おとなとこども

「あっ……」

と、声を出した時には、小さな白い花が赤く染まってしまっていた。

「アシリパさん?どうかした?」
「枝に引っかけた」
「え、何を……って!キャアッ!やだアシリパさん!!手から血が!!!」

ヒィ、と悲鳴を上げながら杉元が慌ててアシリパの手を取った。
ポタポタと滴り落ちる血。走る痛み。青い顔の杉元。
枝の先が折れていることに気づかず、払いのけようとして、小指のつけ根の辺りをスパッとやってしまった。血は流れているが、大したケガではないだろう。

「どうしよぉ……血が……いっぱい出てるぅ……」
「杉元、このくらい別に平気だ」
「平気じゃないでしょ!女の子なんだからケガは気をつけないと!って!!アシリパさぁん!?ほっぺもケガしてるんだけど!?」
「ん、ホントだ……」

ぐいと頬を拭うと、ピリッとした痛みがあった。拭った手の甲にもうっすらと血がついている。葉で切ったのかもしれない。手と比べて小さな傷だが、杉元はこの世の終わりのような顔をしている。

「大したことないぞ?」
「ダメダメ!ちゃんと薬塗って!……このくらいなら傷残らないかなぁ……?大丈夫かなぁ……?」

自分だって傷だらけのくせに。
アシリパはそう思いはしたが、口には出さなかった。杉元は自分が傷つくことには鈍感だ。そうでなければならなかった。戦を経験した兵士とはそういうものなのだろう。杉元は、とくに。
アシリパはそれを理解はしている。
自ら危険に向かうことができるからこそ、今まで生き抜くことができた。不死身と呼ばれるほどに。
反面、アシリパが傷つくことには過敏になる。危険な旅だ。ケガをしてしまうだろうことは覚悟している。けれど、杉元にはその覚悟はない。アシリパにはケガはさせない。なるべく危険から遠ざけたい。語らずとも、態度がそう言っている。
相棒とは、対等な立場のはずだけれど。
アシリパは、自分が子どもで守られる存在だということも理解はしているが、それが嫌だとも思う。
もう少し大人になれば、杉元は態度を改めるだろうか。


「ねーな」
「ウン、ないね」

尾形と白石が口を揃えて否定した。
アシリパはぎゅっと形のいい眉を寄せる。眉間の皺を白石に突かれ、バシッと思い切り払った。くーん、と白石は鳴く。

「なぜだ、尾形。私だって大人になればもっと杉元の役に立てるし、足を引っ張ることもないはずだ。それなのに、尾形はなぜありえないと一蹴する」
「アシリパちゃん、俺にも聞いてよ!」

アシリパは白石は無視して、尾形を睨む。

「そりゃ、お前が子どもだからだ」
「だから、大人になったら……」
「そうじゃねえ。子どものお前と出会っちまったから、だ。多分、杉元にとってはいつまでも守りたい存在だろよ」
「そうそう。大人になったって、アシリパちゃんはアシリパちゃんだからね!」

悔しいことに、尾形の言葉はすとんと胸に落ちた。
大人になっても、杉元は杉元のまま。大事に、守ってくれるのだろう。妹のようだと思っているのかもしれない。

「多少は過保護が直るかもしれないけどねぇ……アシリパちゃん逞しいし」
「過保護ね……ものは言い様。アイツの方が小さな子どもに依存してるがな」
「確かに……アシリパちゃんが精神安定剤みたいになってるかも……」
「こんな小さな傷で大騒ぎだ。もし、それこそ生死にかかわるような何かがあったら……」

尾形はスッと目を細めた。一瞬、本当に一瞬だけ、背筋が凍るような嫌な感じがして、アシリパの額に汗の玉が浮かんだ。杉元とは違う意味で人を殺すことを躊躇わない尾形は、金塊を手に入れるのにアシリパが邪魔になった場合、平気であの銃を撃ってくるのだろう。だから杉元は、アシリパをあまり尾形に近づけたくないような素振りを見せる。一緒に行動はしていても、味方であっても、信頼はしない。尾形はいつか裏切る。杉元はアシリパに言い聞かせていた。
杉元の言いたいこともわかる。だが、アシリパは仲間だと信じたかった。誰が裏切り者だと疑うのは好かない。

「オイオイ、何顔を強張らせてんだ?俺が何かするとでも?」
「……別に。私のせいで杉元が鬼や悪魔にでもなったら事だなと思っただけだ」
「へぇ……」
「杉元ならなっちゃいそう。フフフ」

そういえば、例外がいた。
味方でも信じてはいけないと言っていた杉元が、白石にだけは信頼を置いていいと、半分寝ている状態で呟いていたのを思い出した。自分にとって都合のいい方に転がろうとする腐った根性をしているが「お前らに賭けた」と言ったことは、恐らく貫き通すだろう、と。
バカだから、というのもあるのかもしれない。
もし、アシリパに身の危険が迫った時、杉元以外で頼っていいのは白石なのだろう。ああ、いやだ。と心底心配になるが、それも理解できることだった。アシリパにとっても、白石はいつの間にか信頼を置ける存在になっていた。それを本人に伝える気はないけれど。杉元も半分寝ている状態でなければ口にすることはなかっただろう。

「それにしてもさ、杉元遅くない?街まで薬買いに行ったんだよね?」

白石がキョロキョロと辺りを見回した。
釣られてアシリパも顔を巡らせる。

「ああ。この辺には薬草も多いし、問題ないと言ったんだがな」
「医者ぁ!って叫びながら坂道駆けてったからね……道迷ってんじゃ……」
「フッ……ヒグマに襲われてたりしてな」
「やだ尾形ちゃん、ホントに襲われてたらどーすんの?」

ウフフフ、と白石は花を散らしながら笑う。

「ホントに襲われた」
「ん、え、杉元!?」
「杉元!血だらけじゃないか!」

息を切らせながら戻ってきた杉元。頭から血を浴びたかのような姿に、白石とアシリパはぎょっと目を剥いた。

「なんだ、死んでねーのか」
「不死身だからな!残念そうな顔してんじゃねーよ尾形ァ!」

ぼたぼたと地面に血溜まりを作りながら、杉元はすぐさまアシリパに駆け寄った。
持っていた血塗れの何かを差し出す。

「アシリパさん!これ!薬!!」
「いや、私はいい。それより杉元が……」
「だめだって!ちゃんと手当てしなきゃ!」
「手当てならとっくに終わった。それはお前が使え。私よりひどいケガだぞ」
「俺はどうでもいいんだよ!だいたい、俺の血よりクマの返り血のがひどいだけだから!」
「あー、ハイハイ。杉元、アシリパちゃんは大丈夫だから。その血なまぐさい体洗ってきなよ。あっちに川あるから」

シッシッと追い払う仕草をする白石の手に、杉元はべったりと血をつけた。
ギャーと大げさに騒ぐ白石を横目に、アシリパは杉元の着物の裾を掴む。

「杉元。ヒグマはどうした」
「ああ、襲われてた俺を助けてくれたアイヌの人たちに任せてあるから心配いらないよ」
「そうか……それならいい」
「……うん、洗ってくる」

杉元は、ホッとするアシリパを見て冷静になったのか、自分の今の姿がひどいと自覚したようだった。
汚したくない。そんな気持ちからだろう。アシリパに掴まれている裾を引っ張った。

「あ……杉元……!」

川へと向かう杉元を追いかけるアシリパ。

「おい」

その場に縫い止めるような声音の尾形を振り返り睨む。なんだ、早くしろと目で訴えると、尾形は愉快そうに
口角を上げた。

「さっきはああ言ったけどな。ひとつ方法がある」
「さっき言った……?方法……?」
「アイツの過保護の話」
「!何かあるのか!?」
「大人になれば、色仕掛けのひとつもできるだろ」
「……そんなことして、なんになる」
「惚れさせちまえばいい。態度は変わるだろう?」

尾形の口から出た言葉に驚いて、アシリパは声を出すことができなかった。

「ええ……尾形ちゃんそれマジで言ってんのぉ?たとえ、それが本当になっても、アシリパちゃんが大事なの変わらないんだし、結局同じじゃない?」
「意味は変わる。あとは、お前自身がどう感じるかだ」
「…………わ、私と杉元は相棒だ!そんなの必要ない!白石のハゲ!」
「え、何で俺悪口言われたの!?」
「ただの事実だろ」

顔が熱くなって、アシリパは逃げるように駆け出した。
なぜ、そういう話になるのか。いつまでも守られるだけなのは嫌だと、もう少し対等な立場になりたいと、そう思っただけなのに。
どうして、こんなにも心がざわつくのだろう。
ガサガサと乱暴に草木をかき分けていくと、水の流れる音が聞こえてきた。アシリパは大きく息を吸う。

「杉元ーーー!!」
「ふぇっ!?」

アシリパの叫びに驚き、杉元は短い悲鳴を上げた。流れが緩やかな川の中で、何事かとパチパチと目を瞬かせている。

「アシリパさん?どうかしたの?」
「杉元ぉ、ちょっと殴らせろ」
「なんで!?」

問答無用、とアシリパは杉元に飛びついた。バシャン。飛沫が舞って、太陽の光できらりと煌めく。
アシリパは拳を握ったが、結局、それを振りおろすことはなかった。八つ当たり、と頭の中で誰かが言ったからだ。先ほどまで大人になればなどと話していたせいか、自分の子どもっぽさが目に見えるようだった。

「アシリパさん……?」
「……杉元、は……やっぱり私を子どもだと思うか?」
「え?だと思うも何も……アシリパさんはまだ子どもじゃん。年齢的には」
「年齢的には」
「そう。でも、アシリパさんは頼りになりすぎるから、たまに忘れそうになるよ。まだ小さな女の子だって」

アシリパの悩みなど知らない杉元は明るく笑った。何の含みもないその笑顔に、アシリパはどこか安堵した。子ども扱いが嫌だったはずが、子どもだと言ってくれたことにホッとする。この矛盾は何なのか。

「アシリパさんは頭がいいし、知識も豊富だ。アシリパさんと出会えなかったら、俺、野垂れ死んでたかも」
「……不死身なのに?」
「どうかな?」
「フッ、私に感謝しろよ杉元。毎日美味しいものが食えるのは、私が狩りの仕方を知っているからだぞ」
「うんうん。してるしてる。さすが俺の相棒だ」

そうか、とアシリパは納得した。杉元はちゃんと相棒として対等に見ていてくれている。ただ、アシリパにできないことは杉元が、杉元にできないことはアシリパがやっているだけ。当然のことのはずが、どうして忘れてしまっていたのか。
不意に、濡れた大きな手がアシリパの頬を包んだ。

「杉元?」
「ケガ、本当に大丈夫?」
「ああ。傷も残らないはずだ。心配いらない」
「そっか。良かった……やっぱりアシリパさんには傷ついてほしくないから」
「私は気にしない」
「俺が気にするんだよ」
「頑固だな」
「アシリパさんもね」

ふたりして笑いあった。

「杉元は、はやく大人になってほしいと思うか?」
「ん?アシリパさんがってこと?んー……大人になったアシリパさんか…………うん、楽しみかな。ちょっと寂しくなりそうだけど」
「そうか……ならいい」
「んん?」
「過保護はよくないって話だ」
「えー、過保護ぉ?」

困ったこともあるが、きっと、この関係が一番好きで、安心できるということなのだろう。
ふっ、と尾形の言葉が脳裏を過ぎった。惚れさせてしまえば、同じ守るでも意味は変わる、と。
アシリパは首を左右に振る。
それは、今考える必要はないこと。
まだ子どもなのだから。


end


ゆいちさん!お誕生日おめでとうございます!
今年は杉リパでっす!!!
尾リパは書いてましたが、杉リパは書こうとしてもなかなか書けないんですよね……!やっぱり原作の関係が完璧すぎるのでしょう。私も尾リパより杉リパのが好きだったんですけどねぇ……まあ、全部尾形が悪いので、今回の尾形もどこか悪そうな感じに……!白石はお花畑です。
ゆいちさんが金カムハマってくれて本当に嬉しかったです!アニメの続きも楽しみですね!変態度も増しますね!(笑)
杉リパ書く時間はたっぷりあったのに、こんなものにしかならなくてすみません!少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです!

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