似た者同士、珍道中

「あん?過激派だァ?」

太陽が沈み薄暗い空を見上げていた銀時は、過激派という言葉に顔をしかめた。
桂がうむと頷く。

「どうやら、このかぶき町でテロ計画を立てているようだ……あ、そこのお兄さーん!可愛い子いっぱいいるよー!一杯だけでもどうかなー?」
「今さら過激派がどうこう言われてもな……もう原作は最終章なんだよ。んなこと言ってる場合じゃねーの」
「そういう時間軸とは別世界だ。不用意な発言はするんじゃない」
「ならお前ももっと緊迫感もてよ。アルバイトなんてしてる場合じゃねーだろ」
「バカ者。俺はただバイトしてるわけじゃない。過激派の動向を探るためにやってる」

へー、と銀時は気の抜けた声で相槌を打つ。
キャバクラの客引きで過激派の動向がわかるのなら、警察も苦労はしないだろう。それともその警察がこのバカより余程の無能なのか。
ゴリラが局長の警察組織が頭に浮かんで、あ、やっぱり無能集団の税金ドロボーだと納得する。

「んで、その過激派ってどんなやつら?」
「高杉一派だ」
「ってアイツかよ。んだよ……また何か企んでんの?ベジータ気取りやってたんじゃねーのかよ」
「不用意な発言はよせと言ってるだろう」

銀時はガシガシと頭を掻いた。
あいつが絡むとロクなことがない。できることなら知らないフリをしたいところだが、そうはいかないことは理解している。
よりによって、このかぶき町で。ここが中心になる理由はわからないが、事を起こされて困ることは確かだ。高杉が絡んでいるのであれば、間違いなく被害の規模が大きくなるだろう。未然に防ぐ、といっても。

「お前は何か掴んでんのか」
「……ああ。多少は」
「話せよ」
「……奴らが何を企んでいるかはわからないが、どうやらキャバクラや飲み屋、メイドカフェにも関係しているらしい」
「そうか……それはまた…………あ?」
「だからこうして情報を集めている」
「ん、いや、え?キャバクラ?飲み屋?何で?つかメイドカフェってどーゆーことよ」
「だからそれを知るためにこうして……」
「それ酒飲みに来てるだけってオチじゃねーよな!?メイドカフェでご主人様プレイしてるオチならその長髪引き抜くぞ!俺のシリアス顔返せ!」
「いつシリアス顔などした?いつもと変わらずアホヅラだったぞ。ちなみに俺はアホヅラじゃない桂だ。こんな凛々しい顔している者はそういないだろう。ハッハッハ!」

うぜー、と全力で叫びたい衝動を抑えようと、銀時は桂から視線をふいと外した。会話が噛み合わないことなどいくらでもある。バカだから仕方がない。バカだから。
だが、そんなバカでも有益な情報を持っていたり、いち早く危機を察知する能力はそれなりに長けている。
浪人がキャバクラや飲み屋に通い何か企んでいるのは事実なのだろう。酒が絡めば色々とゆるくなる。もしかしたら、幕臣に近づき、酔わせ、何か聞き出すこともできるかもしれない。メイドカフェは……ああいった場所で堂々と取引する方が逆に目立たない、とかかもしれない。
考えを捻り出した銀時は、僅かに眉間に皺を寄せた。

「相変わらずシケたツラしてんなァ……」

ガヤガヤと人々の声が飛び交う街の中、すっと通った冷たい声。
銀時と桂は振り向き目を剥いた。

「お、お前は……!」

道を挟んで向こう側の店の壁に寄りかかり、煙を吐き出す男がひとり。
口元が妖しく歪んだのが見えた。
銀時はゴクリと喉を鳴らすと、

「……微妙に遠くね?」

声をかけてくるにはちょっと遠いのではなかろうか。
銀時の呟きなど聞こえぬというように、桂はサッと腰の刀に手を伸ばし構えた。

「高杉、お前こんな所で何をしている」
「何だっていいだろ。それより、今の話詳しく聞かせろよヅラァ」
「ねえ、お前そこでスタンバってたの?いつ話しかけようかとタイミング見計らってた?ねえ?」

高杉はスタスタと歩み寄って来ると、流れるような動きで銀時の腹に拳を叩き込み、桂の前に立つ。
うずくまり唸る銀時をよそに、桂と高杉は睨み合った。一触即発の雰囲気が漂う。

「高杉貴様……何を企んでいる?」
「ククッ……今のとこ何も企んじゃいねーよ。それよりさっきの話だ。ヤツらはどこにいる」

高杉は桂の胸ぐらを掴んだ。
珍しく焦っているように見えて、銀時と桂は思わず顔を見合わせる。

「テメーんとこの連中だろ。連絡すりゃいいじゃねーか」
「できねーから聞いてんだろが。腐れ天パは黙ってろ」
「黙りませんー。天パだけど腐ってはないから黙りませんー」
「子どもか。しかし高杉。一体何があった?」
「……テメーらには関係ない」

高杉は視線を外した。妙にそわそわしているように見える。何か変だ。確実に変だ。
高杉の後ろをひょうきんな酔っ払いが小躍りしながら通り過ぎ、銀時は勢いよく噴き出した。
そんな銀時をやはり無視する桂は、手を顎に当てふむと思案する。高杉の様子がおかしいせいか、敵意もすっかり薄れてしまっていた。

「今のところ、話したこと以外は何も掴んではいない。過激派なら動きも予想しやすいと思ったが、そうはいかないらしい。視点を変える必要があるかもしれんな」
「視点?」
「オイ銀時。お登勢殿のところに行ってみたらどうだ」
「あん?何でババアんとこだよ。ババアの顔見ながら酒飲んでもマズイだけだろ。浪人共が行くわけねーって」

と、鼻で笑ったが桂の言いたいこともわかる。
かぶき町に住まう者たちの母であるお登勢の所ならば、それなりの情報も集まるだろう。
ならず者たちの多い街で、それなりに穏やかに日々が過ぎていくのも、お登勢たち四天王のおかげなのだから。

「しゃーねーな。目の届かないとこで何かやられても困るし。さっさと行くぞ、高杉。ヅラ」
「む。いや、俺は行かんぞ」
「ああ?何でだよヅラァ」
「俺はバイト中だ。途中で投げ出すわけにいかん」

あ、お兄さーん、と声を張る桂に、銀時は蹴りをいれると舌打ちしながら歩き出した。
話を持ちかけてきたのは桂だ。最後まで責任持つべきだろうに。面倒なことを押しつけただけではないか。
と、文句はダラダラあるのだが、桂が真面目な性格をしているのは確かであり、途中で仕事を投げ出さないのもわかっている。ゆえに、蹴りひとつで我慢してやったわけだ。
銀時はちらりと視線を後ろに向ける。
一定の距離を保ち、後ろをついてくる高杉に薄気味悪さを覚え、ほんの少し歩調を速めた。

見慣れたかぶき町の街並み。目を配りながら歩いてきたが街は平和そのもの。普段なら聞こえてくるどこかの喧嘩も今日に限っては聞こえてこない。
あっという間にスナックお登勢の看板が見えて、銀時はくしゃくしゃと癖っ毛を掻き回した。

「ん?なんだいアンタ、もう帰ってきたのかい。家賃の用意はできたんだろうね」

店の前で煙草に火をつけたお登勢が、銀時をギロリと睨んだ。

「ああ、こいつが払ってくれるから心配いらねーよ」
「オイ、てめー……何でこっち指さしてんだ」
「依頼としてお前の部下捜すことを引き受けてやったんだ。依頼料は当然もらうに決まってんだろーが」
「お前に依頼したつもりはねーよ」
「ハン、じゃあ一生かぶき町をさまよってろよ低杉チビ助くん」

ピキ、と高杉の頬が引きつった。刀に伸ばす手が怒りに震えている。
やんのかコラ、と銀時も木刀を握りしめ、ピリピリした空気に包まれた。
そんなふたりの様子に、お登勢は特に慌てることなく深く煙を吐き出した。

「アンタら、店の前で喧嘩すんじゃないよ」
「心配すんなババア。俺は負けねェ」
「誰もアンタの心配なんざしてないっての。まったく……ちょっとキャサリン!」
「ハイハイ、今持ッテイキマス」

お登勢が店の中に向かって声をかけると、キャサリンがひょこりと出てきた。手には皿に盛られたドッグフード。確か、たまが定春のために買ってきてくれたやつじゃなかったか。
と、思っている間にドッグフードはことりと地面に置かれる。
そこに向かって勢いよく飛びついた影。

「って、長谷川さんじゃねーか!あんた何してんの!?」

ガツガツとドッグフードをむさぼり食う長谷川は、げっそりとやせ細っていた。

「あれ……銀さん……久しぶりィ……元気?」
「元気?じゃねーだろ……。今にも死にそうなんだけど」
「え、そいつぁ大変だ……病院行った方がいいんじゃないの銀さん」
「いや、アンタの話!」
「俺?俺は元気だよ……。ちょっと運が悪かっただけなんだこれは……ちょっと酔っ払った浪人にグラサン狩りされて一文なしでね……まあグラサンは死守したけどね」
「グラサン狩りって何だよ」
「確か、どこぞの一派だとか高いだか杉だか何だと騒いでたな……」

フッと哀愁感を漂わせて笑う長谷川から、銀時は視線を横に移した。
高杉がふいと顔を背ける。

「俺は関係ねェ」
「じゃあ何でそっぽ向いた。明らかにテメーんとこのヤツらじゃねーか」
「明らか?どこぞの一派で高だか杉だか騒いでただけだろ。それだけで疑うのかテメーは」

疑うも何も。
銀時とてこんなしょうもない事を奴らがやったとは思いたくはない。要注意人物である高杉が率いる者たちが、酔ってホームレスのおっさんからゼロに近い金をむしり取るなど。グラサン狩りと称して嬉々とやっていたのかと思うと虚しくなる。ドッグフードに食らいつく長谷川を思うと切なくなる。
なんかもうかかわるの嫌だな、と遠い目で長谷川を見下ろしていた銀時は、ちょいちょいと肩を叩かれ振り返った。
ぺこり、モップを持ちながら頭を下げたのはたまだ。

「銀時様、その浪人をお捜しなのですか?」
「俺じゃなくてコイツ」

銀時が高杉を指差すと、たまはそうでしたかと頷いた。

「なんというか……なんというかって見た目をしていますね」
「別に濁さなくていいぞ。ハッキリ言ってやれ、たま」
「銀時様、人を傷つける可能性のある言葉はなるべく使わない方が。中二病なんて言ったらこの方が傷ついてしまうかもしれません。銀時様だって、家賃も払えない甲斐性なしの万年金欠クソニートの中の頂点に立てるクソ野郎なんて言われたら傷つきますよね」
「え、お前俺のことそんな風に思ってたの?」

浪人でしたね、とたまは機械のようにスイッチを切り替える。
こういう時ずるいよなコイツ、と銀時は怒りを滲ませながら口にするも、たまは意に介さず街の中心の方向を指差した。

「それならば、恐らく忍者カフェにいるかと。最近新しくできた所ですね」
「メイドじゃなくて忍者かよ」
「今もいるかはわかりませんが、私が長谷川様を拾った時に近くにいた人たちがそのように言ってましたので」

拾った、に若干の切なさを覚えたがそこには触れず、銀時はサンキューと軽く手を振り再び歩き出した。
ちらりと、目だけを後ろに向ける。やはり、高杉は黙ってついて来る。気持ちが悪い。何で大人しくついてきてんだコイツ。実は背後からグサリを狙っているのでは、と考えが過ぎり、銀時は何となく手を後ろに回した。
自分の部下とはいえ、自ら人目につくような場所に捜しに来るなど、やはりおかしい。おかしすぎる。
ふと、先ほどスナックお登勢でのことが頭に浮かんだ。
そういえば、新八と神楽はどうしているだろうか。万事屋にいたのなら、銀時たちの声が聞こえれば顔を覗かせそうなものだが。立ち寄って確認してくればよかった。万事屋にいたのなら引っ張り出してきたのに。ちょっと不安とか、寂しいとか、そんなんじゃない。

「断じて違うけども!」
「あ?何言ってんだテメー」
「お前が答えんなアホ杉!黙ってろ!」
「ああ?急にイラついてんじゃねーよカス」
「誰がカスじゃコルァァアア!」

叫んだのは銀時ではない。
何だと思う間もなく、高杉が吹っ飛ばされた。見えたのは、高杉の背中に蹴りを入れた誰かの脚。
いや、誰も何ももうわかってるんだけど。と、銀時は顔をしかめた。

「銀さーん!私に会いに来てくれたのね!そうなのね!」
「別にお前に会いに来たわけじゃねーよストーカー女」
「いやん!銀さんったら相変わらず冷たい眼差し!」

ムギュムギュと抱きついてくる忍者娘を引き剥がしながら、銀時は吹っ飛んだ高杉の方を見た。
土煙の中、立ち上がる人影。着物をパンパンと叩いて埃を落とす高杉の表情は、髪の毛に隠れてしまいわからない。が、ザマァ、と銀時は笑い、よくやったさっちゃん、と心の中で親指を立てた。

「おい……何なんだその女」
「私?私は銀さんの恋人……いや、妻よ!」
「いいえ、赤の他人です」
「あんなことしておいて赤の他人だなんて……銀さんったらホント……」
「あんなことって何?勝手な妄想を現実だと思わないでくれる?」

腰をくねらせ身悶えていたあやめは、スッと表情を引き締め眼鏡の位置を直した。

「ところで銀さん。私という妻がありながら、他の男と歩くってどういうこと?三歩後ろをついてくるなんて、大和撫子の良妻アピールのつもり?みんなに見せつけてるの?俺の女……じゃねーや、男は最高に可愛いってことなの銀さん?」
「どっから突っ込んでいいかわかんねーよ。とりあえず眼鏡変えろ。いや、目玉くり抜いて新しくしてもらえ。ついでに脳みそもな」
「銀さんは私のもので、私は銀さんのものなのよ!?だいたいこの中二病みたいな人、私のお腹に風穴空けてくれた人じゃないのよォ!私を貫いていいのは銀さんだけなんだから!!」
「やめろ!色んな意味でやめろ変態女!この時間軸はフワッとしたとこにあんだよ!せっかく高杉がさっちゃんのこと知らないフリしたんだから乗っとけ!」
「乗る!?え、銀さんに!?」
「高杉にって言ってんだろーが!興奮してんじゃねーよ!」
「他の男の上に乗れというの!?」

ギャーギャーと言い合うふたりに、周りから冷たい視線が集まる。
高杉が僅かに距離を取った。
目の前にある真新しい建物の看板には、忍者カフェと書かれている。
ここにいるはずだが、それらしい姿は見当たらない。
高杉は少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。そんな高杉の様子に気づいた銀時は、ちょうど店から外に出てきた派手な忍者に声をかけた。

「あの〜すみません」
「ちょっと銀さん!?私は無視なの!?」
「ここに浪人が来ませんでしたか……って、お前かよ!全然忍んでねーな!」
「猿飛が戻って来ないから様子見にきたら……またお前か」

派手な忍者は全蔵だった。
真っ赤な衣装とキラキラした装飾。忍者らしくない、というより、全く似合ってないという感想が先に浮かぶほど周りから浮いていた。
本職だけじゃやっていけないんだな、と忍者カフェを眺めた銀時の目に憂いが混じる。
それを察したのか、全蔵は顔をひきつらせた。コイツだけには同情されたくない、と。

「おら、猿飛。さっさと仕事戻るぞ」
「嫌よ!私の銀さんがあの男に取られちゃう!」
「それまだ引っ張んの!?やめてくれる!!」
「つーか天パ、テメーは何でここにいるんだよ」
「だから、浪人が来てねーかってきーてんの!」
「浪人?」

思い当たることがあるのか、ああさっきの、と全蔵が手を打った。

「あの団体さんなら、やっぱり酒がいいとか言って帰ってったよ。浪人つーか観光客みたいな感じだったが」
「観光客ぅ?酒飲んで忍者カフェで盛り上がってまた酒飲みにって?」
「どこかいい場所ないかっつーから、あのキャバ嬢のお嬢ちゃんとこ紹介したぜ。すまいるだっけ?」
「おい高杉、テメーの部下ぼったくられるぞ」

ブハハ、と指差して笑うと、高杉はフイと顔を背けた。
てっきり言い返してくると思っていたのに。銀時は張り合いなさからか、肩から力を抜きため息を吐きながら頭を掻いた。
何となく居心地が悪くなり、銀時は行くぞと静かに声をかけた。

「ああ!銀さん!やっぱりその男がいいというの!?私よりもその男を取るのそうなの!?」
「安心しろ。高杉とさっちゃんだったら、さっちゃんだぜ」

ものすごく適当にそう言ったのだが、それでいいようで。
幸せそうに悲鳴を上げながらバタンと倒れた音を聞くと、さっさとその場から離れた。

歩き始めて数十秒。
銀時の肩は何かを堪えているかのように震えていた。
さっきまで後ろを歩いていた高杉が、今は銀時と並んで歩いている。微妙な距離感はあるものの、気持ちが悪くて死にそうだ。横を歩くなと叫びたい衝動を何度も呑み込み、銀時はちょっとでもずらそうと歩幅を変えた。
しかし、後ろを歩かれるのも嫌なのは銀時も同じなため、大きく変えることはできない。
さっちゃんの変な妄想のせいで……と銀時は舌打ちする。
気にしなければいいのだが、一度意識してしまえばそれは簡単に拭い去ることはできない。
いや、意識してないけど。
ないない、と銀時が首を左右に振っていると、すまいるに入っていく見慣れた後ろ姿を見つけた。

「おい、お妙……」

ヒュン、と風が横を通り過ぎた。銀時と高杉の間を。
銀時の頬にはピリリとした痛みが走り、高杉の黒髪が揺れた。

「なんだ、銀さんか」
「……いや、なんだじゃねーよ?いきなり拳が横通り過ぎたんだけど。俺何もしてないよね?」

あらごめんなさい〜とにこやかに笑う妙。銀時は、殺されるかと思ったと心臓をバクバクさせた。高杉がいるため顔には出さないが。
妙の顔は笑っているものの、不機嫌なのはすぐにわかった。
いざとなったら高杉を盾にしようそうしよう。

「……で、何怒ってんだお前は。何かあった?」
「ありましたよ。せっかく新ちゃんと神楽ちゃんと食事してたのに、突然お店から呼び出されて」
「あん?食事?」
「今月は少し余裕できたので、美味しいものをふたりに食べさせてあげようと思ったんです」
「……俺は?」
「え?」
「え?じゃないよ。俺だって腹ぺこだよ」
「……空腹なら銀さんも何か食べればいいじゃないですか」
「奢ってくれんの?なら高級肉のすき焼きを……」
「寝言でも許さねーぞクソ天パ」
「……本当にクソだな」
「口挟んでくんなボンボンが!」

振り返り睨みつけると、心底馬鹿にしているような高杉の表情で、ほんの少し冷静になった銀時の心の奥の方に恥の文字が浮かんだ。年下の女性に奢ってもらうことを気にする繊細さなど微塵もない男ではあるが、どうにも高杉の前だと弱味を見せているかのような気になる。

「というか、銀さんはこんな所で何してるんです。飲みに来たならドンペリお願いしますね。お友達の方も」
「友達じゃねーよこんなやつ。ドンペリも無理だ。あ、コイツなら何本でも頼んでくれるぜ。それより、浪人来てるはずなんだが、お前知らねえ?」
「浪人……?」

ピリッと空気が変わった。表情も変わった。

「銀さんのお友達だったんですか」
「イイエ。俺のお友達のお友達です」
「誰がテメーの友達だ殺すぞ」
「バカ、おま、合わせとけ!殺されんのお前の方だぞ!」

銀時は高杉の衿を掴むと、盾にするため妙に向かって突き出した。
高杉がたこ殴りにされるのを想像しつつ、静かに怒りを滲ませる妙の様子を窺う。怒りが爆発しそうな、しなさそうな、微妙なとこ。

「……ここにはもういませんよ」
「え?」

怒りを鎮めたのか、妙はフーと息を吐き出した。どことなく疲労が見える気がする。珍しいことに。

「私、ここのお店の用心棒みたいなこともしているから、迷惑な客が来ると時々呼び出しされるんです」
「ああ、それで……」
「今回は団体さんだったせいでお店の被害も結構……だったんですよ?」
「へ、へぇ……た、高杉君、弁償してあげなさい」
「あ?何で俺が……」
「私のこと、その歳でその体型は素晴らしい、とか……それでもう少し若ければ完璧、とか……!」
「あ、あ〜……ソイツ誰だかわかったわ……。ほ、ほら高杉君。あのロリコンの代わりに謝って!!」
「だから何で俺が……」

次には衝撃で脳が揺れた。
盾の意味がねェェェと叫ぶ間もなかった。
結局、妙の拳を回避することはできず、銀時と高杉は仲良く吹っ飛ばされた。
その際見た空には、ネオンに負けないほど星がキラキラと瞬いていて、今日はいい天気だと、こんな時でもどうでもいいことが頭を過ぎるものらしい。

「お友達は西郷さんのお店ですよ」

一部始終見ていたのだろう。そう教えてくれたのは、すっかり酔いが醒めてしまった様子の、すまいるの客らしき男性だった。

ボロボロの姿でたどり着いた先は、とてつもない化け物がいる場所であり、銀時にとってはあまり近づきたくない場所でもあった。
高杉のためにここまでしてやる必要あっただろうか。そもそもなぜ協力していたんだったか。考えるのも億劫になるほど疲れた。
店の中から聞こえるオカマたちのキャッキャした声に、銀時はため息を吐く。

「あらやだ、パー子。どうしたの、ため息なんてついて」
「テメーのアゴ見てたら気分悪くなった」
「あらやだ!」

あらやだあらやだと繰り返すアゴ美は、だいぶ酔っているようで道の真ん中で大きな笑い声をあげていた。
店から溢れ出すように転がっている浪人たちも酔いつぶれ、いびきで汚い合唱になっている。カエルの方がまだマシだ。
銀時の隣に立つ高杉は、ようやく会えた部下を前に沈黙。言葉が出ないようだ。
それもそうだろう、と銀時はまたため息を吐いた。
どいつもこいつも、ぐでんぐでんに酔っ払っており、高杉がいることにも気づいていなかった。中には誰かに殴られたような痣を作っている者もいて、それは妙がやったことだとは容易にわかることだった。店の奥で武市がたんこぶ作って倒れているし。

「まったく、お妙のやつ……とんでもない客押しつけてきたものね」

西郷がやれやれと首を左右に振った。
彼……いや、彼女の話だと、妙が自分では手に負えないと浪人たちをまとめて連れて来たらしい。
鬼兵隊などと名乗っている連中が、鬼と化したキャバ嬢に地獄に送られるとはとんだ笑い話だ。

「この色男……こいつらの上司だそうね」
「ああ……この酔っ払いどもを捜してたんだと」
「あら、そうなの。誘ったのに断られたって、あの女の子が泣いてたわよ」

と、西郷が指差す先には、倒れている武市に向かって延々と喋り続けているまた子。

「たまにはハメを外したいってみんなでかぶき町に来たそうね」
「……テロリストだよね?バカなの?」

今なら一網打尽じゃねーか。
ちらりと銀時は高杉を見ると、あれ、と首を傾げながら今度は顔を覗きこんだ。
その顔は、珍しいことに。

「……お前さァ、もしかして寂しくなっちゃった?そんで捜しに来たんじゃね?」
「何言ってんだテメーは。殺すぞ」
「あー、ハイハイ。殺してみろよ」

いつも涼しい顔をしている高杉が、嬉しそうな、どこかホッとしたような、そんな表情をしているように見えた。
馬鹿にして、笑うこともできた。だが、そんな気分にはなれなかった。そんな気分になれないのは。

「あれ、銀さん?」
「ホントだ。何やってるアルか銀ちゃん」

聞き慣れた声に振り返ると、自分も高杉と同じような顔にならないようキュッと僅かに引き締めた。

「新八……神楽……お前らこそこんな所で何やってんだ」
「私たち夕飯食べてきた帰りネ。アネゴがご馳走してくれたアル」
「神楽ちゃん、それ言ったら銀さんが拗ねるから……って、アレ!?高杉さん!?なんで……!」

オカマと高杉とその部下。本当に、なぜこんな状況になっているのやら。

「オイ、高杉。高級肉な。すき焼きだぞ」
「死ね天パ」
「見つけてやっただろーが」
「お前さっき俺を盾にしやがっただろ」
「盾の役割って何か知ってる?」
「テメーの妻を名乗る女にも吹っ飛ばされた」
「高杉君がひ弱なだけじゃないですか。妻じゃねーし俺関係ねーわ」

銀時は首を傾げる新八と神楽の背を押した。充分過ぎるほど役目は果たしたのだから、もうこれ以上ここにいる必要も、かかわる必要もない。
すき焼き肉な!と振り返ると、高杉は酔いつぶれている部下に何か話かけていた。

「銀さん、高杉さんと何してたんですか?」
「あ?あ〜……ひとりでポツンとしてんのが淋しかったんだろ。だから構ってやった……みたいな?」
「銀ちゃん……サビシンボーイだったアルか」
「サビシンボーイってお前……つか俺じゃなくて高杉がな」

もう一度振り返ると、高杉はオカマたちに襲われていた。新八と神楽が来るのがもう少し遅ければ、銀時もアレに巻き込まれていただろう。ゾッとしたが、高杉にとってはあの場に馴染むのにはいいのかもしれない。
結局、高杉が何を思っていたのか、奴の部下が何を思ってかぶき町に来たのか、本当のところはわからないまま。
わからないままでいい。理解してしまえば、きっと銀時にも言えてしまうことだろうから。


後日、宇宙から届いた荷物を開けると、箱にギッシリと肉が詰められていた。
まさか本当に。
銀時が顔を輝かせる。

「ってこれ豚肉じゃねーか!しかも安いやつ!!消費期限昨日だしィ!」
「やったアル!お肉キャッホーイ!」
「安い豚肉だって買えないんですから、文句言わないでくださいよ銀さん」
「いやいや、全部肉かと思ったら……!見ろ、下はヤクルトだぞ!ふざけんなよアイツ!!」
「ヤクルト美味しいヨ」
「もう飲んでるし!」

次会ったら、この怒りをぶつけてやろうと心に誓った。
でももし、もし、今度は連中全員で酒盛りしていたとしたら。その時は、一度くらいは見逃してやってもいいかもしれない。


end

ゆいち様お誕生日おめでとうございました!
だいぶ遅くなって申し訳ありませんです……!
銀高じゃないですねコレ。
かぶき町メンバーと高杉の絡みを書きたかったんですけど……違う……こうじゃない感……!絡んでんの銀さんだし……!
こんなんなってしまいましたが、楽しめたでしょうか……。
愛とおめでとうの気持ちはいっぱい詰めました!
少しでもゆいちさんのお心が軽くなることを願っております!

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