contrast


買い物の帰り。
少し遠回りになってしまうが、気になる事もありいつもと違う道に入った。


「まさかこんなにも色を変えるとはな」


遠目でくすんだ色を確認したが、近づいてみて驚いた。
この短期間でこのようになるとは。


「魔界のものはわけが分からないとヤツは言っていたが……人間界も不思議ばかりではないか」


土手沿いに続いていた桜の木。
ついこの間まで満開に咲いていたのに、今ではそのほとんどが散ってしまっている。
まだ残っている淡いピンクは、生き生きとした葉の緑に埋もれていた。
時期にあの花も散るだろう。


「坊っちゃまも喜ばれておったのにな……」


じっと見つめていると、小鳥が数話枝に止まった。
チチチ、と鳴いたかと思うと、小鳥はすぐにまた羽ばたいてしまった。


「…………」


あの美しい景色が見れるのは、一年後。


「来年も、か……」


また来年見に来るか。
男鹿は当たり前のようにそう言った。
嬉しいと、素直にそう思った。
一年前に出会った時は、こんな感情を持つなど想像できなかったというのに。


「お前、何やってんだよ?」

「…………貴様こそ何をしている?」

「お前の帰りが遅いから、迎えに行けって家追い出されたんだよ」

「ダブ」


面倒臭そうに、男鹿はあくびをした。
どうやら昼寝の最中に叩き起こされたらしい。
髪の毛が変な方向を向いていた。


「……よくここにいると分かったな」

「……勘ってやつだ」

「ダ」


ベル坊が桜の木へと手を伸ばした。
ひらひらと舞う花びらを掴もうとしているようだ。
けれど花びらは、そんなベル坊の手をかわし地へと落ちていく。


「これ、葉桜っていうんだぜ」

「葉桜?」

「あぁ。葉がつくために花が散るって思えばいいんじゃね?」

「ほう……。確かにこの前見に来た時も葉がついてはいたが……」


形成逆転だな、と呟くと、なぜか男鹿はおかしそうに口元を緩めた。


「そういや、一年前はベル坊とヒルダがいきなり来たからな。あの頃は一緒に桜なんか見に来る仲じゃなかったんだよな」

「うむ。私もこのような存在、気にも止めなかった」


出会って一年。
何も変わっていないような、劇的に変わったような妙な感じがした。


「葉桜……。貴様からそんな風流な言葉を聞けるとは思わなかったな」

「別に……。特に興味はなくても自然と覚える事ってあるだろ」


男鹿はどこか居心地悪そうに顔を背けた。


「ダーッ!」

「ん?」

「まあ、坊っちゃま……!」


ベル坊がえっへんと胸を張った。
その小さな手に握られている、桜の花びら。
どうやら掴めたらしい。


「さすが坊っちゃま! 素敵です!」

「アイ!」

「……お前も変わんねーよな」


喜ぶベル坊と誉め称えるヒルダ、そして呆れる男鹿。
ふと、ヒルダの腕に提げられた袋が気になった男鹿は、訝しげに首を傾げた。


「おいヒルダ。それは?」

「む? これか?」

「おう。それ頼まれたもんじゃねーよな」

「ダブ?」


がさがさとヒルダが袋から取り出したそれを見たベル坊は、自分の手のひらにあるものと見比べた。


「ジャムか?」

「うむ。商店街の八百屋のおばさんに貰ったものだ。桜の味だそうだ」

「ふーん」

「味見させてもらったが、独特な味でまさに和という感じだったぞ」

「和? 醤油みたいな感じか?」

「貴様、桜が醤油の味をすると思っていたのか?」

「……………………」

「……………………」


男鹿とヒルダは見つめあう。
二人の微妙な空気と沈黙に、ベル坊は首を傾げた。
そちらに気を取られたからか、その手から桜の花びらがひらりと落ちる。


「……冗談だよ。だいたい、桜餅とか食ったことあるし」

「ウ?」

「坊っちゃま。あまり深く考えてはいけません。バカが移ります」


そんなやり取りをする三人の間を、突風が抜けていった。
木々が揺れ、花びらだけが落ちていく。


「……帰るか」

「うむ」

「ダッ!」


身体を反転させ、男鹿は気だるそうにあくびをした。
ヒルダはそんな男鹿の背を見つめ、ふと視線を桜の木に戻す。
綺麗に咲き誇っていた時期はあまりに短く、もっと見ておけば良かったと内心残念に思った。
まだ粘っているかのように、枝にくっついていた桜の花が風に堪えきれずハラリと落ちた。


「…………」

「また来年、見にくればいいだろ」

「……来年か……」

「アイ!」

「ふふ。坊っちゃまは余程桜が気に入ったのですね」


また来年。


「ダッ!」

「ん?」


ベル坊がきゃっきゃとはしゃいだ。
コンクリートを染めるほどの。


「花びらの絨毯ですね、坊っちゃま」

「アイ……!」

「ふーん」

「何だ」

「悪魔でもそんなロマンチックな事言うんだなって思ってよ」

「フン、魔界にいけばもっと凄いのが見られるぞ。こんな淡い色ではなく、禍々しい血の……」

「さあ帰るぞベル坊ー」

「ダブ」



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