瞳からは逃げられない

どうしたものか。
シンジはふうと息を吐いた。
まさか野生のポケモンに懐かれるなんて。
足元にすり寄ってくるマリルを、シンジは何度も逃がそうとした。
しかし、マリルは中々離れようとしない。
思わず額に手を当てたその時、

「一番乗り!」

突然、誰かが現れた。
同じ歳くらいの少女だ。
少女もシンジに気づき、あら、と首を傾げた。

「おい、カスミ!待てって!」
「水辺のポケモンのことになると相変わらずだな」
「ピカチュピー」

続いて聞き覚えのある声。

「ん?あ、シンジ!」
「おお、久しぶりだなシンジ。お前も水タイプのポケモンをゲットしにきたのか?」
「え、サトシとタケシの知り合いなの?」

サトシとタケシ、そしてピカチュウ。
見知った顔と、知らない顔。
知っているはずのもう一人の少女はいない。

「今まで一緒に旅してきた仲間で集まったんだよ。ヒカリはハルカとアイリスと買い物行くって」
「それにデントが荷物持ちで連れていかれたんだよなー」

聞いてもいないのに説明してくれたタケシと、気の毒だよなと笑うサトシ。
シンジは適当にそうかと言うと、オレンジ髪の少女に目を移した。
女子は買い物。

「何よ、その顔。言っとくけど、あたしもみんなと買い物したかったんだから。でも、それより……あたしは水タイプのポケモンに目がないの!」
「カスミはここら辺が水タイプの生息地って聞いて、すっ飛んできたんだよな」
「オレとタケシはカスミについてきたんだよ。このメンバーで行動するの懐かしいな〜」

タケシとサトシの言葉を聞き流したシンジは、ほうと笑った。
水タイプに目がない。
ということは、彼女は水タイプの使い手だろう。

「それ、あなたのマリル?」

カスミは目を輝かせながら、シンジの足元にいるマリルを指差した。

「シンジ、ゲットしたのか?」
「いや、このマリルはゲットしない」
「どうして?あなたに懐いてるじゃない」
「懐いてる懐いてないは関係ない。欲しいならお前にやる」

シンジがそう言うと、カスミはムッと眉を寄せた。
何か気にくわなかったらしい。
だが、それはシンジにはどうでもいいことだ。
むしろ、カスミにゲットしてもらった方が助かる。

「それよりシンジ、オレと久しぶりにバトルしようぜ!」

サトシは拳を握り、ぐっとシンジに詰め寄った。
ピカチュウも拳を握る。
バトル。
そう言えば、あのリーグ戦が最後のバトルだった。
負けたままではいられない。
シンジはフと頬を緩めた。
いいだろう。
口を開いた瞬間、

「ちょーっと待ったー!」

カスミがサトシとシンジの間に割って入った。

「先にあたしと勝負よ!サトシはそのあとにして!」
「はあ?何勝手言ってんだカスミ!オレが先にシンジを誘ったんだぞ!」
「レディファーストでしょ!」
「どこにレディ?」
「あんたの目の前よ!」

ギャーギャー、サトシとカスミはケンカを始めた。
何だこいつら。
シンジは顔をしかめる。
スッと、タケシが隣に立った。

「ハハッ。あの二人はいつもあんな感じだよ。懐かしいなぁ……。あれで仲は良いんだ、ケンカもすぐ終わるよ」
「……痴話喧嘩か?」
「痴話喧嘩じゃない!」
「痴話喧嘩じゃないわよ!」
「…………」

タケシの笑い声が響いた。

「それよりお前」
「お前ってあたしのこと?あたしにはカスミって名前があるの。ちゃんと名前で呼びなさい、シンジ」
「そうか。それじゃカスミ」
「なにぃ……!シンジがカスミの名を呼んだだと……!ひどいぜシンジ……!オレの名前は呼んでくれないくせに……!」
「気色悪い言い方するな」

話が進まんと、シンジは駆け寄ってくるサトシを一蹴。
改めてカスミに向き直った。

「水タイプの使い手のようだが、コーディネーターか?」
「コーディネーター?あたしは違うわよ。これでもジムリーダーだもの」
「……!ジムリーダー……!?」

ええ、とカスミは頷いた。
それは予想外で、シンジは目を丸くさせた。

「カントーハナダシティ、ハナダジムのジムリーダーにして、世界の美少女おてんば人魚カスミちゃん!夢は水ポケモンマスターよ、覚えておいてね」
「……ハナダジム……?」

ぴくりと、シンジの眉が跳ねる。
ジムリーダーと聞いて興味がわいたが、まさかハナダジムとは。
一気にシンジの機嫌が悪くなる。
どうした、とタケシが首を傾げた。

「あのふざけたジムのジムリーダーじゃ、実力も大した事ないな」
「……何ですって?」

場の空気は一気に冷え込んだ。
シンジの足にすり寄っていたマリルが、思わずタケシの方へ逃げてしまうほど。

「そういえばシンジはカントーを旅してたんだったか……。もしかして、ハナダジムにも?」
「ああ。バトルもしないでバッジを渡そうとするだけじゃなく、水中ショーで忙しいと言っていた。あんなふざけたジム、俺は認めない」
「……以前、あたしが留守の間に来たトレーナーで、すごい怒って帰った人がいたってお姉ちゃんが言ってたわ。多分、あなたのことね」

カスミは俯き、モンスターボールをぎゅっと握る。
ピリピリ、空気が痛い気がして、タケシはマリルを抱き上げそっと距離をとった。

「お姉ちゃんたちのあなたに対する態度は謝るわ。でも、ジムを否定することは許さない」
「フン、ジムリーダーも水中ショーに参加すると言っていたが。遊び半分の気持ちでやってるんじゃないのか」
「水中ショーは仕方なくよ!あたしはジムリーダーであること、誇りに思ってるもの!言っとくけど、あたし強いんだから!」

ほう、とシンジは口元を歪めた。
そこまで言うからには、余程の自信があるのか。
はたまた、ただ馬鹿にされた怒りからか。

「そうだぞシンジ!カスミは強いぜ!」
「……お前、どっから……」

突然横からサトシが割って入る。
何だかんだと言っているが、それよりも。
シンジはサトシの抱えているものに、思わずたじろいだ。
ヤドンだ。
マリルに懐かれてから、ずっとこちらを凝視していたヤドン。

「おい……そのヤドン……」
「ん?ああ、何かそこでじっとシンジのこと見てたからさ。こいつもシンジに懐いてるんじゃないか?」
「いや、それはない」
「何か全力で否定してないか……?まあ、確かに今はタケシの方見てるな」

シンジは振り返る。
タケシがマリルを抱きかかえ、首を傾げていた。

「ふーん。なるほどね。あのマリルが好きなんだ」
「え?どういうことだよ、カスミ」
「相変わらず鈍感ね。お子ちゃまなんだから……」
「何だよ」

サトシは眉を寄せると、ヤドンを地面に降ろした。
のそり、のそり。
ヤドンはゆっくりとタケシの方に向かう。
マリルが嫌そうに顔をしかめた。

「それより二人とも、バトルどうすんだ?」
「もちろんやるわよ!」
「カスミはやる気だなぁ……。シンジ、カスミは本当に強いぜ。な、ピカチュウ」
「ピカチュ!」

サトシの足元にいたピカチュウが手を伸ばし、同意する。
シンジは興味を惹かれた。
このピカチュウが、強いと言うなら。

「ピカチュウもバトルしたことあるのか?」
「ピッカ!……ピカ?ピ……?」

一度嬉しそうに頷いたが、すぐに、あれ?と首を左右に傾け考え込む。

「おいおい。ピカチュウ、カスミとバトルしたことあるだろ。えっと確か…………」

ん?とサトシも首を傾げた。

「最初のバトルはジム戦で戦意喪失……だったっけ……?」
「戦意喪失?」
「いや、カスミに情が移ってバトルしたくないとかって…………あれ、そのあとはトゲピー出されてやっぱり戦意喪失…………?」
「…………」

何を言っているのかわからないが、とりあえず、サトシもピカチュウも強いと言うからには相応の実力をカスミは持っているのだろう。
以前一緒に旅をしていたのなら、電気技対策も抜かりないはず。

「いいだろう。一度はハナダジムに行ったわけだしな」
「ええ。お互いスッキリさせましょう」

シンジはモンスターボールを握る。

「リル!」
「……マリル……!?」

シンジの前にマリルが立った。
軽快にステップを踏み、真っ直ぐカスミを見ている。
まさか、バトルするつもりか。
マリルはシンジを振り向き、リル!と力強く頷いた。
くすり、カスミは笑う。

「やっぱりすごい懐いてるじゃない。ゲットすれば?」
「笑えない冗談を……」

ハッとした。
ゆっくりとシンジは後ろを向く。
タケシの横で、ヤドンがじっとこちらを凝視していた。
ぞわり。

「マリルでバトルしてみればいいじゃない。こんなに懐いてるんだもの。きっとシンジの期待に応えてくれるわ」
「ちょっと待て……」
「行くのよ!マイステ……」

シンジの制止はカスミには届かず、ボールを放り投げる。
しかし、ポケモンは別の所から飛び出した。
カスミの膝が崩れる。

「……もう!コダック〜!!」

飛び出してきたコダックは、間を置いて首を傾げた。

「もうアンタでいいわ……。あっちよ、あっち」

カスミは諦めたように、シンジを指差した。
ゆっくり、コダックは体を向ける。
シンジの頬を汗が伝った。
何を考えているのか、まったくわからないあの顔。
正面にはコダック、後ろにはヤドン。やる気のマリル。
フ……。
シンジは笑った。
スタスタとサトシの所へ歩み、その肩をポンと叩く。

「バトルだったな。エレキブルとピカチュウで電気技対決でどうだ?」
「え」
「ちょっとシンジ!何よそれー!」

カスミの言葉は聞こえないと、戸惑うサトシの肩を掴む手に力を入れ凄んだ。
今はただ、この状況から。

「ハハッ。シンジでも逃げることあるんだな」

タケシの笑い声もカスミの叫びも、シンジは耳を塞いで聞こえないフリをした。


end

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