理想の関係だけど

ドタバタと廊下を走る足音が響いた。
一緒に聞こえてくる切羽詰まったような声に、笑ってはいけないと思いつつも頬はゆるむ。
ガラリ、開くドア。

「セーフ!?」

ぜぇぜぇと息を切らせる親友のまるちゃんに、大丈夫だよと微笑んだ。

「良かった〜……」
「ギリギリだったね、まるちゃん」
「うん……今朝はついに寝坊の新記録を出しちゃったよ……」
「あはは」

相変わらず面白いことを言うなぁ、と笑うけれど、笑っている場合ではない。
何せ、疲れているとはいえ、女の子としていかがなものかという顔をしているのだから。
男子のからかう声も、彼女は気にもとめない。
寝癖もすごい事になっているが、寝癖よりも朝食を抜きにした事の方が彼女にとっては大問題なようで。
お腹すいた〜と教室の天井を仰ぎ見た。

「お前、ぶっさいくな顔してんな」
「あ、大野くん」
「もうちょっとシャキッとしろよ。だらしないぞ」
「私はこれが常なんですー」

ふん、とふんぞり返る彼女は別に開き直っているわけではなく、本当に女の子としての意識が少し欠けているのだ。……少し…………。
でも、さすがに彼氏の前でこれは私なら見せられないよ、まるちゃん……!
内心ヒヤヒヤものだが、大野くんはブサイクブサイクと笑ってはいても、幻滅するような事はないらしい。
うーん……これが恋は盲目?
改めて、この二人が付き合ってる事が不思議に思えてきた。
って、まるちゃんに失礼だけど。

「少しは穂波を見習えよ」
「え!?」
「うん?何で穂波がそんな驚くんだ?俺、変な事言った?」
「ううん……そうじゃないけど……」
「ちょいと大野くん。私のたまちゃんにナンパはやめとくれよ」
「何でそうなる」

アハハ……と苦笑すると、後ろからガタンと音が響いた。

「おい大野!穂波にナンパってどういう事だ!」
「杉山君……地獄耳……愛されてんねぇ、たまちゃん」
「そ、そうかな……」

だいぶ離れた所にいたのに、よく聞こえたなぁ。
何でもないからと手を振れば、杉山君はホッとしたように手を振り返してくれる。
愛されてる。のかな。
ほんのり胸が温かくなった。
何でそうなる、と釈然としない様子の大野君をちらりと一瞥し、そろそろ先生が来るからと席に戻る。
またちらり、まるちゃんと大野君の方を見る。
二人は一言二言話すと、大野君も自分の席へと戻っていった。


****


「え、どこって?」
「うん」

昼休み。お弁当を食べ終わった人たちが教室から出て行く音を聞きながら、じっと大野君の目を見つめた。
ん〜、と唸る大野君は二個目のパンの袋を開ける。

「何でそんな事聞くんだ?」
「聞いたことなかったなって思って」
「今更だな……。さくらのどこが好きか、なんてさ」
「大野君見てれば、まるちゃんのこと好きなの伝わるけど、具体的にどこが好きなんだろうなって」
「じゃあ、穂波は杉山のどこが好きなんだ?」
「え!?」

ドキリ、心臓が跳ねた。
好きなとこなんて。沢山ありすぎる……!とは、恥ずかしくて言えない。
プッと、大野君が吹き出した。

「悪い。質問に質問で返すのはずるいよな」
「あ……えっと……」
「いいって。まあ、どこって言われても全部って答えるしかねーけど」
「全部?」
「ん。アイツのいいとこ悪いとこ、全部ひっくるめてアイツだろ」

恋は盲目、というけれど。
大野君の場合は少し違うように思えた。
懐が深いのだろう。
どんな事でも受け止める心を持っているから、だから全部と答えた。
悪いとこは悪いと、ちゃんと目に入って理解している。
それは、凄い事。

「……まるちゃんって、あまり気にしないでしょ?」
「うん?」
「好きな人の前では、よく見られたいって気持ち……普通はあるはずの気持ちなのに、いつも自然で……だから羨ましいなって。私……ダラダラしてる姿とか、杉山君に見せられないもの」

嫌われたらどうしよう。
そういう気持ちがどうしてもある。
きっと、嫌なとこや汚いとこも全部見せて、理解しあえるのが理想の恋人同士なんだろう。
大野君とまるちゃん見てるといつも思うことだ。

「……穂波はさ、もっと自信持っていいと思うぜ」
「そう、かな……」
「あんだけ愛されてんのに、不安になるんだな」
「……面倒くさい、って思った?」
「ん?いや?」
「本当に?」
「思ってないって。……ああ、確かに他の女子なら面倒だと思ったかもしれないな。でも、穂波の事はちゃんと知ってるから。そう思わないよ。それが、理解するって事だろ?杉山も同じだぜ」
「あ……」

そうか。
スッと、胸に引っかかっていた物がとれたような気がした。

「ありがとう、大野君」
「おう。悩みが解決したならよかったよ。でも、お前からもさくらに言っとけ。もう少し女だってこと自覚しろって」
「あはは。自覚したら、まるちゃんモテちゃうかもよ」
「ん、それは困る」

大野君は眉をひそめた。
本当にまるちゃんのこと、好きなんだなぁ……。
大事に思っている事がわかると、自分の事のように嬉しい。

「あれ。大野君、たまちゃん。何話してんの?」
「あ、まるちゃん。杉山君も」
「おい大野……また穂波にナンパか。いくらお前でも許さん」
「バカ言うな。穂波が俺にナンパしてきたんだよ」
「それこそバカな話だ。俺の穂波がお前になんかナンパするわけねーだろ」
「…………」
「……杉山君……アンタって人は……」

ああ……まるちゃんが若干引いている……!
だからといって、まるちゃんが杉山君を嫌うはずがないのだ。
つまり、そういう事で。
嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。

「あ、あの、杉山君……」
「ん?どうした穂波」
「もし、私がジャージ姿とかでダラダラ〜っとしてたら……どう思う?」
「ジャージ姿でダラダラ?さくらみたいにか?」
「ちょっと、それどういう意味よ杉山君」

ブフッ、と大野君が吹き出した。
それに対して怒るまるちゃんと、笑う大野君のじゃれあいは微笑ましくて。
こんな風になれたら。うん、理想だ。
顔色を窺うように杉山君を見つめれば、ジャージ姿でダラダラを想像しているのか、ブツブツと呟いている。
ドキドキと鼓動が速くなった。

「……いいな」
「え?」
「うん、いい。さくらだと下品だが、穂波だと色っぽくていい!」
「杉山君!?いい加減怒るよ!?アンタ私を何だと思ってんのさ!ちょっと大野君!彼女がひどい事言われてんのに黙ってる気!?」
「事実だしな」
「何をー!」

憤慨するまるちゃんと、声をあげて笑う杉山君。
うーん……これは……。

「アイツの場合、まさに恋は盲目だな」
「…………うん……」

大野君の言葉に頷いた。
理想は、まるちゃんと大野君のような関係だけど。
でも。

「……じゃあ……今度一緒にダラダラする……?」
「……!ほ、穂波……!」
「たまちゃん気をつけて!杉山君は危険だよー!」
「余計なこと言うなさくら!」
「余計ってアンタ……やっぱりそういうつもりで!?」

理想は、必ずしもではない。
それぞれ形が違うのだから、自分たちに合った関係を築いていけばいいのだ。
どんな形になるかは、まだ全然見えないけれど。
色んな面を知って、理解していこう。
きっと、それが一番大切な事だと思うから。


end


昔書いた大まる杉たまを、記憶を頼りに書き起こした話!
大野君とたまちゃんの話みたいになりましたが。
大まるは熟年っぽく、杉たまはほのぼのが基本なんですが、この杉山君はなんかチャラいな!(笑)
でも杉山君は成長するとこういう部分ありそうな気がする。硬派でも良いのですけどね。
お粗末さまでした!

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