」

「どーゆー意味だ。俺だって一応授業受けてました!」

「どうせほとんど寝てたんでしょう」

「それよりも、便所から出たら手を洗え銀時。ちゃんと石鹸使ってじゃぞ。ばっちいんだから」

「どこのお母さん!?」


月詠がクナイをちらつかせると、銀時は渋々と手を洗いに洗面所へと向かう。
妙はくすりと笑い、晴太の顔を見た。
照れくさそうに視線を外す晴太の頭を優しく撫でる。


「晴太君は賢いから、お勉強は大丈夫そうね」

「ありがとう。また、勉強教えてほしいな……いいだろ?」

「ええ。私でよければ」

「すまぬな。わっちからも礼を言う。さ、帰るぞ晴太」

「あら。もう少しいたらいいじゃないですか。夕飯ご一緒しましょう?」

「いや、しかし……」


立ち上がった月詠を制し、妙は戻ってきた銀時に目を向けた。


「別に俺は構わねーけど……ただでさえお前がいるから取り分減るんだよな……」

「何情けないこと言ってるんですか。心配しなくても、私がたくさん卵焼き作りますから」

「月詠さんも晴太くんも是非食べてってェェェ! 俺が今日の調理担当だから! 多く作るから! お妙、お前は休んでろ!」

「いえ、大丈夫……」

「俺も大丈夫だから! お前はいてくれればいいから! それだけで新八も神楽も喜ぶからァァァ!!」

「そうですか?」


全身から噴き出す汗を拭い、銀時はふうと安堵の息を吐いた。
一体何だと怪訝そうな晴太に肩を回し、こっそりと何かを耳打ちする。
段々と顔が青ざめていく晴太に気づかない妙は、楽しみですねと月詠と笑いあった。



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お妙さん先生とか似合うだろうなー。と、ずっと昔に妄想したことがあって、形にしてみた。
ツッキーの口調わからなくて今まで全然出せなかったけど、いつかは書きたいと思っていた妙+月!
カップリングじゃないお話楽しい!
新八と神楽も出したかったけど、収拾つかない気がして断念……!
お付き合いくださりありがとうございました!

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