彼方の煌めき

バサッ、という物音で目が覚めた。最近ようやく見慣れてきた天井が広がり、カーテンの隙間から光が射し込んでいる。時計を見ると、予定の起床時間より二十分ほど過ぎていた。物音の正体は、就寝前に読んでいたミステリー小説のようで、開いた状態で床に落ちていた。

「今日は……」

思い出すように呟くと、本を棚に戻し、少しだけ足早に洗面所へ向かった。
毎朝の日課になった作業を、慣れた手つきでこなしていく。一週間前なら、二十分の寝坊は致命的だったかもしれないな、と鏡に映るもう一人の自分に微笑みかけた。

「あら、おはようシュウ」
「おはようございます、赤井さん」
「ああ……おはよう」

にらめっこしていた鏡に、ふたつの顔がひょこりと覗いた。思わず挨拶を返してしまったが、と眉根を寄せる。

「よく眠れたかしら。オキヤスバルさん?」
「……なぜお前たちがいる」

当たり前のようにこの家、工藤邸に居るジョディとキャメル。会う予定はなかったはずだ。不必要な接触は避けなければならないというのに。これでは、何の為に変装しているのかわからなくなる。ジョディもキャメルも、十分に気をつけてはいるだろうが、それでもどこかで誰かが見ているかもしれない。と、目で訴える。ジョディがハイハイと適当に返し、キャメルが申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、赤井さん……。何か手伝えることはないかと思って……」
「今日、コナン君はいないんでしょう?」
「ああ……俺ひとりで十分なんだが……。ふむ……よし、行くぞキャメル」
「え、あ、ハイ!」
「お前は留守番してろ。目立つ」
「は……ちょっと、シュウ!目立つって……キャメルの方が目立つと思うんだけど!?」

確かに……とキャメルが呟いたが、それらを無視し、沖矢昴は玄関へと向かった。僅かにドアを開け、耳を澄ます。カチャン――門が閉まる音と、地を蹴る軽快な音。珍しく朝からご機嫌らしい。小走りするほどいいことでもあったのだろうか。と、そこで思い出したのは彼女が好きなサッカー選手の顔。昨夜、ニュースでゴールを決めた瞬間を何度か報じていた。テレビを前に喜ぶ姿が容易に浮かび、気が緩みかける。行くぞ、と自分を引き締めるように声をかけると、キャメルは小さく頷いた。
工藤邸の門を出てしばらく歩くと、正面からトイプードルの散歩をする中年女性と目が合った。キャン、と尻尾を振りながら寄ってきた小さな存在が、巨大なキャメルの足元に絡んで鼻を鳴らす。

「おはようございます」
「おはよう沖矢さん。この間はパソコンの調子、見てくれてありがとうね。あれから快適に使えてるわ」
「それは良かった。僕に手伝えることがあれば、いつでも言ってください」
「まあまあ、本当に頼りになるわ。ところで、そちらの方は?」
「阿笠博士の発明に興味があって来られたキャメルさんです。実は海外でも博士の発明は面白いと評価されていまして」
「あら、そうなの。私みたいに機械に疎い人には分からない魅力があるのかしら……」

それじゃあね、と女性はにこやかに手を振った。昴は軽く会釈をすると、すぐにまた歩き出す。
ジョディが目立つと言ったのは、このことだとキャメルも気づいただろう。一緒にいるのが女性であるというだけで、変に勘繰られるものだ。

「赤井さん、普段からああいった事……設定みたいなもの考えてるんですか?」
「ある程度はな」
「近所付き合いとかも……してるんですね……」
「意外か?」
「少し……」
「この場に溶け込むことも大事なことだからな」

近所付き合いや、子どもたちとの触れ合い、掃除や洗濯や料理などの家事仕事。普段ならしないような事を、この姿になってからは多くしてきている。新しい発見や、楽しさもある。赤井秀一のままでは、きっと、分からなかったかもしれない。
けれど。これはあくまで身を隠すための手段であって、別人として日々を楽しむためではない。昴の目に力が入る。
交差点まで来ると、人通りも車の数も増えてきた。彼女はまだ一人で歩いている――と、横断歩道を渡ってきた彼女の級友が、元気な姿を見せた。二人は並んで、また歩き出す。どこをどう見ても、普通の小学生の朝だ。
そのまま目的地まで見届けると、フッとキャメルから力が抜けたのを感じた。

「学校まで来れば、とりあえず一安心ですね。帰りも護衛を?」
「ああ……。今日はあのボウヤがいないからな」
「毛利探偵の依頼で急に一泊する事になった、なんて……彼は本当に事件に巻きこまれるというか……」
「さっきも思ったが、ボウヤから帰れないと聞いて、わざわざ来たのか?」
「はい。昨日……ジョディさんがコナン君に用があって電話したんです。その時に聞いただけで、赤井さんだけだと心配とか、そういう意図は彼にありませんよ」
「……別にそんな風には思わなかったが」
「え!あ、す、すみません!!」

ビシッとキャメルは背筋を伸ばした。冷や汗を流すキャメルに、昴は思わず微笑む。

「少し自由にしていい。校内にはすでに捜査官が臨時教師として潜っているしな」
「え、いつの間に……」
「備えあれば、だ」
「さすが赤井さん……。それなら自分は、下校時刻までトレーニングしてます」
「あぁ……ほどほどにな」

キャメルの背を見送ると、さて、と昴は思案する。家から小学校までの道のりに不審な所は何もなかった。怪しい人影もなく、平和そのもの。それはいい事なのだが、とほんの少し顔をしかめた。眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりと歩き出す。
数日前、組織の人間と思しき者が、この辺りをうろついていると情報が入った。コードネームのない下っ端ではあるが、何か怪しい素振りがあったため警戒はしていた。だが昨日、その姿はこつ然と消えてしまった。どこに行ったのかまだ掴めていないが、この周辺に潜伏している可能性は十分にある。そうだとしたら、例え偶然であったとしても、彼女と接触させる事は防がねばならない。
駅前を通り過ぎ、しばらく歩いていると、カンカンとビル建設の工事の音が響いてきた。その前を通り過ぎると、小さな公園が見えてくる。子どもの姿はない。工事が終わるまでは、元気な笑い声はないかもしれないな、と昴は公園内にあるベンチに腰をおろした。

「……ん、おや、昴さんか」
「どうも。この騒音の中、よく眠れますね」
「ハハッ。ホームレスやってると、いちいち気にしてられない事は多いんでね」

ベンチで居眠りしていた六十代くらいの男性は、大きくあくびをした。ホームレスと彼は言ったが、身なりは綺麗で、とてもそうは見えない。退職した会社の社長をやっていたそうで、金はそれなりにあると前に言っていた。家を持たず、時間に縛られない生活を送ってみたい、と第二の人生をホームレスとして過ごす事に決めたらしい。普通はできない決断だ。

「最近どうです?」
「結構暇でねぇ。ボランティアとかやってみてるんだけど、それでも時間はたくさんあるもんだね」
「社長として忙しい日々を送っていたから、そう感じるのかもしれませんね。ところで……何か変わったことありませんでしたか?この辺で見かけない人がいた……とか……」
「いやー、最近は平和そのものだね。道行く人も楽しそうに笑ってたり、忙しなく働いていたり……特に変わった人はいなかったよ」
「そうですか……」

FBIとは違う目から物を見るのは大事なことで、一般人だからこそ気づくこともある。判断材料のひとつということだ。今回はハズレだが、だからこそ何もなく安心とも取れる。もちろん、それを前提にするわけにはいかないのだが。

「いつもすみません」
「いいってことよ。統計学か何かだったっけ?地域のために貢献したい気持ちはよくわかるよ。変わったことがあれば連絡するよ」
「社長をされていただけあって、人を見抜く眼をお持ちですから、確かなデータが取れて助かります」
「ハハッ、お世辞を言っても何も出んよ。あ、代わりと言っちゃ何だが、商店街の奥の方にケーキ屋さんができたらしい。彼女にでも買っていってあげたらどうかね」
「……ええ、ありがとうございます」

昴は立ち上がると、深々と頭を下げ公園を後にする。
組織の人間はFBIの網にも引っかかって来ない。もし仮に、組織を裏切って抜け出して来たのなら、追手の影は必ず現れるはず。
ふと脳裏を過ぎったのは、類稀な運を持っている彼――毛利小五郎。裏切り者のシェリーと繋がりがある、と組織は一時監視をしていた事もある。そうでなくても、有名な探偵である彼を頼って、ここまで来た可能性もあるだろう。裏切り者である確証はないが、可能性があるのなら。

「だが今はボウヤと群馬の方にいる……。この辺に潜んでいるなら、帰ってくるまで接触はできない……」

情報が少ない以上、やれる事をやるしかないだろう。今はただ、組織の人間が彼女に近づく事を避ける。それが最優先だ。
とはいえ、張り詰めていても事態が変わるわけではない。腕時計を確認すると、時刻は十時過ぎ。そういえば身支度しかできなかったのだと思い出すと、急に空腹を感じた。何か食べるかと駅前まで戻ってきた昴は、近くにある店を見渡した。目に入ったのは、いや、先に反応したのは鼻だ。香ばしく、甘く、苦く。思わず惹かれてしまうその香りに、足は自然と向かっていた。

「コーヒーをお願いします。あとハムサンドも」

駅前だというのに、どこか落ち着いた雰囲気のあるテラス席。時間的な関係か、人もまばらでゆったりとした時間が流れていた。風で揺れる木の葉が音を奏で、緊張感がゆるりと解けていくのを感じた。
運ばれてきたコーヒーも、ハムサンドも、それなりに美味しいと感じる。料理の味を深く楽しむのも、沖矢昴になってからだと、少し口元が緩んだ。

「あれ、昴さん?」
「おや……蘭さん。学校はどうしたんです?」
「今日はHRだけなんです。……あ、そうだ、昴さん」
「はい?」

蘭は辺りを確認するよう見渡すと、サッと昴の前に座った。少しだけ思い詰めたような、憤りのような、子どもが拗ねているような、不安に駆られているような。そんな複雑な表情をしていた。

「あの、昴さん……。昴さんは推理、得意でしたよね」
「得意……かは分かりませんが、まあ、好きではありますよ」
「昨日から、お父さんとコナン君が群馬で事件に巻き込まれてて……良ければ解決の手助けしてあげてほしいんです」
「ほう……幼なじみの彼にではなく?」
「アイツはいいんです。何度電話してもメールしても返事がないんですから!」

ふんと少し頬を膨らませる蘭に、なるほど、と昴はこっそりと笑みをこぼした。こういうところは、女子高校生らしい幼さがある。彼女を見ていると、どうしても思い出してしまうが――

「昴さん?」
「……大丈夫ですよ。何せ、あの名探偵眠りの小五郎ですから。すぐに事件を解決して、コナン君と一緒に帰ってきますよ」
「……そ、そうですよね!」

安堵したのだろう。あからさまな態度を見せた蘭は、ハッとしたようにはにかんだ。
とても似ていて、まったく違う。当然だ。彼女は彼女であり、明美ではないのだ。それでも、時より重なってしまうのは――昴は小さく首を振った。考えても仕方がない。想っても、何かが変わるわけではない。ただ、いつも泣いてばかりの彼女が笑っている。それが嬉しいと、その気持ちだけは、心の奥底から湧いてきた。
コーヒーのおかわりを何回かするほど、他愛のない話が続いた。記憶に根付くようなものではなく、時とともに薄れていくような、そんな泡沫。それが、心地よいものに思えた。

「あ、いけない。夕飯の買い出し行かないと。すみません、長々と話聞いてもらって……」
「いえ。僕も今日は暇していたので。楽しい時間をありがとうございます」

蘭はお辞儀をすると、パタパタと駆けていった。きっと今日の夕飯は、帰ってくる二人のためにいつもより豪華になるだろう。

「さて……」

昴はぐっと背を伸ばし、立ち上がる。
本来なら、こんな風にゆっくりと過ごす時間はない。FBIとして為すべき事は山ほどあるのだ。しかし、余裕があるからこそ成せる事もある。来たる日のため組織を欺き、あの少女を守ること。今はまだ、沖矢昴で在る事に意味があるのだ。そして、沖矢昴にはこのゆったりした時間が必要である。今はただの大学院生なのだから。
少し思案した後、道路の向こう側にある書店に目を向ける。今日は気になっていたミステリー小説の新刊が発売される日。まだ読みかけのものがあるが――まあいいかと、昴は歩き出した。
人混みを縫いながら、足早に目当てのものがある場所まで。

「あ」

思わず声が漏れると、げっ、と言いたげな顔をされた。こんな所で会うとはお互い思っていなかったが、こちらは表情には出さない。

「……こんにちは、沖矢さん」
「こんにちは。安室さんも今日発売のミステリー小説を買いに?」
「……まあ、そんなとこです」

嫌な顔をしたのは一瞬。安室はすぐにいつもの笑顔を作った。
安室の横にいたスーツの男が、顔を隠すようにさっと立ち去る。恐らくは公安の人間。組織の事か、それ以外か。何かの報告であったのは確かだろう。
ふと、もしかしてと思い当たり、昴は声のトーンを僅かに上げた。

「そういえば、安室さんはこの辺りで何か事件があったなどの話を聞いたことは?」
「さあ……ここ最近は平和そのものって感じだと思いますが」
「そうですか……。不審者が出たと聞いたので、少し心配だったんですが……小学校も近いですし」
「ああ、確かにここらは通学路もありますから、不審者情報には敏感になりますね。でもまあ……日本の警察は優秀ですから。日頃からパトロールもしっかりされてますし、子どもたちが安心できる日常を守ってくれてると思いますよ」

昴とは逆に、安室の声のトーンは低めだった。牽制、そして自信と余裕。お前たちの出る幕などない。という事だろう。なるほど、と昴は安堵したように微笑んだ。それを訝しんだのか、安室は眉を跳ね上げる。

「そうですか。確かに日本の警察は優秀ですから、これからも安全に過ごせるでしょうね」
「ハハッ、そのくらい当然でしょう」
「あ、それと」
「何です?」
「確か安室さんはポアロでバイトしてるんでしたよね。ハムサンド、絶品だって子どもたちに聞きましたよ。さっきもコーヒーと一緒に食べてきたんですが、今度はポアロのものを食べてみたいですね」
「……ええ、ぜひ。ご来店お待ちしていますよ」

来るな、と言いたいのだろう。態度に思いっきり出ていた。色んな顔を使い分ける割に、赤井秀一に対してだけは感情を隠しきれないらしい。それだけ、深く刻みつけてしまったという事なのだろう。だが、彼の望むようにはしてやれない。彼に対して申し訳ない気持ちはあるが、どんな事よりも優先させるべき事がある。
大切な約束を、今度こそ。
では、と安室が立ち去ろうとした時、今月の新刊が並ぶ棚の前、ザッと音が鳴るほど勢いよく小さな影が飛び込んできた。その後ろ姿は、とても見覚えのあるもので。一冊の本を迷わず手に取ると、くるりとこちらを向いた。

「あれ、昴さんに安室さん……?ふたりも新刊目当て?」
「コナン君。思ったより早く帰って来れたようだね」
「あぁ……うん……まあ……パトカーが前走ってくれたから……」
「なるほど」

事件解決のお礼とお詫び、という事なのかもしれない。パトカーの先導はなかなかの快適さだったようだ。警察に慣れているはずの彼でも、どことなく疲れが見える。今の皮肉は、FBIである自分にも返ってくると気づき、フッと気が緩む。
小首を傾げるコナンの前に、安室がすっと膝を折った。

「コナン君、毛利先生は?」
「先に帰ったよ。ボクはこれ買いたくて途中で降ろしてもらったんだ」
「そっか……今日はきっとお疲れだろうから、今度また差し入れ持っていくと伝えてくれるかい?」
「う、うん……わかった」
「それじゃ、ね」

コナンにだけ手を振って、安室は人混みに紛れていった。見送ったコナンが、ちらり、昴を見る。

「安室さん、何か機嫌悪かった?」
「……彼も疲れてるんじゃないかな。仕事が大変だったみたいだし」
「……!それって、もしかして……」
「その前に、先に会計を済ませよう」
「あ、うん……そうだね」

昴はコナンが持つ本を奪うように取ると、同じものを二冊、レジへ持っていった。
腕時計を確認すると、そろそろいい時間帯。今回の事で言えば、もう心配はない。そうキャメルにメッセージを送る。だが、彼のことだ。命令でもしない限りは彼女の護衛を続けるだろう。
購入したばかりの一冊をコナンに渡すと、よほど楽しみにしていたのか、年相応に瞳が輝いた。年相応が見た目の話か中身の話かは、黙っておくことにする。

「へぇ……そっか……公安が」
「ああ。組織に潜入している彼なら、我々より早く情報を得られるのは当然。ここが日本という事もあって、公安もすぐ動けるからな。早期に解決してくれたようだ」
「赤井さんも色々探ってくれたみたいだけど」
「何もないなら、それが一番……だろ?」
「うん……そうだね」
「それに、骨折り損でもなかったしな。意外に得られるものがあるものだ」
「え、どんな?」

重要な何かを掴んだのか。そんな顔をしていた。だが、そういうものではないと、昴はただ微笑む。目を丸くするコナンには申し訳ないが、これは、沖矢昴だけのものだ。贅沢なことだと思う。赤井秀一には眩しすぎるほどのもの。けれど、求めて手を伸ばしてしまいそうになる。星のような煌めき。
沖矢昴は赤井秀一を隠すための存在で、別人を楽しむためではない。それでも、沖矢昴が感じたすべてのことは、赤井秀一のものでもある。偽りではない、確かなもの。

「赤井さん?」
「……きっと、ボウヤも同じだろう」
「同じ……って何が?」
「子どもの目線は、大人とは違うからな」
「んー?」

昴は声を出して笑った。
別人として役割を果たす自分も、いくつもの違う自分を演じているあの彼も、目線が変わってしまったこの小さな探偵も。そして、逃げ出した先で、向き合う大切さを知った彼女も―ー感じた心は、自分自身のものでしかないのだ。

「あー!コナン君!!」
「コナン、お前帰ってたのかよ!」
「群馬で事件に巻き込まれたって聞きましたよ!」

下校途中の少年探偵団が、コナンの元に嬉しそうに駆け寄って来た。一気に賑やかになり、この賑やかさもいつの間にか慣れていたものだったと、改めて感じた。自分には無縁のものだと思っていたのに。子どもたちの中に溶け込む日が来ると、昔の自分が知ったらさぞ驚くだろう。
歩美、元太、光彦の後ろを少し遅れて歩いてきた哀が、眠たそうにあくびをした。のん気なものだ、と口角を上げる昴の表情は、呆れと嬉しさが混じっていた。
彼らから少し離れた先で、そっと覗きこむキャメルにアイコンタクトを送る。彼が頷いたのを確認すると、昴は子どもたちに近づいた。

「みんな、良かったらケーキを食べに来ないかい?」
「え、ケーキ!?」
「これから買いに行こうと思っててね。商店街に新しくケーキ屋さんができたそうだから」
「やったー!好きなの選んでもいいの?」
「もちろん」

子ども特有の高い声が空に響いた。雲を突き抜け、星にまで届きそうな、素直で純粋な心。きらきらと、やっぱり、眩しすぎるくらいだ。目を細めてしまうのは、コナンや哀もきっと同じだろう。それでも、きらきらした中で笑っている。笑って、いられるように。沖矢昴は今日も沖矢昴で在り続ける。赤井秀一が成すべきことのために――



「ねえ、江戸川君と何を話してたの?」
「今日発売のミステリー小説、読むのが楽しみだって話……かな?」
「なんで疑問形なのよ」
「ハハッ。今日は平和な一日だったって、他愛のない話をしただけ……コナン君は事件で大変だっただろうけど……ね」
「ふーん…………あ」
「ん?」
「宵の明星……」

窓の外を見上げると、西の空に金星が輝いていた。強く、鮮やかな光。煌々と輝くあの星を見つめる彼女は、一体何を思うのか。何かを、願ったりするのだろうか。
昴が小さくこぼした言葉に、哀はそうねと笑った。

「今夜は星がよく見えそうだ」


end


ゆいちさんお誕生日おめでとうございます!今年も何とか書けて良かった……!
今回は昴さんの日常を妄想してみました。赤井さんも昴さんも、まだまだ謎が多い人なので妄想爆発です!もっと他のキャラとも絡めたかったんですが、長々、グダグダになりそうで……。こんなのですみません!楽しんでいただけたら嬉しいですー!

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