ここから

※学パロ


ワー、と歓声が聞こえた。
思わずちらり。
――あ、彼が決めたんだ。
くすりとカスミは小さく笑った。
金曜日、午前最後の授業。
窓際の席から校庭を眺める時間になっていた。
カスミのクラスは日本史だ。
黒板の文字をノートに書くだけの授業。

「……楽しそう…………」

ポツリと呟く。
今日の体育の授業はサッカーのようで、男子は笑い声を響かせながらボールを追いかけていた。
いつもその中心にいる彼の名はサトシ。
名前を知っているだけの同級生だ。
話した事はない。
いつも人の中心にいるような人気者で、気づけば目は彼を追っていて、いつの間にか淡い恋心。
よく知りもしない人を好きになるなんて、バカみたい。
そう思っても、傾きかけた気持ちはもう戻せなかった。
カスミはきゅっと両手を握る。
ゴールを決めたらしいサトシは、クラスメートたちに肩を組まれ揉みくちゃにされていた。
かっこいいなぁ……なんて乙女のため息。
甘い胸の高鳴りが苦しくて切なくて、嬉しい。

「じゃあ、今日はここまでー」

先生がチョークを置いたと同時にチャイムが鳴った。
ガタガタと席を立つ者、伸びをする者、机に突っ伏す者。
共通するのは、やっと終わったという解放感だった。
カスミは教科書とノートをしまいながらも、目は校庭に向けたまま。
その姿が見えなくなるまで見つめて、弁当箱を取り出して立ち上がった。

「カスミー!はやくはやくー!」
「うん」

お腹すいたー、と大きい声を出すハルカのもとまで小走りで駆けた。


****


「カスミさー、さっきの授業ずっと見てたでしょ」
「え?」

ドキッ。カスミの胸が音を立てた。
玉子焼きをパクリと頬張ったハルカは、ニヤニヤと笑っている。
なんのこと?と誤魔化そうとするも、どうやらバレバレなようで。

「恋する乙女の顔してたよ」

こう言われてしまっては、隠す事などできなかった。
そんなに顔に出ていたのかと思うと、妙に恥ずかしい。
カスミは紙パックのお茶をズズッと吸った。

「で、誰なの?」
「だ……誰って……」
「教えてよ、誰にも言わないから」
「……えっと……その……」
「うんうん」
「さ……サト……シ……くん……」

ハルカはキラキラと輝かせていた目を、ぱちくりと瞬かせた。
あー、なるほどねー。ハルカは苦笑する。
カスミもつられて苦笑い。
だってしょうがない。
サトシは見た目がすごくかっこいいというわけではないが、人を惹きつけるものを持っている。
よくサトシと一緒にいるシゲルがイケメンなため、女子の目はそちらに向いているけれど、サトシの内面を知った女子はだいたい彼に惚れてしまうのだ。
人気者に恋をした。
これがどういう事かわからないわけがない。
彼とは話をした事もないのだから。

「話しかけてみれば?」
「無理よ……」
「だって、彼モテるじゃない。今は彼女いないみたいだけど、いつ出来てもおかしくないわ」
「そうね」
「そうねって……」

きっかけがあれば、話してみたいとは思う。
でも、無理やり作ってまで彼と関わりをもちたいわけではない。
サトシが好き。
というには、まだ小さい恋心。
いっそ、大きくなる前に誰かと付き合ってくれればいいのに。
そう思ってしまう自分がいて、けれどそれを考えると少しの胸の痛み。

「片想い楽しめれば……いいかな……」
「恋に恋する、みたいな感じ?」
「どうかしら……そこまでは……でも、やっぱり話しかけるなんて出来ないから、結局見てるだけなのよね」

考えたって、意味がない。
行動を起こすつもりがないのだから。

「ごめん!誰か英語の辞書持ってない!?」

ガラリと教室のドアが開いて、息も切れ切れでクラスを見回すその人。
サトシだった。
ドクン、と大きく脈打つ。

「何だよサトシ、忘れたのか?」
「そうなんだよ。英語あるのも忘れてて……持ってない?」
「残念。もう別のヤツに貸しちゃったんだよな〜」
「えぇ、じゃあ……他に誰か持ってるやつは……!?」
「オレら今日英語ないし……誰か持ってっかな……。あ、カスミ」

ドキッ。
クラスメートに名前を呼ばれ、恐る恐る顔を向ける。

「確かお前、英語の辞書持ってたよな?」
「う、うん……」
「ならさ、この忘れっぽいサトシ君に貸してやってくんね?」

サトシと目が合い、痛いほど胸が締めつけられた。
ど、どうしよう。
言葉が出てこない。

「ほら、カスミ!」

バン、とハルカに背中を叩かれ慌てて立ち上がった。
にこっとサトシに微笑まれて、顔から湯気が出そうだ。
熱くなった顔を背けて、自分の席へ辞書を取りに行く。
どうしよう。
まさかこんな事になるなんて。
震える手で辞書を持ち、サトシの方へ身体を向ける。
ばちん、と目が合って、心臓が射抜かれたように痛んで。
俯いて、早足。
顔を伏せたまま、辞書を勢いよく差し出した。
距離近いよどうしよう……!
頑張れ、とハルカの小声の応援が聞こえる。

「ありがとう」
「い、いえ……」

ありがとう、と。
自分に向けられた言葉。
嬉しすぎて、どうにかなりそうで。
顔が上げられない。

「今日中に返せばいいかな?」
「う、うん……!」
「ん。じゃあ放課後返しに来るから……えーと、サクラ?」
「え」

思わず顔を上げる。
ニッ、と笑うサトシ。

「冗談。カスミ、だろ?今アイツがそう呼んだし」
「あ……うん……」
「でも、この辞書にはサクラって書いてあるけど」
「そ、それ、お姉ちゃんので……!」
「ああ、なるほど」

お姉さんいるんだ。
サトシは笑った。
いつも楽しそうに笑うあの笑顔。
カスミの姉さん美人なんだよなー、というクラスメートの声が右から左へと流れる。
自分の鼓動の音が、しっかりと感じ取れるくらい激しく鳴っていた。

「じゃ、借りるな」

こくん、と頷くしかできない。
小さいと思っていた恋心は、どうしようもないほど膨れ上がって。

「放課後にまた、な。カスミ」

眩しいくらいの笑顔で名前を呼んでくれた。
関わりを、持ってしまった。

「やったわねカスミ……!すごいドキドキかも!」
「……あ、あたし……や、やばいかも……!」
「かも、じゃないでしょ。ヤバいわ、今のカスミの顔……乙女過ぎよ!」
「…………っ!」

興奮するハルカの肩に顔を埋めた。
放課後、どんな顔すればいいのよ……!
緊張で変な子だと思われないようにしなきゃ。
呟くと、立派に恋してるのねとハルカは笑った。


end


乙女なカスミさん。
書いててちょっと恥ずかしかった(笑)
たまには、こんなのもいいかな。なんて……。
お粗末さまでした!

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