特別と利害と


見知った背中を見つけた。
声をかけようとして、ピタリと止める。
何となく、元気がないように思えた。


「黄瀬君? どうしたの?」


隣にいた女の子が首を傾げる。
すると、反対からも心配するような声がかけられ、後ろからも大丈夫かという声が重なった。
黄瀬は微笑し、大きく一歩前に出ると、クルリと振り返る。


「ごめんね、また明日」


戸惑う彼女たちが何かを言うよりも早く。
黄瀬は駆け出し、元気のない背中をポンと叩いた。


「奇遇っスね、桃っち」

「きーちゃん?」


桃井は驚いたように目を丸くさせた。
久しぶり、なんて挨拶を交わしていると、ひそひそと声が聞こえてきた。
今別れてきた女の子たちだ。
桃井もそれに気付いたようで、居心地悪そうに眉を寄せている。
だが、それも一瞬だ。
すぐに平然と、ただ真っ直ぐ前を見ている。
中学時代から度々あったことだ。慣れてしまっているのだろう。
それが自分のせいだと黄瀬は理解しているが、その事は見ないようにしている。


「相変わらず、きーちゃんは人気だね」

「オレって罪な男っスよね」

「あはは、自分で言ってる」


桃井はおかしそうに笑った。
ちゃんと笑っているようで、ホッと安堵する。


「私のとこに来ちゃってよかったの?」

「いいんス。桃っちは特別っスから」

「特別……ね……」

「……中学のころ」

「ん?」


桃井が黄瀬を見上げた。
女の子たちのひそひそ声は聞こえなくなったが、視線はまだ感じる。


「ある女の子の落とし物、拾っただけだったんスけど……」


ただ、それだけ。
それがどこかで捻れて、大げさになって、その子は黄瀬ファンに集中砲火を受ける事になってしまったのだ。
あまりに理不尽だったせいで、黄瀬はその子を庇った。
それが余計に話をややこしくしてしまう事になるとは、思ってもいなかった。
それからは、女の子のそういう面は見て見ぬふりをしている。
正直に言ってしまえば、嫌だし面倒だから触れたくない部分なのだ。
だから、誰かを特別扱いはしない。


「でも、桃っちだけは特別なんス」

「きーちゃんって優しいけど、その分残酷よね……」

「否定はしないっス」

「……私も似たようなものかな」


桃井は空を仰いだ。
その瞳はゆらゆらと揺れている。


「きーちゃんと一緒にいると、楽なのよ」


桃井は少し悲しそうに笑った。


「私はテツ君が好きなのに、言い寄ってくるのは変なのばっかり」

「変って……桃っちがモテるってことっスよ」

「私はきーちゃんと違うの。テツ君に好きになってもらいたいのに。だから……きーちゃんと一緒にいると楽なの。カッコイイから、誰も寄ってこないし」


それは、黄瀬も同じだった。
桃井は美人で可愛い。
だから今も。
逃げてきたのだ。
女の子と過ごす時間は楽しいが、時々煩わしくなることもある。
バスケが楽しい最近は特に。


「青峰っちは?」

「青峰君は男子追い払うだけならいいけど……ちょっと違うかな。きーちゃんが私と一緒にいるの、同じ理由でしょ? だからかなって」

「……そうかもしんないっスね」


利害関係というのか。
黄瀬と桃井が並ぶと、目を見張るほどの美男美女カップルだ。
そこに恋愛感情がないからこそ、お互い楽に感じるのだろう。


「でも、桃っちが特別ってのは本当っスよ」

「うん。『桃っち』って、呼んでくれるもんね。私もきーちゃんのことは特別に思ってるよ」


目の前の信号が点滅した。
だが、歩調は変えず一定のまま。
横断歩道の手前でパッと赤に変わった。


「桃っち」

「なに?」

「もし、オレのせいで誰かに責められることがあったら言ってほしいっス。それが例えオレのファンだったとしても、桃っちを傷つけるヤツは許せないスから」

「……ファン減っちゃうよ」

「桃っちのためなら構わないっス」


これは本心だ。
見ないようにしているのは、彼女たちのためであり、自分のためでもある。
だが桃井は仲間だ。
今は高校も違って、試合では敵同士だとしても。
一緒に過ごしてきた日々は大切なもの。
その仲間を傷つけられて平然としていられるわけがない。
ただ利害だけの間柄ではないのだから。


「……ありがと、きーちゃん」


桃井は笑った。
それと同時に信号が青に変わり、再び歩き始める。
横断歩道を渡りきると、黄瀬はピタリと足を止めた。


「きーちゃん?」

「桃っち、今から誠凛に行かないスか?」

「え?」

「まだ残ってるか分かんないスけど、もしかしたらまだ練習してるかもしれないし」


黄瀬はニッと笑い、戸惑う桃井の腕を掴んだ。
ちょっとだけ強引に。その腕を引いた。


「え……きーちゃん……!?」

「桃っちが何で元気がないかは知らないっス。でも、黒子っちに会えばきっと元気になれるっスよ」

「……! うん……!」


桃井は嬉しそうに頬を染めて笑った。
彼の名前を出しただけでこの表情。
やっぱり黒子っちはすごいっス。
黄瀬は心の中で呟いた。




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黄瀬と桃井。
小説版のこの二人が可愛くて!
純粋な仲間意識の黄桃も、黄→黒←桃が前提の黄桃も良い……!
本当はもっとお互い寄りかかった感じが書きたかったけど、うまくいかなかった……!
お粗末さまでした!

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