空へ逃避行
「あ〜暇だな〜」
「ダーブー……」
男鹿親子がソファでぐーたらしていると、スッと目の前に腕組みしたヒルダが立った。
「おい、クソニート。坊っちゃまに悪影響だ。もっとシャキっとしろ」
「なら他の親を探せ。オレはシャキっとするほど暇じゃねぇんだよ」
「何を意味のわからん事を言っている。というか、今しがた暇だとほざいたろう」
知らねーなぁ、と男鹿は面倒そうに手をひらひらと振った。
ヒルダが顔をしかめる。
今にも愛用の傘から剣を引き抜きそうだ……という時に、空気を読んだわけではないだろうが、姉の美咲が提案した。
「家族水入らず、散歩でもしてきたら?」
美咲の案に、ベル坊がキラキラと目を輝かせた。
連れてけ、と男鹿の服を引っ張る。
「ほら、ベル坊も行きたいって。ヒルダちゃんと三人で行ってきなさい」
何で散歩なんか、と思うよりも前に。
男鹿の脳裏にある囁き声が入った事を思い出した。
それは、美咲の命令で渋々ヒルダの買い物に付き合った時だ。
『ちょっと見て、あの夫婦。まだ高校生くらいじゃない?』
その一声から始まり、やーね最近の若い子はだの、できちゃった婚だの、あーだこーだと言いたい放題。
わざと聞こえるように話してるのか、丸聞こえだ。
『でも、買い物付き合ったり、赤ちゃん背負ったり、いい旦那さんなのかしらね。赤ちゃん裸だけど』
の言葉から、何故か褒める方向に話が向かっていった。
結局、奥様方の中ではいい夫婦という結論になったらしい。
街を歩くと、度々声をかけられる事もあるし。
それがどうにもムズムズするのだ。
だから、あまり外を出歩きたくないわけで。
「……で、オレはやっぱり姉貴に逆らえない、と……」
自分で言って情けなかった。
近所の奥様方に何て言われているのか、ヒルダは知らないのだろう。
それが恨めしかった。
「ふむ。たまには散歩もいいな……」
「オレは嫌だ。帰りたい」
「……仕方ない」
ヒルダはため息をつくと、アクババを呼び寄せた。
「空なら、誰も見ないだろう?」
ヒルダがニヤリと笑う。
まさか、と男鹿の額から冷や汗が流れた。
「知ってたな……てめぇ……」
「ふ……あのような言葉に惑わされるとは、器が小さいのではないか?」
「そういう問題か……?」
段々と高度を上げるアクババから、男鹿は街を見下ろした。
確かに、これなら人の声も視線も気にならない。
「ダーッ!」
キャッキャとはしゃぐベル坊の頭を撫で、男鹿はフと微笑んだ。
(オイ……今飛行機に乗ってたヤツらがすげぇ顔してたぞ……)
(声は聞こえないのだから気にするな)
(そういう問題じゃねーって!)
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