離れていた分

パンパン、と花火があがった。
賑わいと熱気に包まれるこの感覚。

「いいよなー!この感じ!」
「ピカチュウ」

くーっと、サトシ拳を震わせた。
肩に乗ったピカチュウが同意するように頷き目を輝かせる。
山を越えて辿り着いた町では、ちょうど祭りの真っ最中。
屋台が所狭しと並び、人々が溢れかえっていた。

「あ、見ろよカスミ!あれって……あ、そうだった」

指を差して振り返るも、そこにいつもの笑顔はない。
今いないんだったと苦笑すると、ピカチュウが耳を垂らした。

「まあ、時間ならたっぷりあるし、あとでカスミとも一緒に回れるさ」
「ああ、そうだな!」

ほいとサトシに焼きそばを差し出したタケシが微笑する。
目線を向ける先。サトシもその先を見つめる。
祭り会場の一番奥に設置された舞台。
そこには、ポケモンバトル大会と書かれた看板が掲げられていた。
今年は水タイプ!と添えられている言葉通り、水タイプポケモンのバトル大会だ。
毎年決められたタイプのポケモンバトルを行うのがこの町の祭りらしい。
当然、それを知ったカスミが出場しないわけがない。

「オレも出たかったなー……」
「サトシは仕方ないだろ。今手持ちのポケモンで戦える水ポケモンいないんだし」
「うん……残念だけど仕方ないよなぁ……」

山を越える途中に出会ったポケモントレーナーとのバトル。
そこで手持ちのポケモンはみな体力を使い切ってしまった。
大会の受付時間もギリギリで、オーキド研究所からポケモンを転送してもらうには、時間が足りなかった。
大会に出場できないのは残念ではあるけれど。
タケシがポンとサトシの肩を叩いた。

「カスミの応援、しっかりしなきゃな」
「ああ!カスミなら優勝間違いなしだぜ!」
「ピカ!」

大会が始まるまであと一時間。
カスミは作戦でも練っているだろうか。
楽しみだな、と呟くとピカチュウもコクリと大きく頷いた。

「ねえ、君」
「ん?」

不意に声をかけられ、サトシ振り返る。
ポケモントレーナーだろうか。
様々なポケモンを連れた数人が、じっとサトシを見ている。

「何か用か?」
「ああ、今さ、カスミって言ったよな?それって、もしかしてハナダジムの?」
「え?ああ、そうだけど……」
「本当!?」
「だから言ったじゃん!見かけたって!」
「本物とは思わないだろ普通」

わいわいしだしたトレーナーたちを、何だ?とサトシは訝しげに見る。

「おい、はやく席とらないと!」
「ああ!前の方あいてるといいんだけどな……あ、君!情報ありがとう!」
「へ?あ、ああ……うん……」

急げ、と会場の方へと走っていくトレーナーたちをサトシは呆然と見送った。
どうやらカスミの事を知っているようだったけれど。しかし。

「あいつら、カスミのファンなんじゃないか」
「え!?ファン!?」
「ああ。別に不思議はないさ。ジムリーダーってのは多くのトレーナーに知られて当然だからな。ハナダジムはカントーにあるジムの中でも知名度は高いし」
「そ、そうなの……?」
「ジムリーダーの中には、それ専門でやってる人もいれば別の事をしている人もいるだろ。カスミなら水中ショーがそうだな。より多くの人に知られるわけだ」

なるほど、とサトシは頷いた。
それと同時に、胸に湧き上がるもやもやとした感情に眉を歪めた。
近い存在であるはずのカスミが遠くに感じたのと、もうひとつ。

「サトシ」
「ん?」
「俺たちも会場向かうか?そこで食べれば時間もちょうどいいだろうし」
「ああ、そうだな。行くかピカチュウ」
「ピカ!」


****


一時間というのはあっという間で。
焼きそばを食べている間にも人はどんどん増え続け、開始三十分前には満席状態だった。
目玉のイベントなだけあり、始まる前から凄い熱気だ。
バトルフィールドは水タイプの戦いに相応しいよう大きなプールも設置されていて、すでにトーナメント表も画面に出ている。
カスミの試合は初戦。
いきなりだなとタケシが呟けば、サトシは少し緊張気味に頷いた。

「お待たせしましたー!」

太鼓の音とともに現れた司会。
熱い語りと拳に、会場内は一気に盛り上がった。

「さあさあ!注目の第一回戦!なーんと!水タイプジムとして有名なハナダジムから、ジムリーダーの参戦だー!いきなりの優勝候補の登場に目が離せません!」

わあ、とさらに盛り上がる会場に応えるように、オレンジ色の髪を揺らしながらカスミが現れた。
その盛り上がりように若干驚きを覚えつつ、声援の中に色の違うものが混ざっているのに気がついた。
キョロキョロ、サトシは辺りを見渡す。
サトシたちがいる席より前に、先ほど声をかけてきたトレーナーたちがいた。

「あいつら、本当にカスミのファンだったんだな……」

持っていたのか作ったのか。両手に飾りのついたうちわを持ち、そこにはカスミLOVEと書かれている。
また、もやもや。
まるでカスミがアイドルのように見られていると思うと、面白くなくてもやもやが広がっていく。
近い存在であるカスミが遠くに感じ、そしてやきもちという嫉妬心。
むう、とサトシが眉間に皺を寄せている間にカスミのバトルは終わっていて。
どうやら、圧勝だったようだ。
カスミとバトルに出たサニーゴが喜びの抱擁をしていた。

「……カスミが優勝したら、もっとファン増えるかな……」
「どうだろうな。嫌だから、応援はやめるか?」
「そ、そんなわけないだろ!カスミが絶対優勝だ!カスミに届くように、一番の応援してやる!な、ピカチュウ!」
「ピッカ」

力強く、ピカチュウは拳を振り上げた。
その後の試合も、少し苦戦しながらカスミは確実に勝ち進んでいった。
ジムリーダーだからというプレッシャーもあるはずだが、それを感じさせないほどカスミは堂々としている。
強くなったよなぁ、という嬉しさと寂しさを抱え、サトシは前にいるカスミファンに負けないよう大声で応援した。

「さて!試合も大詰めをむかえました!見事優勝を手にするのはどっちだー!?」

会場の熱気も最高峰。
決勝戦はカスミと前年チャンピオンとの戦いだ。
カスミのポケモンは、まさかのコダック。
勝手に登場してそのまま、ではない。カスミがコダックを選んだのだ。
それは思いもしなかったことで。
だが、コダックが登場すると、会場から歓声があがり女の子の黄色い悲鳴まで聞こえてきた。
タケシがいうには、コダックは水中ショーで人気者らしい。
あのとぼけた感じと、少々間抜けなところがウケるのだと。
失敗をして笑いを誘う、いわゆるピエロのような存在なのだそうだ。
そのコダックを決勝戦のパートナーに選んだカスミは、楽しげで、そして自信に満ちていた。
バトル自体はやはり間抜けであって、カスミの指示に首を傾げたり、相手の技をくらって痛みで走り回ったり。
それでも、カスミは堂々としていて。

「あいつ……コダックをバトルに出してるのか」
「らしいな。お前も気づいてると思うが、あれだけのダメージを受けてるのに、コダックは元気なままだ。相当体力がついてる」
「うん。一応攻撃もしてるし、相手の技も避けてる。……まあ、避けきれてないけど」
「特訓してきたんだろうな。カスミもコダックも、頑張ったんだろう」
「ああ……」
「ピ〜カチュ」

あまりに弱く見えるコダック。
だが、サトシたちから見ればそれはかなりの進歩だった。
攻撃力もなければ、防御力が高いわけでもないのに倒せない。
そして、あのおとぼけ具合。相手のペースは乱され、ポケモンの息もだいぶ上がっていた。

「よし、コダック!大技いっちゃえ!」

カスミが指示すると、コダックの様子がガラリと変わった。
頭痛が最高峰に達した時に発動するあの大技。

「コダック……普通に使えるようになったのか!?」
「いや……多分今までのダメージあってだろうな」
「それでもすげーぜ!」

どうしてカスミが決勝戦という大事な場面で、一番不安なコダックを出したのか。わかった気がした。

「成長したな……カスミ……」

サトシは呟くと、切なげに笑った。
ぱちん。カスミと目が合う。
ニコリと微笑まれ、勝利のVサイン。
直後、今日一番の歓声が会場にこだました。


****


「やったな、カスミ。優勝おめでとう」
「ピカチュピ、ピカピカチュウ!」
「ありがと、タケシ、ピカチュウ」

カスミがピカチュウを抱き上げ笑う。

「ちょっとサトシー、おめでとうの一言あってもいいんじゃないの」
「え?あ、うん、おめでとう」
「あら、出れなかったのがそんなに悔しかったの?」
「いや……そうじゃなくてさ。オレ、知らなかった事がたくさんあったと思って」
「知らなかったこと?」

サトシは苦笑した。
誰よりも知っていると思っていた自分が恥ずかしいと思えた。
カスミを一番理解してやれてるなんて、どうして思えただろう。

「コダック、すごかったな」
「ふふっ、そうでしょう?頑張ったのよ、あの子」
「うん。すげースタミナ」
「基本よね」
「うん……」

成長したでしょう?と、言われたも同じ。
一緒に旅をしてきたあの頃は、成長するのも一緒だったのに。

「…………なあ、カスミ」
「ん?」
「また一緒にいられるんだよな」
「何よ、そんな今更」
「別に」
「変なサトシ」
「変で結構。それより、屋台!カスミ腹減ったろ?何か食おうぜ!タケシも!」
「サトシたち何か食べたんじゃないの?」
「焼きそばしか食ってない」

だから、とサトシはカスミの手を引いた。
ほんのりカスミの頬に色味が差す。

「あ、ファンってのは納得してないからな」
「は?ファンって、何のよ?納得って?」

首を傾げるカスミに、サトシはニッと口角をあげて笑った。


end


久しぶりにアニメに近い感じのお話を。
知らない所で変化してたんだって気づいたサトシ君。
最初、全然カスミが登場しなくてちょっと焦った……!
ねじ込んだ感ありますね(笑)
もともとハナダの美人三姉妹として有名だから、ジムリーダーになったカスミが注目されないはずがないのよね。
出がらしと言われた末っ子が、今どういう目で見られているのか大変気になります。
お粗末さまでした!

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