心灼く焔


ほんの僅かな変化でしかなかった。
だから気にも止めなかったし、大丈夫だろうと思っていた。
だから、突然起きた事のように錯覚してしまった。


「ヒルダ!?」


ぐらりと傾いた身体。
男鹿は思わず手を伸ばして受け止めたが、痛みに襲われ放してしまった。
ドサッと音をたて、ヒルダは床に身体を打ち付ける。
痛みの正体は熱。
とても人から出るとは思えないほどの熱は、男鹿の手を焼き尽くすかのようだった。
真っ赤になった手を見つめ、ハッとしたようにヒルダに視線を戻した。
ぐったりとしているヒルダ。
そんな彼女に手を伸ばす、ベル坊。


「まてベル坊!!」


怒鳴り付けるように大声を出した。
ビクリとするベル坊を慌てて抱きかかえ、ヒルダから離す。


「おい、ヒルダ……!」

「……うっ…………」


ヒルダの口から苦し気な声がもれた。
男鹿は眉間に力をこめ、ヒルダの腕を掴む。


「うぐっ……!」


やはり、焼けるように熱かった。
いつだったか、ベル坊が王熱病にかかった時も辺りを熱に変えていたが、それよりも遥かにヒルダの身体は熱かった。
全身が炎に包まれているようで、とても触ってはいられない。
痛みに堪えながら、男鹿は何とかヒルダを自分のベッドに寝かせた。
途端に、煙が上がった。
シーツが焦げ、火が出る寸前だ。


「ちょっと……待てよ……」


どう対処していいのかまったく分からない。
家が火事になっても、おかしくはないのではないだろうか。
だがそれよりも、ヒルダの身がもたない。


「…………!!」


男鹿の全身から汗がふき出た。
とにかく冷やさなければ。


「ヒルダ様!」


突如駆け込んできたアランドロン。
驚く男鹿には目もくれず、アランドロンは身体を割り、中から氷とタオルを取り出した。
手早く氷を巻き、枕と入れ替える。
その際、熱の痛みに顔を歪めていた。
次に取り出した薄い布をヒルダの身体に被せ、アランドロンは大きく息を吐き出した。


「男鹿殿。ヒルダ様の身体を持ち上げますので、下のシーツを取り替えて頂けますか?」

「あ……あぁ……いや、オレが持ち上げるから、アランドロン……頼む」

「……分かりました。この布でくるめば、多少は熱さも和らぎますから」


男鹿は頷く。
ヒルダに被せてあった布は、驚くほど冷たかった。まるで氷だ。
それをヒルダの身体に巻きつけ抱える。
確かに熱が男鹿を焼くことはないが、それでも熱は伝わった。
背中にくっついているベル坊が心配そうにヒルダを見つめる。


「終わりました。さ、ヒルダ様を……」

「あぁ……」


そっとヒルダをベッドに降ろす。
ジュワ……と、嫌な音が響いた。


「…………」

「……今、魔界で新種のウイルスが流行ってましてね」


何も聞いてこない男鹿に、アランドロンは独り言のように呟いた。


「突然変異したそうで、今魔界では大騒ぎです。中には身体が発火し、燃えてしまった者もいるそうです」

「…………治るんだろ?」

「…………」

「魔界には、優秀な医者がいるだろ。テキトーだけど、すげぇんだろ」


アランドロンは静かに目を閉じた。
何かを必死に堪えているように、握った拳が震えている。


「……突然変異したものですから、薬はまだありません。魔界にいる医師たちが総力をあげていますが……今は身体を冷やすしか……」


アランドロンがここに来たという事は、きっとラミアも知っているのだろう。
すぐにでも駆けつけたい衝動を抑え、涙を浮かべながら薬を作っているかもしれない。


「……着替え、させた方がいいんじゃないか」


ヒルダの呼吸は荒く、苦しそうだ。
いつものゴスロリ服では窮屈だろう。


「いえ……魔界のものを使ってますから、このままの方がいいでしょう。人間界のでは燃えてしまうと思います……」

「そうか…………」


男鹿は掠れた声で呟いた。


「私は魔界にいきます。人間には感染しないそうですが、悪魔には危険なものです。坊っちゃまを近づけないようにしてください」

「わかった」

「では。ヒルダ様のこと、お願いいたします」


アランドロンは頭をさげ消えていった。
男鹿は息を吐き出し、荒い呼吸を繰り返すヒルダを見つめた。
魔界に行っていたヒルダが帰ってきた時、様子がおかしいことには気づいていた。
だが、少し疲れただけだと言った彼女の言葉を信じ、気に止める事はしなかった。
その結果がこれだ。
もっと早く気づいていれば。
気づいていれば、どうにか出来たのか?
自問し、男鹿は舌打ちした。


「アウ……」

「近づくな、ベル坊」

「……!」


ヒルダのもとに行こうとしたベル坊に、口調を強めて言う。
ベル坊は目に涙をいっぱいに溜めながら男鹿を睨んだ。
まるで、心配じゃないのかと責めるかのように。
男鹿は静かに腰をおろした。


「いいか、ベル坊。アランドロンが言ってたろ。お前に感染したら大変なんだよ」

「…………」


納得できない、とベル坊はそっぽ向く。
男鹿はベル坊の頭を優しく撫でた。


「お前に移ったなんて知ったら、ヒルダがどれだけ自分を責めるか分からないのか?」

「…………!」

「お前がヒルダを心配なように、オレも心配してるし、お前まで病気にさせるわけにいかないとも思ってる」

「……ダブ……」

「大丈夫だ。ヒルダは絶対よくなる。お前を残してどっかに行ったりしない。オレが必ずヒルダを守る」


ベル坊はじっと男鹿の瞳を見つめた。
こくんと頷き、ゴシゴシと目尻の涙を拭う。


「よし、いい子だ。ヒルダはオレに任せて、お前は今日はお袋の部屋で寝な」

「ダ」

「あぁ、必ずよくなる。オレを信じろ。それと、ヒルダのこともな」

「アイ」


力強く返事をするベル坊に微笑し、男鹿はその小さな拳を自分のと合わせた。



----------
ちょっと長くなりそうなので、前後編にわけます。
定番のネタだし突発的に思いついたものでしたが、わりかししっかり描けそう…………かもしれない。
一応、今脳内にあるこれの続きはシリアスっぽいんだが…………はたして……!(笑)

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -