明日になったら


※男鹿と葵幼なじみ設定の現パロ
※葵→男鹿→ヒルダ



出会いは、五歳だった彼が家族で神社にお参りに来た日。
歳が近くて、同じように強さを求めていたのが理由で仲良くなった。
それから一緒に成長して、それがいつまでも続けばといいと、そう思っていた。


「お、それうまそうだな。貰うぜ、邦枝」

「あ、こら男鹿! 行儀悪いわよ!」


廊下側の席に座っていた私のお弁当の玉子焼きを、窓から身を乗り出して奪っていく彼。
ヒラヒラと手を振る彼の背を睨む。


「ちょっと男鹿、まだ授業あるでしょ! サボるつもり?」

「ケンカしに行かなきゃいけないんだよ」

「何その理由! おじいちゃんはね、ケンカ三昧な日々のためにあんたを強くしたわけじゃないのよ!」

「分かってるよ。売られたから買っただけだ」


去っていく彼に何を言っても無駄だと、長い付き合いで理解はしている。
昔は私の方が強かったんだけどな……。
段々と力の差が出始めて、高校に入ってからは敵わなくなってしまった。


「そう心配しなくても、男鹿が負けるなんてあり得ませんって」

「古市……」

「それじゃ邦枝先輩。今度デートしましょうね!」


男鹿のあとを追っていく、もう一人の幼なじみ。
彼とは小学校で友達になった。
男鹿の隣を奪われたような気がして、最初はあまり好かなかったのを覚えている。
今では仲の良い友達だけど、彼は私を先輩と呼ぶようになった。
距離ができてしまったわけではないけれど、何となくよそよそしさは感じた。


「男鹿は……変わらないな……」


昔から何も変わらない。それはとても安心する。
けれど、何の進展も発展もないのはやきもきするところ。
私に魅力がない、とかかな……。
ケンカばかりで女の子に興味がないのは、喜ぶべきか悲しむべきか。
どちらにしても、男鹿と一番近いところにいるのは自分であるのは確かだ。


「デートかぁ……。男鹿と二人っきりで出かけるのは普通にあるし……。意識の問題かな……」


デートしようと誘ったら、彼は何か反応してくれるだろうか。
想像つかなくて、くすりと笑みがこぼれた。


****


「邦枝! 英語教えてくれ!」


ある日、男鹿が唐突に言った。
彼が勉強を教えてくれと頼むなど初めてだ。
しかも英語とは、一体どんな心境の変化なのか。


「どうしたのよ、いきなり……」

「……別に。日常会話程度でいいから教えてくれ」


男鹿は頭をさげた。
何かを隠しているのは明確だが、彼から勉強する姿勢が見られるのは良い事だ。
一緒に勉強というのも嬉しかったりもする。


「しょうがないわね。その代わり、しっかりやるのよ」

「おう!」


男鹿は頷いた。
本当を言うと、五分ともたないと思っていた。
だが、彼は唸りながらも単語を書き写しては発音している。
どうやら真剣に学ぶ気があるようだ。


「そういえば、何で私に頼んだの? 古市も頭いいじゃない」

「あん? 何でって……理由がいるのか?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

「歳がひとつ上な分、古市より英語わかるだろ? それに、教え方もうまいと思って」

「……そ、そう……」


頬が熱を帯びる。
彼に頼られるのは悪くない。むしろ嬉しい。
こうして頼られたり、力仕事なんかは任せたり。
それはとても、いい関係と言えるのではないだろうか。


「あの、男鹿……」

「ん?」

「こ、今度……その、デー……ト、とか……行かない……?」

「なに? どこって?」

「〜〜〜っ、やっぱり何でもない!」


意識しすぎた。
やっぱり、今までの関係から外れた事は勇気がいる。
こんなふうに二人で勉強できるのなら、特別な事は必要ないかもしれない。今は、まだ。

だけど、その考えは甘かったとすぐに思い知らされた。



「は? 英語はもういい?」

「あぁ……必要なかった……」

「昨日あんな頑張ってたのにどうして……」


今日になっていきなり何を言い出すのか。
いや、そもそも彼が勉強する事の方がおかしいのだが、それにしては急すぎる。
男鹿は魂が抜けてしまったかのように、ちゃぶ台に突っ伏した。
高校生なのにだとか、赤ん坊がどうだとか、訳の分からない事を呟きながら。


「ちょっと、男鹿……」

「……これ、昨日の礼だ」

「え? あ、ありがとう……」


渡されたのは駅前にある評判のケーキ。
食べたいと言っていたのを覚えていてくれたのだろうか。


「なぁ、邦枝……」

「な、何?」

「……赤ん坊って、どうやったらできるんだ?」

「……は? はあぁぁぁぁぁ!?」


何を言い出すのか分からない。
それが彼だが、今回ばかりは驚きで思考が止まるレベルだ。
ここは高校生にもなって知らない訳がないと、冷静に言うべき?
彼に限って変な気を起こしたなどありえないのだから。


「ん……まてよ……そうだ! 光太だ!」

「へ!? こ、光太……?」

「光太とお前、結構歳が離れてるけど姉弟だもんな!」

「そ、そう……ね……?」

「よし。きっとそうに違いない!」


抜け殻のようになって珍しく落ち込んでいた男鹿は、無理やり頷いて納得したらしい。
若干空元気のようだが、そのまま彼は帰っていった。

勉強したり落ち込んだり。
次の日には、やたらと機嫌がよかった。



「何かいい事でもあったの?」

「ん……? あぁ、まあ、な……」

「そう。昨日はケーキありがとう。美味しかったわ」

「そっか」


男鹿はゆるく笑った。
胸がきゅんと痛む。


「昨日は変だったから、気になってたのよ」

「んー」

「光太がどうとか、姉弟がどうとか言ってたけど……」

「そうだったらいいなって」

「は?」

「姉弟じゃなかったけど、まあ、想像したのと違ってよかったっつーか……」

「意味わかんないんだけど……」


会話にならないこういう時、彼は話すのを望んでないという事。
気になる内容ではあるが、いくら幼なじみでも踏み込んではいけない事もある。
だから、適当に相槌打って流した。

もしこの時、無遠慮に踏み込んでいたら何か変わっていただろうか。



「あれ、男鹿は?」

「あ、邦枝先輩……!」


古市がヤバイというように、顔をひきつらせた。
何かを隠している目。


「なに?」

「いや〜……その……男鹿は……」

「また喧嘩?」

「そ、そう! そうなんですよ、困ったやつですよね本当!」

「嘘ね」


笑い繕う古市の顔が強張る。
最近の男鹿といい、古市といい。
何で私に隠し事をするの?
仲の良い友達と思っていたのは、一方的ではないと、自信を持って言えるはずなのに。


「あ、あの……邦枝先輩……?」

「私に知られたらマズイ事かしら?」

「……えっと……男鹿はどういう気かわかりませんが、オレは先輩を思っての事でして……」

「私を? どういう事?」


古市は困ったように目を逸らした。
口を開けては閉じ、開けては結んでしまうを繰り返す。
やがて、決心がついたのか古市は真っ直ぐに私の目を見つめ口を開いた。
その瞬間、これは知らない方がいい事だと、直感的に思った。


「実は男鹿のやつ、今ある人たちと一緒にいるんです」

「ある人たち……?」

「人たちっていうか……まあ、見てもらった方が早いですけど……どうします?」

「どこにいるの?」

「駅近くのスーパーに行くって言ってましたから、まだそこにいると思います……」


行きたくない。という気持ちとは逆に、足はそのスーパーへと向かう。
嫌な感じが胸を渦巻いて気持ちが悪い。
後ろを歩く古市に話しかけたくても、何も言葉は出てこなかった。
彼もずっと俯き、一言も発しようとしない。
らしくないのは、私か、古市か。


「あ……」


見えてきたスーパー。
自動ドアが開き、中からビニール袋を提げた男鹿が出てきた。
その肩に、見たことない赤ん坊を連れて。
そして男鹿に寄り添うかのように、赤ん坊に笑いかける誰か。


「誰あの人……?」


きらきら光る金髪を結い上げた、綺麗な人。
彼女が着ているのは、ここらでは有名なお嬢様学校の制服。
なぜそんな人と一緒にいるのか。
何より、なぜ男鹿はあんな表情をしているのだろう。
一見変わらないように見えるが、楽しそうな、嬉しそうな、そんな表情をしていた。


「この間、男鹿に喧嘩売った奴らがヒルダさんに絡んでて……そこを男鹿が助けたんです」

「……へぇ……ヒルダさん、っていうの」

「ベル坊……男鹿が肩車してる赤ん坊が男鹿を気に入ったらしくて……それで遊んであげてるみたいですよ……」

「そう……。いいわよ、気をつかわなくて」


振り返れば、古市は申し訳なさそうな顔をしていた。
彼がそんな顔をする必要などないのに。
再び視線をスーパーに向ければ、見慣れた背中がどんどん遠ざかっていた。
不思議と、哀しい気持ちにはならなかった。
まだ現実味がないからかもしれない。


「男鹿があんな表情するなんて知らなかったわ」

「邦枝先輩……」

「英語って、彼女のためだったのね」

「え、えぇ……日本語話せたみたいで……」

「ふふ。現金ね」


笑えるか分からなかったが、笑えた。と思う。
哀しくはないのだから、笑えるはずだ。
なのに、涙が頬を伝った。
哀しくなんかないのに。
それはきっと、夢であれと現実を拒んでいるせいだろう。


「明日になったら……」


彼から彼女の話を聞いたら、きっと哀しくなって淋しくて、もっと泣いてしまうかもしれない。
彼が夢を見させてくれる事など、ないのだから。



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書いてて胸が重苦しい……!
小ネタで書いた男鹿葵幼なじみ設定が意外にも好評だったようで……。長編アンケ二位と驚きです!
次に男鹿視点からの話になります!続くよ!

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