剣戟の末


ずっと。
なんて、不確かな言葉は言えない。
それでも願う心は誤魔化せないし、思うたびに苦しくなる。


「お前、オレのことどう思ってるわけ?」


真っ直ぐに見てくる瞳から逸らしても、心が逸らせなければ意味がない。


「どう、とは?」

「そのままの意味だ」

「……聞いてどうする」

「オレ、お前が好きっつったよな? なら、お前も言うべきだろ」

「……っ」


見たくなくて目を閉じても、瞼の裏に浮かんで仕方がない奴の顔。
どうにか消してしまいたい。消えないでほしい。
心の奥の奥で葛藤する。


「ヒルダ」

「……私の気持ちは知っているだろう」

「知ってる。でもお前の口から直接聞いてない」

「言う必要はない。貴様がわかっているのだからな」

「何で。オレが聞きたいって言ってんじゃん。……オレはヒルダが好きだ。お前は?」


好きだと何度も繰り返された。
何度も。
言われるたびに心は嬉しさで締めつけられ、苦しさで傷つく。
もうボロボロだ。
それでも好きだと奴は言う。
嬉しさと苦しさが一緒になって襲われては、対処のしようがない。


「おい、ヒルダ」

「……言えん。私は……それを言っては……! 頼むから、もう聞くな」

「イヤだね」

「な……! 頼むと言っているだろう!」

「頼みを言えなんて言ってねぇ。お前の気持ちを聞いたんだ」


バカだアホだと罵ってきたが、ほとほと呆れた。
どうして好きだと言う相手を苦しめるのだろうか。


「……私は侍女悪魔だ。坊っちゃまのために存在する……。私が気持ちを言ってしまったら、私は何のために生きて、何のために坊っちゃまに仕えているか分からんではないか!」

「何でだよ? お前がベル坊に仕えてるのと、オレへの気持ち。何も支障はねーじゃんか」

「バカもの! 私が口にしてしまった瞬間、私の中で坊っちゃまの存在を蔑ろにしてしまうことになる! それでも……気持ちがあるのは仕方がないだろう! 私だって心がある!」


苦しさで心がどうにかなりそうだ。
私も好きだと、そう言えたらどれだけ楽だろう。


「オレはお前が好きだ。ずっと一緒にいたいと思ってる」

「ずっと、なんてない。貴様は坊っちゃまの親だが、本当の親子ではない。いつか離れるのだぞ」

「んなこたぁ、わかってんだよ。でも、そういう事じゃないだろ」

「なら……どういう事だ……。私の気持ちは確かなものだ。それでなぜ満足してくれない」


手を重ねあった。抱きしめあった。キスも交わした。
気持ちは十分伝わっているはずだ。
ただ、言葉がないだけ。


「オレはお前を心配してんだよ」

「心配だと?」

「お前が辛そうな顔するからだろーが。好きって、もっと幸せなもんだろ?」


まるで刃だ。
心が斬りつけられたように痛む。
それなのに。


「なぜ……貴様がそんな顔をする……」


奴こそが心を傷めているかのように。


「お前が気持ち押し殺すからだろ。オレだって傷つくんだぜ?」

「………………」

「まあ、お前を傷つけてんのはオレだけどよ。でも、そんぐらいしなきゃ、お前は弱ってくれない」

「弱ったところを狙うと? ずいぶん悪魔らしいやり方だな」

「皮肉んなよ。オレだって傷ついてボロボロだぜ?」


想い合う男女が剣を握り互いを傷つけるなど、どこの悲劇だ。
だが、最初にそれを振りかざしたのは紛れもなく自分自身。
手を重ね存在を確かめるのも、抱きしめ温もりを求めるのも、キスで愛し合うのも。
確かな形になっているのに、形に留まらない言葉の方が、それ以上に確かに思えた。


「お前さ……何が怖いわけ?」

「怖い……?」

「好きって言うのが、そんなに怖いか?」

「……怖い……そうか……これは恐怖だったのか……」


ただあの方の為だけに。
そう生きてきた。
その心を守るために、剣を握る自分を壁にした。
奴は、男鹿は、それを壊すために今まで戦ってきたのかもしれない。


「バカものだな……貴様は……」

「バカはお前だ。お前が早く剣捨てれば問題ねーんだよ」

「……それはできない」

「は……? お前、この期に及んで……」

「私が剣を握るのは、私自身と坊っちゃまを守るためだ。例えそれで私が傷つこうが、私自身を守るために捨てることはできない」


何を置いても、譲れないもの。


「だが、剣を振るう相手は貴様ではないのだな……。貴様を想う一方で、踏み込まれたくないがために私は……」

「バカだな。お前、本当にバカ」

「何だと? 確かにバカなことを考えたかもしれんが……」

「元々、オレはお前と一緒に剣を握るはずだろ。対峙するんじゃねー。お前の横で、一緒に並ぶのがオレの場所だ」

「……!」


伸ばされた手。
簡単に触れ合えてしまった。
その手を握り、気持ちをこめる。


「男鹿……」

「ん?」

「好き、だ……。貴様の強さも、私に触れてくれる手も、坊っちゃまを見つめる時の表情も……戦ってくれた貴様の心も好きだ。ずっと……ずっと一緒に、並んで行きたい……」


ずっと、なんて。
きっと不確かで、言葉にしたら余計に苦しくなる。
そう思っていたけれど。
なぜか心は軽くなった気がした。


「そうか……。お前は剣を捨てないんだろ?」

「あぁ。それは譲れない」

「なら、それで切り開け。守るだけじゃなく。心配すんな、オレも一緒に握ってやるから」

「……その時は……私より坊っちゃまを守るのだぞ」

「お前な……。ったく、わかってるよ。ベル坊もヒルダもオレが守る。剣なんかなくても、拳があれば十分だしな」


そう不敵に笑うところも好きだと。
素直に思えてしまったのは、きっと剣戟の末。


「すまなかったな……」

「謝んなよ。それに、激しい戦いをした男女の絆ってのも強そうだろ?」

「……ふふ、貴様が言うと変な感じだな……。男鹿……私は貴様が好きだ」

「おぅ。オレもヒルダが好きだぜ」


ただあの方の為だけに。
この男となら、私の心そのままで。
共に並び歩んでいける気がした。
ずっと、と思えるほどに。



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心理描写むずかし。
そこに重点おこうとしたら失敗だし意味ぷんだね。
男鹿ヒル夫婦が痴話喧嘩でバトるギャグ考える→本気で殺りあったらどうなるんだろ……→そうなったらヒルダは何を思うんだろ……!→葛藤、剣戟
という流れでうまれた今回の話。
お付き合いくださり、ありがとうございました!

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