高飛車メイド来る
その日やってきたメイドは、メイドらしからぬ高飛車な女だった。
「今日からお世話になります。ヒルデガルダと申します」
深々と丁寧に頭をさげるのは、この家に住み込みで働く事になったメイド。
ヒルデガルダと名乗った人物が頭を上げると、皆一同に目をぱちくりさせた。
おずおずと、父が問いかける。
「えっと……ヒルデガルダさん」
「ヒルダとお呼びください」
「あ、そう? それじゃあ、ヒルダさん。その、失礼ですが……おいくつですかな……?」
「年齢でございますか? 今年で16になります」
「じゅ……!?」
「オレと同じかよ」
と、思わず口に出してしまった。
父と母と姉、三人は驚きでコソコソと話を始めている。
そりゃそうだろう。
メイドがやってくると聞いて、想像したのは家政婦。
家政婦といえば、噂話が好きそうなオバサンというイメージがある。
例えイメージと違っても、まさか10代の娘がやってくるとは思わないだろう。
まさか本当に、家政婦ではなくメイドがくるなんて。
「何かとご迷惑おかけすると思いますが、一生懸命働かせていただきます」
「えっと……よ、よろしくお願いします。こら辰巳! お前も頭を下げんか!」
父に頭を掴まれ、無理矢理頭を下げられる。
おかげで額を床に打ちつけた。
ソファの上で寝息をたてている赤ん坊が、ひどく恨めしげに思えた。
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「おい、貴様。いつまで寝ている」
カーテンが開けられ、直射日光が顔に当たった。
眩しさで飛び起きると、ふんぞり返った女が迷惑そうに見下ろしている。
当然、イラッとした。
「てめぇ、ご主人様に向かって偉そうなんじゃねーの?」
「たわけ。私の主はここにおられるベルゼ坊っちゃまだ。貴様などドブ男がいいところだ」
「お前はベル坊とこの家と、オレに仕えてんだろーが!」
オレ、を強調する。
本当にムカつく女だ。
テレビでやっているような「お帰りなさいませご主人様」と、きょるんとした態度など全くない。
いや、ツンデレのデレというならば発動はしている。
彼女の腕の中で眠る赤ん坊、ベル坊に対してだけ。
「ウ……?」
「あら、お目覚めですか坊っちゃま」
「アイ……」
あくびをしながら目を擦るベル坊は、辺りをキョロキョロと見渡した。
ばちん、と目が合うと、すぐに小さな手が伸びてくる。
「ダブッ!」
「……ったく……」
抱っことせがまれ、仕方なくベル坊を抱き上げる。
この時、いつもヒルダは面白くなさそうに顔を歪めるのだが、それが気分がよかった。
ザマーミロ、と。
「こいつがオレになついたんだから、仕方ないだろ? だから、大人しくオレのためにせっせと働け」
「……調子に乗るなよ貴様……!」
「おいおい、いいのか? そーんな口きいて。三ヵ条、言ってみな」
「くっ……!」
ヒルダは悔しそうに唇を噛みしめる。
「……一、ベルゼ坊っちゃまに絶対の忠誠を誓うこと。二、この家のメイドとして生活すること。三…………」
「三?」
「……ちっ、……男鹿辰巳を主同然とすること」
「舌打ちが気になったが……まあいい。わかりゃいいんだよ」
睨んでくるヒルダの目を軽くかわすように。
服にしがみついてくるベル坊をわざと見せつけながら、にやりと笑った。
「何か言うことあるよな?」
「…………」
ヒルダはさらに忌々しげな表情をする。
チッ、と舌打ちしたかと思えば、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた。
「おはようございます。朝食の準備は整っております。たつみ様」
その笑顔と言葉に、満足げに口角をつりあげた。