錯覚する未来


凶暴な金髪美人のオガヨメとして、ヒルダが石矢魔で有名になった頃。
意外に純朴な不良たちを騒がせたとある事件があった。



「…………」

「…………」

「…………え、何、これツッコミ待ち?」

「…………」


ツッコミはどう入れていいのかわからないのか、とりあえず古市は男鹿の胸ぐらを掴み揺らした。
コレはどういう事か、と。
うんざりしたような男鹿の隣で、矢張うんざり顔のヒルダが大きなため息をつく。
どよん、と重い空気の中、男鹿の頭にしがみつくベル坊の雄叫びが石矢魔の校舎に反響した。


****


「へぇ……ベル坊がね……」

「ああ……迷惑な話だぜ」


事情を男鹿から聞いた古市は、なるほどと頷いた。
しかし、男鹿の今の状態を見ると心底憎くてたまらない。
いくらベル坊が原因だとしても、なぜ男鹿ばかりがいい思いをするのか。


「仕方なかろう……。坊っちゃまはまだ幼い……。色々なものに興味をもち、憧れ真似するのも当然だ……」

「……ヒルダさん、疲れてます?」

「いくら坊っちゃまの頼みとはいえ、屈辱的だ」


ヒルダのため息は深い。
古市は同情するような思いで、男鹿とヒルダの繋がれた手を見つめた。



「お、男鹿発見〜」

「よぉ、こんな所で一家団らん……って!! おい! 男鹿の野郎ヨメと手つないでんぞ……!」

「ちっ、どうするよ! こんな幸せ家族風景壊せってか……!?」

「いや、殴りにくればいいじゃん。何でてめーらが照れてんの?」


頬を染めて狼狽える不良に、男鹿は鬱憤を晴らすかのように拳を振り上げた。
勿論、繋いだ手を離すことなく。
奇妙な光景だが、男鹿のおかげで順応性のついた古市は冷静に見守っていた。
男鹿はどーでもいいが、ヒルダさんが可哀想でならない!
彼女から男鹿というバカを引き離すには、やはりベル坊の説得だろう。
古市はすでに不良たちを倒し終えていた男鹿に声をかけた。


「男鹿、ってかベル坊。ちょっと」

「あ?」

「ダ?」

「……いいかベル坊。お前の気持ちはわかるよ? 父母がわりの二人が仲良い方がいいもんな。でもな、これじゃオレとヒルダさんは拷問うけてるようなモンだ」

「おい、なんでてめぇとヒルダ? オレは?」


男鹿の問いかけを華麗にスルーし、古市は続けた。


「それにな、男は硬派が一番だ。女子と手を繋いで喜んでるようじゃ男じゃない」

「それお前が言うとまるで説得力ねぇんだけど。つか、喜んでねーし」


男鹿のもっともな言葉のせいで、ベル坊は最早聞く耳もたず。
それどころか、古市に対して哀れみの目を向けている。
墓穴を掘ってしまった古市は、両手両膝をつき項垂れた。


「……坊っちゃまが満足するまではこのままのようだな……」

「……マジか」


沈む空気はさらに増した。

それからというものの、この二人のバカップルぶりは直ぐに学校中の噂となった。
知らぬ者はいない男鹿と、金髪ゴスロリという目立つ格好のヒルダでは、嫌でも視界に入ってくるから当然だろう。
視線自体には慣れてはいるが、それは畏怖といった類いのもの。
ニヤニヤと見てくる好奇な視線は、さすがの男鹿も堪えた。


「ハァ……人生で一番疲れたかもしれねぇ……」

「15年やそこらで何を言っておる……」

「……男鹿もヒルダさんも相当キてるな……」

「ダー!」


依然、元気がいいのはベル坊だけ。
夫婦揃ってため息をついたところで、本日二回目の不良さん一行が現れた。


「よォ、いちゃついてんじゃねーぞ男鹿」

気味の悪い笑顔を浮かべる男たちが男鹿の前に立ちふさがる。
これには周りがどよめいた。
この学校は不良の集まりなだけあり、停学くらう輩も多い。
そのため、男鹿の実力を知らない者もまだいる。
男鹿の強さを見てきた者たちにとっては、今絡んできた不良たちに合掌する思いだ。


「やべーぞアイツら……。男鹿のやつ機嫌悪そうだし、死んだな……」

「ああ……。ヨメとの一時ジャマされて腹がたってんだろ……」


そんな話し声に、古市は失笑した。
あの不良たちは先ほどの奴らと同様、憂さ晴らしにされるだけだ。
それでもヒルダと繋いだ手を離すわけにはいかないため、気が晴れることはないだろう。
まったく、面倒なことに……。
古市が呟いたと同時に、不良たちが動く。
振り上げた拳を男鹿の眼前に――かと思いきや、その拳は男鹿とヒルダの間に割って入ってきた。
咄嗟のことだったせいか、それぞれ左右にかわしたせいで繋がれた手はするりとほどけてしまった。
しまった、と男鹿は慌ててヒルダを掴もうとするが、それは不良たちによって阻まれてしまう。


「ヨメゲット〜」


事情の知らない不良は、ヒルダの肩に手を置きニヤニヤと笑っている。
サァと、男鹿、ヒルダ、古市の顔が青くなっていくのと一緒にベル坊がぐずり始めた。


「ヴ〜……」

「ま、まてベル坊!」

「坊っちゃま!」


ガン、と鈍い音とともにヒルダを掴んでいた不良が倒れる。
常人の目には確認できないほどの速さで、ヒルダが殴ったかしたのだろう。
何が起きたか理解できない不良たちには目もくれず、ヒルダはベル坊の元に駆け寄った。
普段なかなか見られない笑顔を浮かべ、男鹿と手を繋いでみせる。


「ほぅらベル坊、元通りだぞー」

「さぁ坊っちゃま、ミルクを飲みましょうねー」


ぐずる赤子を懸命にあやす様子に、またも周りがどよめく。
ヤンキー率120%のこの石矢魔高校に、ほのぼのした親子がいる!
そんなのんきなもんじゃない、と古市だけが冷や汗を流すが、その古市の目にも男鹿一家が眩しく見えた。
案外人類は滅ぼされることなく、平和に続くのではないかと思ってしまうほどに。


****


「今日は散々だったぜ……」


男鹿が疲れきった顔で呟いた。
学校も終わり、帰路につく男鹿夫妻の手は未だ繋がれたまま。
ベル坊もだいぶ満足したのか、ほんの少しの間なら泣かなくなった。
といっても、トイレの間だけくらいだが。


「ラブラブなカップル見て、男鹿とヒルダさんに真似させるなんて、やっぱベル坊は魔王だな。ベル坊にしか命令できねーよ、そんなん」

「忌々しいビリビリがなけりゃ……」

「……男鹿、気をつけろよ」

「あ?」

「いや、手を繋ぐならまだしもだ。もし行ってきますのチューなんて場面に出くわしてみろ!」


母親が我が子を抱いて、愛する夫を会社へと送り出す。
もし、ベル坊がそんな光景見てしまったら……?


「……ひじょーに、マズイな……」

「だろ? そう考えるとさ、これで済んで良かったって思うべきかもな……」

「……あ」


男鹿と古市がほう、と息を吐き出すと、突如ヒルダが声をあげた。
何だとヒルダが冷や汗を流しながら見ている先に目を向ける。
そこには我が子を抱いた母親が、開け放たれたドアの先で、人目も気にせず愛する夫にお帰りなさいのチューをしている光景があった。


「…………」

「…………」

「ダーヴー!!」


絶句する男鹿夫妻と、目を輝かせる未来の大魔王。
もうつっこまねーからな!
と、古市は涙目になりながら叫んだ。



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最初の頃をイメージして。
ベル坊がいるからこその男鹿とヒルダの関係。
お粗末様でした!

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