ウンディーネ

ぷかぷか、身体は波任せ。
水の音しか聞こえない世界で目を閉じると、まるで自分も水の一部になったような気がして、不思議で心地が良かった。
このまま溶けていきたい。そんな気持ちにさせる。
けれど、残念なことに人間はこの世界では生きてはいけない。
生きてはいけないのに、必要不可欠な存在でもある。

「カスミ、何やってんだ?」
「見てわからない?」
「わからん。ただぷかぷか浮いてるだけにしか見えないし」
「その通り。浮いてるだけよ」
「……結構な時間そうしてないか?」

好きなんだからいいでしょ。
閉じていた瞼を開ける。
視界は先ほどと変わらぬ一面の青空だ。
ちゃぷん、耳に優しい音。
ひょいとサトシが顔を覗き込んできた。
せっかくの青い世界が。

「好きならいいけど、あんまぼーっとしてると沖まで流されるぞ」
「わかってる」
「……カスミって、海とか来るとたまーにそうやって水の中でぼんやりするよな」
「好きだからね」

水の世界は小さい頃から身近だった。
優しい面も、怖い面も知っている。
学ぶこともたくさんある。

「……何かさ」
「ん?」
「このまま、カスミが海に溶けていきそうな気がする」
「……ふふ。それ、素敵。あたしも、そうなりたいって思ったもの」
「バカ言うなよ。素敵なもんか」
「ありえないから、素敵って言えるのよ。本当にそうなれるなら、きっと恐怖を感じるわ」

人間が生きていける世界ではないから。

「だから水ポケモンって大好きなのよねー……」

彼らの生きる世界。
自分にはないもの、できないこと。それを持っている彼らに強く憧れる。
もしかしたら、彼らを通して見てみたいのかもしれない。
まだまだ不思議に溢れる、水の世界を。

「オレも海は好きだし、水ポケモンも大好きだし、おいしい水も大好きだし」
「ん?」
「オレたちにとって不可欠な存在だけどさ、オレはやっぱり大地がいいな。地に足つけて、踏みしめていきたいから」
「うん……サトシらしいわ」

ふふ、と思わず笑う。
波立ち、揺れて、身体が持っていかれそうな感覚。
ちゃぷんと顔が沈んで、息を止めた。

「ぷはっ」
「大丈夫か?」
「うん」

久しぶりに身体を起こすと、大地が続いているのが見えた。
タケシが食事の支度を、その周りで遊び回っているポケモンたちの姿。

「あたしもね、大地が好き」
「そうか」
「うん」

濡れた髪をギュッと掴む。
滴り落ちる水滴が歪んだ波紋を広げた。

「そろそろ戻ろっか。お腹もすいたし」
「おお」
「あー……ずっと浮いてたからかな。何か足元がフワフワする」
「ハハッ、なら手を引いてやろうか?」
「結構よ」
「遠慮することないのに」
「ふふ……ちゃんと踏みしめるから、平気」

バシャ、バシャ。水を蹴り上げるように歩く。
水の世界で生きていく事はできないけれど。
常にそばにある世界だ。
それに、泳ぐことはできる。

「ないものねだり、かな」
「ん?」
「あたしが本当にお転婆人魚だったら、きっと陸に憧れただろうなって思って。地に足つけて、歩いてみたいと思ったかもしれない」
「……じゃあ、今すげー幸せってことだよな」
「そうね。ちゃんと歩いていけるもの」

当たり前なことに、憧れたりはしないから。

「でも、やっぱり……思っちゃうのよね。もっと自由に水の中を泳いでみたいって」
「……オレから見れば、カスミは誰よりも自由に泳いでるようだけどなぁ……。それこそ、人魚みたいに泳いでるよ。本当に水の中にいるのかってくらい」

まじまじとサトシの顔を見る。
そんな風に言われたのは初めてだ。
もっともっと自由に。そう思いながら泳いでいたけれど。
自分ではわからないものなんだろう。
それは、やっぱり。ないものねだりで。
ザァッと波が足元の砂をさらっていった。

「そっか……うん、嬉しい。ありがとう、サトシ」
「オレは思ったこと言っただけだよ」
「うん……」
「やっぱり、手引くよ。繋いでたって、歩くのはカスミだからな」

差し出された手に自分のを重ねて。
優しく引かれると、ふわりと足元が軽くなった。
先ほど感じたフワフワと浮くような感覚とは違い、このまま水の上を歩けそうだと錯覚しそうになるような。

「……あたし、サトシがいるこの地上で生きていく事が出来て良かったわ」

そう言えば、サトシは当然だと笑った。


end


長編の人魚が大変滞っているので、ファンタジー感覚取り戻すためにちょっとそれっぽい雰囲気で書いてみました。
何じゃこりゃ。なのは……まあいつもの事だが……。
一応、この話は原作であってファンタジーではないです。
でも長編の感じで書いてはいる……。ポケモン出しとけば良かったな……。
お粗末さまでした!

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