幸せのかたち

「そういや、お前さ……」
「あ?」

ふと思い出したように顔を上げた古市は、漫画を読んでいる男鹿を見た。
男鹿はペラペラとページを捲りながら、お菓子に手を伸ばす。
ベル坊が不思議そうに首を傾げた。

「ヒルダさんだよ」
「だよって何だよ」
「だから、ちゃんと伝えたのかって」
「あー?伝えるって何を」
「好き、とか……?」
「何で疑問系?つか、何意味わかんねーこと言ってんだよ」

いやいやいや。あー……。
古市は意味のない言葉を吐きながら、こめかみに指を当て思案する。

「オレの言い方が悪かった。好きって、別にそういう意味じゃなくてさ。いや、そういう意味でもいいと思うけど」
「何言ってんのお前?」
「んー、だから……ヒルダさんって、もうお前の家族みたいなもんだろ?そういう繋がりっていうか……」
「ベル坊の母親代わりって事なら前から言ってっけど」

うん、そうだね。でもそうじゃなくて。
古市は腕を組み唸った。
何と言えば通じるのだろう。
母親代わりというのは他人と同じだ。
代わり、ではなく何かもっと別の形を与えてやってほしいと思う。
母親代わりが悪いわけではない。むしろ、ヒルダにとってはこれ以上ない言葉かもしれない。
けれど、ベル坊にはちゃんと母親という存在はいるのだ。
どうしたって、ベル坊の母親にはなれない。
それは男鹿も一緒ではあるが、ベル坊は男鹿を父親だと思っているし、男鹿も自分が父親だと言う。

「……ヒルダさんは自分を母親だとは思えないだろ……」

代わりですらないと、思っているのかもしれない。
そんな一線を引いた中での暮らしに、男鹿はどうとも思わないのだろうか。

「ヒルダさんの幸せそうな顔見たいんだよなぁ……」
「ベル坊といれば幸せだろ、アイツは」
「そうだけどさ……」

それ以外の幸せがあったっていいだろう。
いずれはベル坊も立派な魔王になるのだ。
一生涯尽くすなど、成長したベル坊が喜ぶだろうか。
自分の幸せを考えて欲しいと願うのではないだろうか。
とても優しい魔王だから。

「ベル坊……」
「アイ?」
「お前はヒルダさんの幸せって、何だと思う?」

ぱちくり、ベル坊の目が瞬く。
赤ん坊には難しい質問だったか。

「オイ、キモ市。坊っちゃまに汚らわしい顔を近づけるな」
「どわっ!ヒルダさん!?い、いつの間に……!」

毎回突然現れるヒルダは、古市からベル坊を引き離すとほ乳瓶を取り出した。
ああ、食事の時間か。古市は時計に目を移す。

「ヒルダー」

漫画に視線を向けたまま、男鹿はヒルダを呼ぶ。

「好きだ、愛してるぞー」

こ、こいつ……!
古市はあんぐり口を開けた。
真顔、棒読みで適当に言いやがった……!
こんな愛情のこもってない愛してるがあるか。
憤りを覚える古市だが、男鹿に言ったところで理解などできないだろう。
ヒルダを見れば、何か変なもん食ったのかコイツと聞いてくるのだから、この二人の関係性が淡白なのは明らか。
はあ、と思わず大きなため息が出た。

「ダ」

くいくいと、ベル坊がヒルダの服を引っ張った。
そのまま男鹿の方まで行くと、ベル坊はヒルダの服を掴んだまま寝転がる男鹿の脚に背中を預けた。
満足そうに、笑う。
そんなベル坊の表情に、ヒルダも柔らかい微笑を浮かべる。
古市もこっそり笑った。
今はまだ、あのままでいいのかもしれない。
慌てなくとも、家族の輪を大切にしているから。

(しかし……むしろベル坊が苦労しそうだな……あの二人の絶妙な距離感のモヤモヤは近しい奴でなければ分かるまい……)


end


近い将来、もうお前らくっつけよ!と言うベル坊が見れるかもなぁ……という古市の話。
お粗末さまでした!

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