どちらも同じ君だから

グーグーガーガー、いびきが響く真夜中。

「……さん……!」

女の焦った声がする。
男鹿は少しだけ意識を浮上させたが、すぐにまた落ちていく。
身体を揺すられるが、寝返りをうち眠りにしがみついた。

「たつみさん……!」

女の声。
たつみさん、って誰のことだ。
オレか。

「は!?」

ガバッと、勢いよく身体を起こした。

「たつみさん……!」
「……ひ、ヒル、ダ……」

目を潤ませたヒルダが嬉しそうに頬を染めた。
たつみさんと呼ぶ声音、表情、しぐさ。
間違いない。
記憶喪失になったヒルダの人格だ。
何で、と男鹿は戸惑うが、ヒルダの方が困惑しているように見えた。
男鹿はゆっくりとヒルダに手を伸ばし、その肩に触れる。

「お前……ベル坊とキスした?」

ふるふる、ヒルダは首を横に振った。
涙目でそういうしぐさをされると、苛めているような気分になる。
男鹿は気まずそうに、ヒルダの肩に置いていた手を後頭部に回した。
男鹿の隣には、スヤスヤ眠るベル坊。

「何でお前、その、出てきた……んだ……?」
「わかりません。気づいたら……」
「気づいたら……」
「ご、ごめんなさい!すぐ戻ります!」
「あ、オイ!」

ヒルダは眠っているベル坊を起こさないように抱き上げると、男鹿の制止を無視して唇を合わせた。

「ヒルダ……?」
「……た、たつみさん……!」

ほろほろと涙を流すヒルダ。
まさか、戻れないのか。
男鹿の頬を汗が伝う。

「ごめんなさい、私……!」

ヒルダの目から涙が零れ落ち、シーツを濡らした。
何で泣いているのか。
男鹿は俯くヒルダの髪を耳にかけ、そっと顔を上げさせた。
綺麗な翡翠が揺れる。

「原因はわかんねーけど、せっかく出てきたんだ。笑えよ」
「たつみさん……迷惑じゃないですか……?」
「んなわけねーだろ。そんな事思って泣いてんのか?」
「…………」

ふわり、男鹿の手にヒルダの手が重ねられる。
柔らかな感触にドキリとした。

「ありがとうございます……たつみさん」

ああ、ちくしょー。
男鹿は眉間に力を入れる。
もともとヒルダの泣き顔と笑顔には弱い。
泣き顔は普段のヒルダでは見られないものだが、今のヒルダもヒルダに変わりない。
笑顔も、普段のものと少し違うが、これもヒルダの笑顔なのだ。
涙を浮かべて優しく微笑む表情が、たまらなく愛しい。
男鹿はヒルダの手を握ると、抱き寄せた。

「た、たつみさ……!」

顎を掬い唇を重ねる。
こっちのヒルダとキスをするのは初めてだ。
強張る身体を撫で、角度を変え何度も口づけを交わす。

「ん……ぅ……」

苦しげなヒルダの声が漏れ、男鹿は唇を離した。
乱れる呼吸を整えようとするヒルダは艶やかで、男鹿は思わず喉を鳴らす。

「ヒルダ……嫌ならそう言っていいぞ」
「……どう、してですか……?夫婦なんですから……私は……う、嬉しい……です……」

ぼっと火を噴くように顔を真っ赤に染めた。
男鹿は微笑し、まだ呼吸の整わないヒルダの口を再び塞いだ。
酸素を求め開いた隙間から舌をいれる。
驚いて引っ込めようとするヒルダのを絡め取り、緊張し出した身体の力を抜こうと白いうなじに指を這わせた。
ヒルダの身体は震え、男鹿にもたれかかる。
男鹿は込み上げる熱を感じながら、うなじに這わせていた指をゆっくりと鎖骨へ移動させた。
さらに下へと向かう男鹿の手を、ヒルダは止めた。
力強く。

「……おい……ヒル……」
「貴様、非力な私に何をするつもりだ」
「……あれ、戻ってる?」
「あれ、ではない。見損なったぞ男鹿。もうひとりの私に欲情するなど」
「いや、お前はお前だろ」

強気な瞳に睨まれる。
ホッとしたような、残念なような。
何で戻ったのかはわからないが、ヒルダはヒルダだ。変わりない。
男鹿はニヤリと笑うと、ヒルダを押し倒し鎖骨に吸いつく。

「男鹿、貴様話を聞いているのか!」
「静かにしろよ、ベル坊が起きちまうだろ」
「はなせ……!」
「無理」

抵抗するヒルダを押さえつけ、呼吸を奪う。
舌を入れれば、先ほどとは違い自分から絡めてきた。
互いの唾液が混ざり、ヒルダの唇の端から肌を伝う。
男鹿はそっと指で拭った。

「これ以上はさすがにマズいな……。ベル坊がいるし……何よりオレがヤベー」
「なら放せ」
「それは無理。今日はオレの腕の中で寝てもらうぜ」
「イヤだ」
「何でだよ。そもそも、お前がオレの眠りを妨げたんだからな。抱き枕にでもなってもらわねーと」

そんな事は知らん。
ヒルダはフイと顔を背ける。
しかし、もう抵抗する気はないらしい。
男鹿はゴロンとヒルダの横に寝ころび、ぎゅっと抱きしめる。
目を閉じると、不思議とすぐに眠気はやってきた。
男鹿はヒルダの髪に鼻を埋め、そのまま夢の中へと落ちていった。


end


人格が入れ替わった訳も入れようと思ってたけど、珍しく、ただイチャイチャさせたかっただけの話なので割愛。
お粗末さまでした!


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -